EP10 生き地獄(酒)
翌朝。
「めちゃくちゃ歌ったな」
「めちゃくちゃ歌ったわね」
結局一睡もできないまま、俺とソルさんはベッドに並んで一晩中歌っていた。
性的な暗喩ではなく、文字通りの意味でソングをシングしていたのだ。
「なんか楽しかったな」
「なんか楽しかったわね」
とは言うものの、一晩中歌いに歌っていたので、喉はガラガラ体はクタクタ。おまけに二日酔いの生き地獄ときたもんだ。
「うぅ、頭痛い……」
「気持ち悪い……」
「ソルさん、今日仕事は?」
「休み」
「そいつは良かった」
「エンバーグさんは?」
「夜に取引する約束がある」
「そ。気を付けてね」
「ああ」
早く帰って風呂入って夜まで寝たい。だけど体が鉛のようになって一切動いてくれない。
「コーヒーでも飲む?」
「ソルさんのおしっこ入りなら」
「気持ち悪い……」
二日酔いがだよね?
ソルさんがのっそりと起き上がった気配を横から感じた。キッチンへ向ったようだ。
頭が割れるような痛み耐えつつ、寝返りを打ってキッチンの方へ体を向ける。
湯を沸かすソルさんの背中。マグカップを取り出すソルさんの横顔。ボサボサの髪。シワシワの服。時折動きを止め、痛みに耐えるように頭を抱える。……なんかいいな。うん。なんかいい。
俺の視線に気が付いたのか、ソルさんはこちらに振り返って顔を赤らめた。
「ちょっと。こんな格好、恥ずかしいから見ないで」
うん。なんかすごくいいな。
「砂糖とミルクは?」
「いらない」
「おしっこは?」
「たっぷりで」
「吐きそう……」
二日酔いのせいだよね?
ソルさんがコーヒーを持ってきてくれたので、重たい体に鞭打って上体を起こした。二人でベッドに座り、なんとなくマグカップで乾杯して、熱々のコーヒーをちびちび啜る。
「ちょっと回復した」
「それは良かったわ。本当はスープでも作ってあげたかったのだけど」
「いいよ別に」
コーヒーを飲み干した頃には頭痛と吐き気は多少マシになっていた。が、多少マシ、という程度だ。依然二人はグロッキー。
「ねぇ、あなたのポーションは二日酔いには効かないの?」
「残念ながら、効果があるのは外傷だけだ」
「そうよねぇ」
「でも作れるぞ」
「何を?」
「二日酔いに効く薬」
「ほんとに? でも、違法薬品なんでしょ?」
「大丈夫。ギリギリ違法な程度だからセーフだ」
「ギリギリ違法はアウトよ」
「レモンある?」
「あるわ」
「ネギある?」
「あるわ」
「ハチミツは?」
「あるわよ」
「じゃあ作れる。そこに薬草を一つ混ぜるだけだから、ほぼ合法だ」
「ほぼ合法はアウトよ。……ちょっと待って。今言った食材を混ぜるの? 考えただけで吐きそう……」
「キッチン借りるぞ」
「……私も行く」
俺たち二人は
ソルさんに必要な食材を必要な分量だけ準備してもらい、俺は鍋を借りて適切な温度の熱湯を準備する。調合は温度管理が命だ。少しでも間違うと品質がガクンと落ちる。
「よし、温度オーケー。具材を鍋に入れてくれ」
「これでいい?」
「完璧。あとは温度が均一になるように混ぜて、と」
「ここまでは普通の料理みたいね。……最悪な具材の組み合わせだけど」
二人で一緒に
「よし。食材は煮立ったな。ここからが本番だ」
ポーチから薬草を取り出す。ポーション生成に使う材料の一つなので、たまたま持ち合わせがあった。
「その薬草は……〈フェニル薬草〉?」
「正解。さすが受付嬢。ささ、薬草を二人で入れよう。俺たち二人の、初めての共犯作業だ」
「それは遠慮しとくわ。一人で罪を被って」
差し出した薬草を受け取らず、ソルさんは鍋から目を背けてしまう。
