EP4 うってつけの男達


「ガァアア!」


 トルトゥーガの口から放たれる魔法の斬撃。空気を切り裂き、俺の首目がけて迫り来る。ズボンを脱ぎ捨て、大きくジャンプしてそれを飛び越えた。


 着地すると同時に魔獣に向かって走り出す。間髪入れずに襲いかかってくる追撃。飛び越え、腰を屈め、数多の攻撃をひらひらかわしながら距離を詰める。

 普段の俺には絶対にできない動きだ。しかし、先ほど摂取した青い結晶がそれを可能にしていた。


 〈強化結晶〉

 身体能力を一時的に向上させる、戦闘支援用の薬品である。


「おらよ!」


 手の届く距離になるなり、魔獣の眉間に拳を叩き込む。岩のように硬い皮膚だ。強化結晶なしでは殴ったこちらの腕が折れていたかもしれない。薬品の効果により、皮膚や骨の強度も一時的に向上しているのだ。

 続けてもう一発、さらにもう一発。連続して拳を叩き込む。


「ガァア!?」


 予想以上の衝撃に怯んだのか、トルトゥーガは首と手足を甲羅に引っ込めてしまった。これはトルトゥーガの防御体勢だそうだ。衝撃を与え続けている内は甲羅から出てこないと聞いた覚えがある。


 後方を見ると、忙しなく駆け回る少女の姿が目に留まる。ジェシカだ。倒れ込む冒険者達に次々とポーションを飲ませていた。

 気絶している者にはこっそり飲ませ。意識がある者には有無を言わさず口に瓶をねじ込み。違法薬品だとバレぬよう上手く立ち回ってくれているようだ。あっちはジェシカに任せて良さそうだな。


 ふと、一人の冒険者がのっそりと立ち上がり、驚きを隠せぬ様子でこちらに近づいてきた。


「おいおい。それ、おめぇ一人でやったのか?」


 身長二メートルはありそうなスキンヘッドの巨漢。客候補である不良冒険者クレイジー・エイトの一員だろうか。

 爆発により防具が破損し血糊がベットリと付いているものの、ポーションのおかげで傷は完治しているようだった。


「ええっと……」

「オレはガヤルド。〈クレイジー・エイト〉のリーダーだ」


 なんと。リーダーだったか。ぜひとも友好関係を築いておきたいところだ。


「エンバーグだ。よろしく」

「おめぇ何モンだ? トルトゥーガを一瞬で怯ませるなんて」

「あー……」


 ——チャンスだ。客候補のリーダーが俺に興味を示した。

 思わぬ商機に鼓動が早くなる。が、努めて平静を装って青色の結晶を取り出した。


「これのお陰だ」

「それは?」

「強化結晶だ」

「強化結晶は普通、白いだろ?」

「原料と製法が違うんだ。P2P製法と言って——」

「難しい話はいい」


 オタクトークを炸裂させようとしたのを悟られてしまったのか、言葉を遮られてしまった。


「……まぁ、見た目は違うが効果は同じ……いや、市販品の数倍は高いと思うぞ」

「みてーだな」


 ガヤルドの目が甲羅に篭った魔獣へ向けられた。その気はなかったが、結果的に商品のデモンストレーションになっていたようだ。


「そんなモノ、どこで手に入れた?」

「俺が作った」


 その答えで全てを察したのか、彼の瞳がキラリと光る。


「なるほどなぁ。まさか——」

「あぁ。これで商売しようと思っている」


 ニヤリ。黒い笑みを浮かべるガヤルド。


「そうか。おめぇ、それを売るつもりでオレ達にやたら絡んできたんだな?」

「ああ」

「変な帽子とサングラスなんか着けて、怪しすぎだぞお前」


 こいつは美的センスが無いようだな。


「あの小さい子が横に居なきゃあ、今頃ぶっ殺してたところだったぜ」


 側に居てくれてありがとうジェシカ。


「これはサンプルだ。良かったら使ってみてくれ」


 結晶を一欠片、ガヤルドに投げ渡した。

 違法なモノを受け取ったというのに、彼は動揺する素振りを微塵も見せない。むしろ興味津々に結晶を眺めている。やはり裏の顧客にうってつけの男達だ。人選は間違っていなかったな。


 さっそくサンプルを口に運ぼうとしたガヤルドだったが、


「おい、待てガヤルド。毒かもしれないぞ」

「そーだそーだ。怪しいぞー」


 と、女性二人の声がそれを遮った。


「エミ、リオ、無事だったか」


 訝しむような面持ちでこちらに近づいてきたのは、〈クレイジー・エイト〉のメンバーにしてガヤルドの従姉妹、エミとリオの姉妹だそうだ。彼女らも怪我の跡があるが、綺麗さっぱり治っていた。


「青い強化結晶なんて聞いたことないぞ? 毒なんだろ?」

「騙して毒殺する気だろ?」


 エミ・リオ姉妹、やけに毒を警戒しているな。まぁ初対面で信用もないし無理もないか。


 ガヤルドに渡した結晶を半分に割ってもらい、片割れを飲み込んで見せる。ちなみに鼻孔から摂取スニッフィングした方が効果は高いが、効き過ぎてしまう場合があるので、慣れないうちは経口摂取した方が安全だ。


