EP7 オジサンデャンス


 ソルさんと共にやって来たのは、〈キャット・ハウス〉という割とカジュアルな飲食店だった。

 絶世の美女とのディナーだし洒落た場所がいいかなと思ったのだが、近場だしここで構わないと言うのだ。


「美味しいですね、ここ」

「ああ。特にこのインゲン最高だ。本当にうまい」


 始めは尋問かと身構えていたものの、蓋を開けてみれば普通に食事を楽しむ純然たるデートだった。


「こっちのピザも美味しいですよ」

「投げたくなるくらい美味いな」

「このクリームパイも絶品です」

「美味し過ぎてパイの上に座りたくなる」

「感想独特すぎません?」


 酒のボトルキャップもトゲトゲしていてなんかカッコいいし、非常に良い店だ。ソルさんも満足してくれたようで何より。


「エンバーグさん、そのダサ……個性的な帽子とサングラス、取ったらどうですか?」


 今ダサいって言おうとした?


「せっかくなんですから、お顔見せてくダサいよ」


 今ダサいって言った?

 ……まぁ食事中に帽子とサングラスは失礼か。素顔を晒すのは躊躇われたが、頑なに拒否するとそれはそれで怪しまれそうなので、大人しく従うことにした。


「あら。けっこう男前じゃないですか」

「そ、そう?」

「ええ。坊主にしたらきっとモテますよ」


 適当言いやがって。


「あ、このベーコンも美味しいですよ」

「ほんとだ。絆創膏みたいな味するな」

「感想独特すぎません?」

「やっぱりこのインゲン最高だ。本当にうまい」

「なぜインゲンの時だけ語彙力低下するんですか……」


 ソルさんはどこかミステリアスで高嶺の花感が凄い女性だと思っていたが、実際は気さくで話しやすく、会話が弾んで酒もどんどん進んでいった。


「そういえば、〈クレイジー・エイト〉さん、ついにCランクに昇給したんですよ」

「へぇ」


 全員が近接戦闘タイプの〈クレイジー・エイト〉は強化結晶と相性抜群で、目覚ましい活躍を見せているようだった。


 元より、彼らは決して弱いパーティではない。彼らが低級で燻っていた原因の一端は、市販のポーションが不当に高額なせいもあるのだろう。


 彼らのような脳筋パーティは当然怪我も多いため、ポーションを多用することになる。そこに費用が嵩んで武器や防具に手が回らなくなり、結果また怪我が増える、という負のループに陥っていたようなのだ。


「クレイジーさん達だけではなく他の……いわゆる不良冒険者の方々も、最近は真面目に依頼に取り組んでくれるようになったんです」


 同じような負のループに陥っていたパーティは結構多いようで、俺のポーションと強化結晶は、そんな彼らにとって渡りに船だったのだ。


 金のために始めた裏稼業だったが、結果的に多くの冒険者、ひいては依頼人の役に立っているようで嬉しい限りである。


「依頼の達成率も上がっていて、街の方々も喜んでるんですよ」

「それは良かった」

「一方で、怪我人は減ってるんです」

「良いことだ」

「お陰様で、私たち受付嬢にも臨時ボーナスが出ちゃいました」

「やったな」

「これも全部、エンバーグさんのお陰ですね?」

「まぁな」

「え?」

「え?」


 急にカマかけてくるの止めてくれる?


「一体何がエンバーグさんのお陰なんですか?」


 先程までのニコニコ笑顔を一転させ、急に真顔になるソルさん。なるほど、やはりデートではなく尋問だったようだ。


「いやぁ、ははは……」


 どうしようどうしよう。どうやって誤魔化そう。

 返答に困っていると、ソルさんの顔が意を決したように引き締められる。そして、テーブルに身を乗り出し、口元を隠し、小さな声でポツリと一言。


「売ってますよね? 違法薬品」


 血の気がサーッと引いた。


「な、なな、なんのことだか……。違法薬品? 俺がそんなモノを売ってるって?」

「はい」

「ななな何を馬鹿な。俺はただのしがないオジサンでヤンス」

「動揺しすぎて口調変わってますよ」

「お、俺が違法薬品売ってるって、しょ、証拠はあるのか?」

「……申し訳ありませんが、エンバーグさんのこと尾行させていただきました」

「え、まじ?」

「まじです」

「いや、ありえない。背後はいつも確認していた」

「えっちなお店に毎日通っているようですね?」

「さすがに毎日は行ってないぞ」

「え?」

「え?」


 だからカマかけてくるの止めろって。


「〈クリスタル・パレス〉」

「……」

「ブロンドヘアーのウィンディさん」

「……やめてください」


 カマじゃなかったわ。お気に入りの店とお気に入りの子までバッチリ把握されてたわ。


「町外れの暗渠あんきょが主な取引場所のようですね?」

「暗渠って変な言葉だよな? 外国語みたいじゃない?」

「誤魔化さないでください」

「はい」


 まさか取引現場まで見られていたとは。だけどまだ通報されてない。ということは、状況証拠だけで物的証拠が無いのだろう。


 酒が入っていて気が大きくなっていたせいか、コソコソするのを面倒臭く感じていたのも相まって、もう開き直ってやることにした。


「……あぁ。売ってるよ。違法薬品」

「製薬もご自身で?」

「そうだ。自分で作って、自分で売ってる」

「……エンバーグさん。重罪を自白したと理解していますか?」

「まぁな。でも、喋ったら気分が晴れた。それに——」


 動揺するソルさんに、勝ち誇ったような笑みを見せる。


「どのみち証拠はない」

「ありますよ」

「え」

「証拠、ありますよ」

「うそ」


 彼女のスカートのポケットから何かが取り出され、机の上に放り出された。

 透明な小瓶と青い結晶。

 紛うことなき俺の商品だ。周囲には他に誰もいなかったが、反射的に手の平で覆い隠した。


「ど、どこでこれを?」


 ソルさんは呆れたように溜め息を吐くと、咳払いをし、喉の奥からキーキーとやけに甲高い声を絞り出す。


「『あの、私にも売ってくれないでしょうか?』」


 ……あ。先日の巨乳冒険者の声だ。


「え、あれ、ソルさんだったのか!?」

「はぁ。呆れて物も言えません。素性の分からない人間相手に商売してるんですか?」

「い、いや、普段は気を付けてるぞ? いつもは〈クレイジー・エイト〉お墨付きの相手としか取引しない」

「じゃあ何故、あの時は変装した私に売ったんです?」


 色仕掛けに負けました、なんて口が裂けても言えない。


「色仕掛けに負けたんですよね?」


 バレてらぁ。

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