EP6 薬の成分
数種類の薬草をすり潰して一定の割合で混ぜ合わせる。それを丸底フラスコに入れ、還元剤と共に一時間ほど煮沸。冷ました後、フラスコの中身を
そうして抽出された、薄緑色の液体がポーションだ。
完成したポーションを小瓶へと小分けにし、平行して生成していた〈強化結晶〉ともどもリュックの中へ。
これで商品の準備は完了。しかし気を休める時間はない。これから商品を捌くのだ。
製薬作業を終えて宿を出た頃には、既に日が沈みかかっていて人通りはかなり少なくなっていた。
誰にも見られないよう注意しつつ裏路地に入り、サングラスと中折れ帽を装着。最後にマントを羽織って、裏のお薬屋さん・エンバーグへと大変身だ。
そのまま裏路地を進んで程なくすると、ガラの悪い二人組と遭遇した。不良冒険者の男が二人、間隔を空けて路地の壁に背を預けながらタバコを吹かしている。
普通なら速攻で踵を返して逃げるところだが、臆することなくそのまま進む。一人目の男の横を通過する際、彼はタバコを口から離して小さく呟いた。
「『ジュース』五個。『お菓子』十個」
暗号めいた言葉。しかしそれは商品の注文である。
いつからか、俺の販売するポーションは『ジュース』、強化結晶は『お菓子』と呼ばれるようになっていた。誰が最初にそう呼んだかは分からない。だが、なんかカッコ良くて気に入ったので隠語として使わせてもらっている。
注文の言葉には返答せず、代わりに足を前に進めながら、言われた物をマントの下で手早く準備。そして二人目の男とのすれ違いざま、商品を詰めた麻袋を彼の懐に押し込んだ。それと交換するように冷たい物が手の中へ。大金貨が一枚。商品の代金だ。
これにて取引完了。
この取引方法、めちゃくちゃ『裏』っぽくて気に入っている。
その後、三時間ほどかけて町中を歩き回り、数人の顧客と取引を行なった。
正直効率は最悪だが、一箇所で取引すると衛兵に見つかる危険性があるため、裏路地や
裏のクスリ屋を始めて二週間。
〈クレイジー・エイト〉に不良仲間を少しずつ紹介してもらい、顧客を順調に獲得していっている。紹介料と称してちゃっかり小銭を巻き上げられているのだが、まぁそれは必要経費だろう。
「あの、もしかしてエンバーグさんですか?」
取引を終えた帰り道。マントとフードをすっぽり被った、やけに甲高い声の女性に声をかけられた。顔は一切見えないが、胸元が大きく膨らんでいることだけは分かる。
「あの、素晴らしい商品を売っていると聞いたのですが。私にも売ってくれないでしょうか?」
「……あー、すまん。何のことか分からん」
だが、素性の知れない相手と取引するほど俺は馬鹿ではない。覆面衛兵の可能性もあるし、〈クレイジー・エイト〉の紹介以外は避けることにしている。
「あの、どうしても必要なんです! お願いします!」
ガシッと手を掴まれ、女性の方へグイッと引き寄せられた。直後、むにりと柔らかいモノが手の甲に。
「おいおい、俺はそんな色仕掛けに引っかかるような男じゃないぞ?」
「す、すみません……」
「で、何が欲しい?」
「……」
フードで隠れていて見えないが、なんか冷たい目を向けられた気がする。
「……あの、回復薬とパワーアップできるアレを二つずつください」
この女、商品の隠語を知らないのか? 怪しい。やはり取引は止めて——むにり。手が谷間に挟まれる。……まぁ売ってやるか。
「ほらよ。三千バックスだ」
「わぁ! ありがとうございます! 嬉しいです!」
ギュッと抱きついてくる巨乳冒険者。柔らかな感触。甘い香り。
「だから、俺に色仕掛けしても無駄だって」
「す、すみません……。あの、今お金出しますね……」
「やっぱりタダでいいよ」
「……」
フードで隠れていて見えないが、なんか軽蔑したような目を向けられた気がする。
「あの、本当にタダでいいんですか?」
「あぁ。サンプルってことで受け取ってくれ。それより、良かったらこのあと食事でも……」
「どうもありがとうございました! では!」
「あっ、ちょっ」
行っちゃった……。まぁいいか。商品を気に入ってくれればまた会えるだろうし。
ともかく、俺の噂は順調に広がっているようで、今後も顧客数は指数関数的に増えていきそうだ。
売上は上々。顧客獲得も申し分ない。
しかし懸念点もある。受付嬢のソルさんだ。
彼女は俺の違法行為に薄々勘付いているのか、冒険者ギルドに出向くたび、じーっと探るような目で見てくるのだ。
お陰でギルドの集会所内で取引することができず、わざわざ人気の無い場所まで出向いて売買を行うハメになっている。
だが確証が無いのか、まだ通報はされていない様子。証拠を掴まれ通報される前に、早いところ何か対処しなければ……。
そう思っていたある日。
冒険者ギルドに立ち寄った帰り。
「あら、エンバーグさん。こんばんは」
「ど、どうも」
集会所から出ると、不意にソルさんに遭遇した。
私服姿のソルさん。新鮮だ。白のブラウスに紺色のタイトスカートというシンプルな格好だが、彼女のスタイルの良さが引き立てられて妙に艶かしい。もともと背が高めなのに加えてハイヒールを履いているため、身長は俺と拳一つ分くらいしか変わらなかった。
「今日も薬草採取の依頼を請けてくださったようで。最近、頑張ってますね」
「まぁ……」
本当は『裏』用の素材を集めに行っているんです。薬草採取の依頼は山に出向く大義名分なんです。なんて口が裂けても言えない。
「私もちょうど仕事終わったところなんです。……あの、良かったら、一緒に食事でもいかがですか?」
まさかのデートのお誘い。ソルさんは誰の誘いにも応じない難攻不落だと聞いていたのに。もしかして、俺のことをじっと見つめていたのは監視などではなく……単に俺のことが好きだったのか!?
……いや待て。俺もそこまで馬鹿じゃない。また尋問する気なのかも。先日は服毒して難を逃れたが、今日は毒のストックが無い。せっかくの誘いだが断った方が安全だろう。
「あー、すまん。今日はちょっと」
「そうですか……残念です」
寂しそうな表情を見せ、全く意味は分からないが、ブラウスの一番上のボタンがプチッと外された。隙間から覗く、白い肌。深い谷間。
「おいおい、そんなセクシーアピールしても俺は靡かないぞ?」
「え? いえ、そういうつもりじゃ……」
「で、何食べる?」
「……」
なんだろう。汚物を見るような目を向けられた。
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