EP5 魔術師
俺たち一行は〈カーキ鉱山〉を後にし街へと戻ってきた。
一時はどうなるかと思ったが、結果的に死傷者はゼロ。
大変なのは帰った後だった。
「えぇっと。もう一度、最初から聞かせてくださる?」
冒険者ギルド集会所の奥。会議室のような場所に集められた俺達は、受付嬢のソルさんによる事情聴取を受けていた。
「まず、現場に居たのは報告にあった幼体ではなく、成体のトルトゥーガだったのですよね?」
「はい」
「どうしてその時点で引き返さなかったのですか?」
問い詰められ、監督役の冒険者はバツが悪そうに顔を逸らす。
「私は引き返すよう指示しましたよ。でも、ニット帽の彼が勝手に爆弾を投げて——」
ニット帽の男は気まずそうに苦笑い。ちなみに大爆発を引き起こした張本人の彼は、ガヤルド達によってボコボコに制裁されていた。可哀想だったのでポーションをタダで恵んでやった。
「——で、爆発でトルトゥーガを失神させた、と? それ本当ですか?」
これはガヤルド達と考えた筋書きだ。俺の違法薬品がギルド側にバレぬよう、みんなで口裏を合わせることにしたのだ。
「本当だ。その後、失神したトルトゥーガをオレ達〈クレイジー・エイト〉がボコボコにしたってワケさ」
「……本当ですか?」
ソルさんが新人冒険者の少年少女に確認を求める。が、
「す、すみません。僕たち、最初の爆発で気絶しちゃって……」
「あ、あの。私もなんだ。監督役なのに申し訳ない……」
新人冒険者および監督役が揃いも揃って気絶していたのは幸運と言う他なかった。
はぁ〜、とソルさんは頭を抱え、俺とジェシカに目を向けてくる。
「本当ですか?」
「ほほほほほ本当ですよ! な、ジェシカ!?」
コクコクコク! ジェシカが高速の相槌を打つ。
誤魔化すのが下手だぞ、という目をジェシカに向けると、そっくりそのまま同じような目が返ってきた。
「……分かりました。トルトゥーガを倒した方法はそういう事にしておきましょう」
ほっ。俺とジェシカの口から安堵したような息が溢れる。
露骨な態度見せるなよ、という気持ちを込めて小突くと、同じような感じで小突き返された。
「……ですが皆さん。防具はボロボロなのに、どうして傷ひとつ無いのでしょうか?」
当然気になりますよね。だが準備は万全。言い訳はバッチリ考えてきた。〈クレイジー・エイト〉の面々は、用意しておいた回答を淡々と口にする。
「あー、あれだよな?」
「あぁ、なんか通りすがりの魔術師が治してくれたんだ。な?」
「そうそう。あれは見事だった」
「魔術師? どんな風貌でした? 男性ですか? 女性ですか?」
「い、いやぁ、フードで顔隠してたし。な?」
「あぁ。男か女かも分からねぇ」
「……」
一ミリも信用してない顔のソルさんは、監督役の足元を指し示す。
「その防具の壊れ方からして、足が切断されたように見えますが?」
「あぁ。でも、謎の魔術師が吹っ飛んだ足を治してくれたんだ。な?」
「そうそう。あれは見事だった」
「そんなに高度な回復魔法を使えるとなると、A級の魔術師でしょうか」
「かもな」
「A級の魔術師なんて、この街に一人も居ませんが」
「……」
沈黙。
おいおい頼むぜクレイジーさんよ〜。
仕方ない、ここは俺がナイス言い訳を考えてやるか。
「なんか、さすらいの旅をしてるって言ってたぞ。この街の住人じゃないって言ってたな」
「あ、声聞いたんですね? 男性でした? 女性でした?」
「……」
どうしようジェシカ。
「あー、男、だった、かも?」
「おかしいですね。男性のA級魔術師は、街どころかこの国に一人も居ないはずですが」
「……」
助けてジェシカ。
縋るような横目をサングラスの下から向けると、あたしに任せて!とでも言いたげにフンスと鼻が鳴った。おお、頼りになる。
「……」
一歩、ジェシカは前に進み出る。
「どうかしたの、ジェシカちゃん?」
「っ!」
突如、彼女の顔に苦悶の表情が浮かんだ。腹を抑え込むなり、苦しそうにその場に蹲ってしまう。
「だ、大丈夫!? お腹痛いの!? お手洗い行ってらっしゃい!」
こくんと頷き、ゆっくり立ち上がると、よろよろと部屋の出口へ。そして扉から出る寸前、こちらに顔を向け、ぱちくりと可愛らしくウィンク。……あいつめっ! 逃げやがった!