この国の法律では、薬品や薬草を他の物質と混ぜ合わせた時点で製薬行為とみなされる。つまり、この薬草を鍋に入れた時点で立派な犯罪者なのだ。
流れでキッチンを調合に使わせてくれはしたものの、直接的な製薬行為をするのは躊躇われたのだろう。目を背けているのは『私は何も見ていない』という主張だ。
ソルさんが気を遣ってくれている間に、必要な分量の薬草を鍋に入れた。
「あとは数分煮れば完成だ」
「これだけ? ただ材料を煮立ててただけね。傍から見れば普通に料理してるみたい」
「だろ? 薬草をすり潰してもないし、薬品の調合もしてない。ほぼ合法だろ?」
「そうね。ギリギリ違法ね」
煮込むこと数分。材料の成分が染み出し、化学反応が起こり、液体が鮮やかな黄緑色に変わる。
「よし、完成だ」
「う、すごいにおい……」
「良薬は鼻に臭しって言うだろ?」
「聞いたことないわね」
完成した液体をカップに注ぎ、なんとなく乾杯し、違法になりたてホヤホヤのスープを一緒に啜る。
「不思議な味……でも、結構好きかも」
「レモンとネギとハチミツが奇跡のハーモニーを起こしてるな」
「それに体がポカポカして、胸のムカムカが晴れていく」
頭痛も楽になり、体が軽くなってくるのも感じる。ソルさんの顔色もみるみる良くなってきていた。
「〈フェニル薬草〉が二日酔いに効くなんて初めて知ったわ。一般的には消毒くらいにしか使えない、ほぼ雑草みたいな扱いよね」
「あぁ。だけど、調合次第で無限の可能性があるんだ。現に俺のポーションも〈フェニル薬草〉をベースにしてて——」
思わずお薬トークが炸裂しそうになり、慌てて口を噤んだ。
「? どうかしたの? 急に黙って」
「いや、こんな話聞いてもつまんないだろ?」
「そんなことないけど?」
「ほ、ほんとに?」
「ええ。もっと聞かせて?」
「いいのか? つまんなかったら止めてくれよ?」
市販品と俺の商品の違いに始まり、考案した新製法、そしてコストカットの手法。ついつい熱く語ってしまったが、ソルさんは嫌な顔一つせず、それどころか楽しそうに聞いてくれた。
気付けば、キッチンに突っ立ったまま数十分話し込んでいた。
「——なるほどね。〈フェニル薬草〉の殺菌作用のお陰で、聖水じゃなく普通の水を使えるようになったから、大幅にコストカットできたと」
「そうそう。聖水って結構高いんだよ」
「たしか、聖水って劣化しやすかったわよね? 保管するには特殊な瓶に入れないといけなくて……。あ、もしかして?」
「そうなんだよ! 聖水を使わなくなった結果、特別な保管瓶も不要になって、瓶の分のコストも浮いたんだ!」
製薬に関しては全くの素人だったソルさんだが、その理解力は凄まじいものだった。ものの数十分でここまで的確に理解できるなんて。……やはり、彼女の頭脳は武器になる。一緒に組めたら大きな助けになるだろう。どうにかして引き込めないものか。
どう切り出そうか迷っていたところ、ソルさんが怪訝な面持ちで顔を覗き込んできた。
「……ねぇ、エンバーグさん?」
「ん?」
ヒールを履いていないので、普段より少しだけ顔の位置が低い。
「今話してくれた新製法って、世紀の大発見じゃないの?」
「かもな」
「製薬ギルド時代に、上司に報告したのよね?」
「したさ。でも、
「どうして?」
「あー、なんか、『既存製法に関係している業者の不利益になる』からだってさ。確かに、聖水の業者とも保管瓶の業者とも取引が必要なくなるならな」
「なにそれ。お仲間を潤したいからってこと? 馬鹿みたい」
「だよなぁ」
