EP13 新しい相棒


「俺と一緒に仕事したい……だって?」


 当然、裏の仕事のことだろう。

 真剣な表情を見せるためか、口元を隠すスカーフを外し、ジェシカは大きく頷く。


「本気で言ってるのか? 犯罪に加担することになるんだぞ?」

「エンバーグさん、声が大きい。場所を変えましょ」


 俺達は建物奥にある会議室へと移動した。

 部屋の鍵を締めるなり、ソルさんが背景を説明し始める。


「ジェシカちゃんね、あなたの商品が人々を助ける素晴らしいモノだと思ったんだって。だから、売るのを手伝いたいって」


 ジェシカは目を興奮気味に輝かせ、力強くマッスルポーズを決めた。


「あと、エンバーグさんが危なっかしいから守りたいって」

「っ!?」


 それは秘密の約束でしょ!とでも言いたげに、ジェシカは手を伸ばしてソルさんの口を抑える。


 確かに、売り子の協力者が欲しいと思っていた。彼女のように隠密行動に長け、足の速い人物なら尚更だ。

 だけど――


「だけど犯罪だぞ? いいのか?」


 こくりこくり。首の動きに躊躇いは微塵も見受けられない。


「でも、ジェシカを犯罪に巻き込むなんて……」

「ちょっとー? 私のことは躊躇いも無く誘ったくせにー」


 ぷくぅーと頬を膨らますソルさん。可愛い。


「いやジェシカは、なんていうか、まだ子供だし……」


 ジェシカも頬を膨らませた。ダブル可愛い。


「あら失礼ね。ジェシカちゃんは十七歳よ」

「まじ? 五歳くらいだと思って――うわっ!?」


 冗談を言いかけた瞬間。視界が反転して天井を見つめていた。目にも留まらぬ速さでジェシカに背負い投げされたようだ。が、痛みは全く感じなかった。


「それに、とっても強いわ」

「そうみたいだな……ハナグマにも圧勝してたし」


 ジェシカは誇らしげに鼻を鳴らしながら、起き上がるのを手助けしてくれた。

 音も無く投げ飛ばす技術。パワーアップしたBランク魔獣を単独で打倒する力。不良冒険者の相手も十二分に務まるだろう。


「そういや、どうしてジェシカは山に居たんだ?」

「あー……えっと、それはね……」


 二人はバツが悪そうに顔を見合わせる。


「……ごめんなさい。実は、ジェシカちゃんにお願いしてたの。あなたの監視」


 あぁ。そういや俺のこと尾行してたとか言っていたな。ソルさん本人ではなく、ジェシカがやっていたのか。それなら全く気配を感じなかったのも納得だ。


「ジェシカちゃんのことは責めないであげて? 私が無理にお願いしたの」

「別に責める気はないよ。実際、そのお陰で助けられた訳だし」


 ホッとしたように胸を撫で下ろすジェシカ。


「それに、エンバーグさんが何をしているか、ジェシカちゃんは最後まで教えてくれなかったわ」

「というと?」

「どこに行って誰と会っているかは報告してくれたのだけど、具体的に何をしているかまでは教えてくれなかったの。だから、最終的に自分で確認する羽目になったのよ」


 もしかして、レイドクエストの日に言った『誰にも言わないでくれ』という約束を守ってくれていたのだろうか。なんて律儀な子だ。


「拷問までしたのに口を割らなくて……」

「ご、拷問!? 何をしたんだ!?」

「こちょこちょ」


 ほのぼの拷問だった。


「四時間コース」


 地獄だったわ。


 地獄のこちょこちょ四時間コースを思い出したのか、ジェシカは顔を青くしてガタガタと震えていた。俺のせいでごめんな……。


「ありがとうな、秘密にしててくれて」

「……」


 礼を言うと、ジェシカは頬を赤らめて視線を逸し、口をモニョモニョさせながら小さく頷いた。


「そうだ。山で助けてくれたお礼も言ってなかった。ありがとう」


 続けて礼を言うと、ジェシカの耳が先端まで真っ赤に染まる。その様子をソルさんがニヤニヤと見ていた。


「ジェシカちゃん、エンバーグさんの監視だけじゃなくて、護衛もしてくれてたのよね?」

「そうなのか?」


 なんでも、取引後に背後から襲おうとする奴が時々いたらしい。それをジェシカが気付かぬうちに撃退してくれていたそうなのだ。


「まじか。全然知らなかった。ありがとう、ジェシカ」

「……っ」


 恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、フードを深く被って顔を隠してしまった。なにその反応。可愛すぎるだろ。