「あ、あの〜、僕らももういいでしょうか? 気絶してて何も覚えてないので、お役に立てないでしょうし」
おずおずと手を挙げるのは、新人冒険者および監督役。
「そうですね……。ひとまず、皆さんは帰ってくださって大丈夫です。ご協力ありがとうございました」
「「お疲れっした〜」」
「クレイジーさんとエンバーグさんはまだ終わってませんよ〜?」
「……」
ジェシカ助けてよぉ。
「いやでもよぉ、例の魔術師と話したのはエンバーグだけだしなぁ?」
「え」
「ああ。オレら声聞いてねぇし、よく知らねぇんだわ」
「おい」
取り調べが面倒臭くなったのか、ここにきて〈クレイジー・エイト〉が突然の裏切り。まぁ違法薬品のことを黙ってくれているだけ有難いけど。
「……分かりました。エンバーグさん、もう少しお話ししましょう?」
「ひゅー、ソルさんと二人きりでお話なんて羨ましいぜ〜」
そういうなら逃げるなよ。
〈クレイジー・エイト〉の面々はゾロゾロと退室し、俺とソルさんだけが取り残される結果になる。
「ではエンバーグさん? もう一度最初から話を聞かせてくださいますか?」
にっこりと輝かしい、しかしどこか影のある笑顔を見せるソルさん。確かに彼女ほどの美女と密室で二人きりなんて願ってもないシチュエーションだ。それが尋問じゃなければ最高だったのだが。
「あの、俺もお腹が痛くて……」
「嘘はダメですよー?」
どうして俺は信じてくれないの……。
くそ。このまま尋問され続ければ絶対にボロが出る。というかもう出かけてる。
こうなったら奥の手を使うしかない。これだけはやりたくなかったが。
奥歯に埋め込んだ、とある秘薬。
それを舌先で掘り出し、一思いに丸呑みする。
「うっ!?」
直後。全身に広がる倦怠感。上昇する体温。手足の痺れ。動悸。息切れ。頭が割れるように痛くなり、耐え難い吐き気を催してくる。
俺が飲み込んだのは、毒である。
製薬ギルド時代に、どうしても仕事をサボりたい時のために仕込んでいた、ただの毒である!
メリットとしては仮病などではなくガチで体調悪くなるので確実に休めること。デメリットとしはガチで体調悪くなることだ。
「えっ……本当に体調悪いんですか?」
顔色がみるみる悪くなっているのだろう。ソルさんが困惑したような表情を浮かべ、足元の覚束ない俺を支えてくれた。
「びょ、病院に行きましょう!」
「だだだ大丈夫ぶぶぶぶ。数時間ででででででで治るるるるるる」
「めちゃくちゃ痙攣してますけど!?」
と、その時。
会議室の扉が勢い良く開け放たれ、二人の女性が顔を覗かせた。一人は、巻き髪で少しぽっちゃり気味の受付嬢。もう一人は、先ほど逃げたはずのジェシカだった。
巻き髪受付嬢がやかましい声で叫ぶ。
「ソルさーん! ジェシカちゃんがイタズラしてトイレを水浸しにしたッスー!」
素知らぬ顔でそっぽを向き、下手くそな口笛を吹くジェシカ。
もしかして、逃げたんじゃなくて、俺を助けるための陽動をしに行ってくれたのか!? なんて優しい子なんだ! だけどちょっと遅かった! 毒飲む前に来てほしかったなぁ!
「っ!?」
死にそうな俺を見たジェシカがギョッとしたような顔を見せ、慌ててこちらに近寄ってくる。
心配させてしまったか。ここは一つ、安心させるために何か言ってやるとしよう。
「あばばばばばばばば」
「エンバーグさーん!?」
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