「三年くらい前よね。法律が変わって個人での製薬が禁止になったり、急に薬品が値上がりしたり」
「そうだな」
「あの頃から冒険者の方々が満足にポーション買えなくなって、死傷者が一気に増えたのよね。その原因が、まさか、自分たちの利益を独占していたせいだったなんて」
「ムカつくよな。一緒に裏のクスリ屋やらない?」
「急に犯罪の勧誘するのやめてくれる?」
ちっ。勧誘失敗。
何気なく窓の外を見ると、太陽が空の真上で燦々と輝いていた。もう昼過ぎだろうか。薬のお陰か、二日い酔いはすっかり回復していた。
「そろそろ俺は帰るよ。長居して悪かったな」
「いえいえ。楽しかったわ」
「そいつは良かった」
「最後に一つ、聞いていい?」
「なに?」
「ずっと……ずっと聞きたかったの。でも、どうしても切り出せなくて」
なんだろう。恋人いるの? みたいな質問かな。
「エンバーグさん……。正直に答えて?」
「はい」
「なんで、入口の扉に穴が空いてるの?」
「……」
「それで、どうして穴に人が嵌ってるの? あれ、フランチェスかしら?」
「……」
穴から部屋に入ってこようとした途中で寝てしまったのだろうか。ソルさんの同僚・フランチェスの上半身が大の字状に仰向けになってイビキをかいていた。
ソルさんは床に転がっていたヒールを履くと、ツカツカ扉まで歩んで行き、踵でフランチェスの額を躊躇なく突っつく。
「こら、起きなさい」
「ふごっ!? あ、ソ、ソルふぁん! おはよーございまッス!」
「あなた、何してるの?」
「い、いや、えっと、お二人がおっ始めるのをここで見ようと思って……いだだだだだ!」
ヒールが額にめり込む。痛そう。
「何も始まらなかったわよね?」
「はいッス! 何も始まってないッス! 二人は一晩中歌ってただけッス!」
「よろしい」
「てゆーか! なんなんスかアンタら! 大人の男女が一緒のベッドで寝てるのに何も起こらないなんて! 一晩中歌ってるだけなんて!」
「「……」」
「一晩中ず〜〜〜っと同じ歌を聞かされるこっちの身にもなってくださいッスよ! 気が狂いそうだったッス!」
「な、なんかすまんな」
「いや私たち謝る必要ないですから。覗きの被害者ですから」
「ムカつくから皆に言いふらしてやるッス! ソルさんとエンバーグさんが一晩中ベッドの上で大きな声出してたって!」
「歌声ね?」
「ソルさんが意外と下手くそだったって!」
「歌がね? いや誰が音痴よ」
実際、ソルさんは結構音痴だった。完璧美人の以外なギャップ。俺的にはむしろ好ポイント。
「でもまさか、あのソルさんが男を連れ込むなんて〜」
「っ。い、言わないでくれる? 意識しないようにしてたんだから」
先程まで冷静だったソルさんが、その一言で初めて動揺を見せた。チラリと俺の顔を窺うと、慌てて目を逸して頬を赤くする。なにその反応。
「なんだ。平然としてたから、てっきり慣れてるのかと思ってた」
「そんなわけないでしょ!? ずっと心臓バクバクだったわよ! ってなに言わせるの!」
みるみる顔が赤くなっていくソルさん。フランチェス共々その様子をニヤニヤ見ていると、ソルさんが鋭い目付きでキッと睨らみ返してきた。それは反撃開始の合図だった。
「それより二人とも? ドア代、弁償してよね?」
「いや、これはフランチェスが……」
「金ないッス!」
こいつ……。
「まぁいいよ、修理代くらい。せいぜい数万バックスだろ」
「二百万」
「は?」
「このドア、二百万バックスだから」
「んな高いドアがあるか!」
借金が増えた。
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