 ニヤニヤ顔のソルさんと目が合った。そして以心伝心。俺達は互いに頷き合う。


「ジェシカちゃん、嫌だったのに、監視のお願い聞いてくれてありがとうね?」

「……」

「ジェシカ、レイドクエストの時、爆発から助けてくれてありがとうな」

「……っ」

「ジェシカちゃん、私が残業で帰りが遅くなったとき、いつも家まで送ってくれてありがとう」

「……っっ」

「ジェシカ……えっと、産まれてきてくれてありがとう」

「〜〜っ!」


 ソルさんと一緒に仲良く背負い投げされた。



***



「それで、どうするの? ジェシカちゃんと組むの?」


 乱れた着衣を正しながら、ソルさんは真剣な眼差しで尋ねてくる。


「……ソルさんはいいのか? ジェシカが俺の手助けをしても」

「私、ジェシカちゃんの保護者じゃないし。ジェシカちゃんは自分で決められる大人よ。危ないクスリを売り始めたら全力で止めるけどね」


 そんな事したらあたしが許さないよ!とでも言いたげに、ジェシカはナイフ取り出しブンブン振り回す。元よりそんな事する気は無かったが、絶対やらないと再度心に誓った。


「ま、私的にはジェシカちゃんが組んでくれた方が、安心して見ていられるわね」


 確かに、自分自身の詰めの甘さは重々承知している。ジェシカなら俺なんかより何倍も上手くやるろうし、仮に衛兵に見られても簡単に逃げられるだろう。そして何より、信用できる。


「本当に……本当にいいんだな?」


 ジェシカの顔を真っ直ぐ見据えると、彼女は目を逸らさず力強く頷いた。


「分かった。じゃあ、今日から俺たち三人はチームだ!」

「っ!」


 余程嬉しかったのか、パァと顔を輝かせ、ジェシカはその場でピョンピョン飛び跳ねる。

 が、水を差すようにソルさんが冷たく言い放った。


「ちょっと、私はやりませんよ?」

「え?」

「??」

「ソルさんも組む流れだったよな?」


 ジェシカに同意を求めると、コクコクと激しく頷き、不満げにソルさんをジトーっと見つめた。


「私を犯罪に巻き込まないでください」

「いや、ここまで来たらもう共犯だろ」


 ジェシカがソルさんの両手首をガッチリと掴む。一緒に捕まろうよ!みたいな感じで。だが、ソルさんはそれを軽く振り払った。がーん、と肩を落とすジェシカ。


「黙認してるだけです。手を貸してる訳ではありません」

「そうか……。さっきジェシカに渡してもらった金……。契約金として二人に渡そうと思ってたんだけどな……」

「えっ」


 先ほど受け取った麻袋。それを机の上でひっくり返し、中身をぶちまける。大量の金貨がジャラジャラと滝のように流れ落ち、黄金に輝く金貨の山が形成された。二人の喉がゴクリと鳴る。


「わ、私がお金で靡くような女だとでも?」


 とは言うが、金貨の山にチラチラと視線が奪われてしまっている。


「そうか。じゃあ、これは全部ジェシカが貰ってくれ。契約金と命を助けてくれたお礼だ」

「っ!?」


 フードから覗かせる瞳をギョッと見開き、首がブンブンブン!と高速で横に振られた。

 ジェシカ的には数時間で終わるような簡単な仕事だったため、売上を丸々受け取るのは申し訳なく感じているのかもしれない。


「分かった。じゃあ折半フィフティ・フィフティにしよう。それならいいだろ?」


 金貨の山を二等分にし、半分をジェシカの方へ。しかし受け取る素ぶりを見せず、困ったようにソルさんの顔を見上げる。


「ジェシカちゃんいらないの? そ、それなら、私が代わりに貰おうかしら?」

「なんでだよ。ジェシカも、はいどうぞ、みたいな顔するんじゃない」

「じょ、冗談ですよ。ほら、ジェシカちゃん。報酬はちゃんと受け取らないと失礼よ。……は、はやく! 私の理性が保てているうちに!」


 金貨の山に伸びていこうする左手を必死に抑え込むソルさん。

 促され、ジェシカは嬉しさ半分申し訳なさ半分といった感じで金貨を受け取り、深々と俺に頭を下げてきた。


「それにしても凄いな。あれだけの量を数時間で売り捌くなんて。俺だったら数日はかかるよ」

「ふふふ。ジェシカちゃんには特技があるのよね?」

「特技?」

「ほら、見せてあげたら?」


 自信有りげに頷くと、ジェシカは静かに目を閉じ、何かを念じるように身動きせずじっと固まった。

 何をしているんだろうと首を傾げながらその様子を見ていると、自分の視界に異変を感じる。


 ジェシカの姿が、二つに見えるのだ。

 驚いて目をパチクリさせると、今度はジェシカの体が三つになった。疲労で目の焦点が合っていないのかと思い、両目を擦る。再び目を開けると、さらにジェシカが二人増えていて、合計五人になっていた。

 そこでようやく気が付いた。


「分身か!?」


 一定の間隔を空けて横並びになった五人のジェシカが、一斉にコクリと頷く。


 聞いたことがある。自身の分身を作り出す幻術魔法だ。

 この目で見るのは初めてだが、一見では幻影と本体の区別は付かない。顔も服装も全く同じなのだ。しかし、いくら可愛い女の子とはいえ、同じ顔が五つ並んでいるのは不気味で仕方なかった。


「す、すごいな。本物みたいだ」


 右端のジェシカの分身に近寄って、細部までしげしげと眺める。


「……っ」


 顔を至近距離に近づけると、ジェシカの分身は照れたように俯いて頬を染めた。その反応の仕方は魔法で作り出した分身とは思えない。

 きめ細やかな肌や髪の毛一本一本まで質感があるようだ。あまりにもリアルだったので、思わず頬を指で突いてしまった。


「うお!? この分身、触れるのか!?」


 プニプニと心地良い感触。幻術魔法が作る分身は実態の無い物だと聞いた記憶があるが、なんとジェシカの分身は触れるらしい。


「髪もサラサラだ」

「……」


 頭をナデナデしてやると、分身ジェシカの体温がみるみるうちに上がっていくのを感じた。すごい、体温まで本物の人間そっくりだ。


「触れる分身を作れるなんて凄いな」

「触れませんよ」

「え?」


 ソルさんに目を向けると、彼女は気まずそうに苦笑いしていた。


「魔法で作った分身は、触れませんよ」


 嫌な予感がした。


 恐る恐る、他の四人のジェシカに目を向ける。

 残りの四人は不気味なくらい無表情で、こちらには全く関心が無いように前方をじっと見つめていた。その目には生気がなく、俺が今触れているジェシカよりも余程ニセモノらしく見える。


 試しに、一番近くにいるもう一人のジェシカに手を伸ばし、祈るような気持ちで頬に触れてみた。が、指先には何の感触もなく、腕が貫通して反対の頬から出てくる。その光景を見て、血の気が一気に引いた。


 正面のジェシカに視線を戻すと、その顔は爆発しそうな程真っ赤になっていた。瞳一杯に涙を貯め、何か訴えるようにジトーっと上目遣いで睨んでくる。


「……あなた、本物のジェシカさん?」


 分身だと思い込んでいたジェシカは、コクリ、と小さく頷いた。

 まずい。どうしよう。言い訳させてもらうと、五人のうちの中央が本体だという先入観があったのだ。


 謝って許してくれるだろうか。下手したら殺されるんじゃ。無残に切り刻まれたハナグマちゃんの姿が脳裏に浮かぶ。

 ……ここはひとまず、ジョークでも言って場を和ませよう。


「はは、おっぱい触る前に気付いて良かった」


 四時間こちょこちょされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る