 俺が躊躇なく飲み込んだ様を見てようやく信頼してくれたようで、ガヤルドも残り半分を飲み込んだ。


「……おお? 力が湧き起こってくるぞ!?」


 パワーアップ具合を確かめようとしたのか、彼の拳がトルトゥーガの甲羅に叩き込まれ、激しい音と共に甲羅に亀裂が入った。


「フォウ! こいつはすげぇ!」


 強化結晶には興奮作用があるので、彼は少しテンションが上がっているようだ。

 一方、エミ・リオ姉妹は輝く瞳をこちらに向けてきた。


「マジかよ! すげぇな!」

「青でも黄色でもピンクでも何色でもいい! ワタシらにもくれ!」


 お気に召してくれたようで何より。サンプルをエミ・リオ姉妹にも渡してやると、先程はあんなに毒を疑っていたのに、今回は一切の躊躇なく飲み込んだ。こいつにらは簡単に毒を盛れそうだな。やらないけど。


「おおお! スゲェ! どんどん力が湧いてくる!」


 増大したパワーを証明するように、ガヤルド達三人は魔獣の巨体をひっくり返してみせた。

 非力な俺でさえ魔獣を怯ませる程にパワーアップするのだ。元々力の強い冒険者には、その効果は絶大だろう。


「ヒャッハー! 最高の気分だ!」


 無様にひっくり返った亀の魔獣。無防備にさらけ出された腹部に、ガヤルド達は容赦なく武器を振り下ろし始める。亀の魔獣は自力で起き上がることができず、なすがままボコボコされるしかない。


 やがて、他の〈クレイジー・エイト〉のメンバーも次々と合流してきて、総勢八名によるリンチが始まった。


「気に入ったぜ、あのクスリ」


 少し離れた所で見守っていると、魔獣の処刑を仲間に任せ、ガヤルドがこちらに歩み寄ってきた。


「それは良かった。ぜひ買ってくれよ」

「値段次第だな」

「そうだな……1つ100バックスでどうだ?」


 ガヤルドが鼻で笑った。


「冗談だろ? 市販のは1000バックスだぞ?」

「本気だ。俺の強化結晶は原価がめちゃくちゃ安いんだ」


 市販品は価格が釣り上げられてるせいもあるけどな。


「さっきも言ったが、原料と製法が違っていて——」

「わかったわかった。とにかくおめぇは、安くて高品質な薬を作れるってワケだな?」

「……そうだ」


 お薬トークさせてほしいのに……。


「ひとつ聞くが、おめぇの『裏』の客はオレ達が初めてか?」

「ああ」

「悪いことは言わねぇ。300、いや500バックスにしろ。正規品の十分の一なんて、怪しくて誰も買わねぇよ」


 言われてみれば確かにそうだな。多売薄利のつもりだったが、あまり安過ぎても売れないか。


「そうだな。じゃあ500にしよう」

「ああ、そうした方がいい」


 アドバイスをしてくれるなんて。ガヤルドは意外と良い奴なのだろうか。なんて思っていると、


「ただし」


 そう前置きして、彼は黒い笑みを浮かべる。


「オレには100バックスで売れ。今後ずっとだ。それなら買ってやる」


 抜け目のない男だ。良い奴だと思ったのは撤回だ。しかし、俺の客はこういう狡賢い人間の方が好ましい。


「あぁ、いいぞ」

「よし」


 交渉成立。目的であった顧客獲得を成し遂げた。

 握手を交わしていると、ガヤルドの目がハッとしたように見開かれる。


「そういやさっき、あの小さい子にポーションらしきモノを飲まされたんだが……」

「あれも俺の商品だ」

「なるほど。あの子は売り子だったワケか」

「……いや違う。それは違うぞ。あの子は関係ない。一時的に手伝ってもらっただけだ」


 しまった。軽率な行動だった。ジェシカも共犯だと思われてしまった。


「まぁ別になんでもいいが。それよりスゲー回復力だった。市販品の数倍は効果あったな」

「あれも原料と製法を変えていてだな……」


 聞いてねぇ、とばかりに耳を塞がれる。おクスリトークさせて……。


「オレが知りてぇのは、ポーションも市販より安く作れるのか、ってことだ」

「あぁ、作れる」

「いくらで売る気だ?」

「……逆に、いくらが良いと思う?」

「そうだな。市販のポーションが3000バックスだから……1000バックスでどうだ?」

「それでいこう」

「よし。じゃあオレには500バックスで売れ」


 こいつ……。

 まぁ元々500バックスで売るつもりだったから別にいいんだけど。


「んじゃあさっそく取引を——」


 言いかけたところで、ガヤルドが不意に口を噤んだ。どうしたのだろうと首を傾げたが、すぐに理解。俺の後ろに、いつの間にかジェシカが立っていたのだ。びっくりした。


「……あー、また今度話そうぜ」


 ガヤルドはそう言い残し、そそくさと立ち去ってしまう。

 ジェシカの前で違法取引の話は控えたのだろう。さすが不良冒険者。その辺は弁えているようだ。


「ジェシカ、怪我人の方は大丈夫そうか?」


 こくり。彼女の首が力強く動く。

 見ると、依然気絶している者はいるものの、みな怪我自体は完治しているようだった。足が吹っ飛んでしまった者もしっかり回復している。


「助かったよ。ありがとう」


 ジェシカの首が、ぶんぶんぶん!と左右に激しく振られる。続けて、自身の首元を指差したのち、ぺこり、と大きく頭を下げてきた。多分、礼を言う必要はない、助けてくれてありがとう、と言っているのだろう。


「いやいや、元はと言えばジェシカが俺を爆発から助けてくれたお陰だ。ありがとう」

「……」


 互いに礼を言い合っていたら、なんだか妙に小っ恥ずかしくなってしまった。

 少々気まずい沈黙の中、ジェシカが思い出したように麻袋を差し出してくる。先ほど俺が手渡した物だ。中には大量の空の小瓶が。違法薬品だと分かった上で、証拠をしっかり回収してくれていたようだ。色々と気が効く子だな。


「一応言っておくが、この薬のことは内緒な? 誰にも言わないでくれよ?」


 わかってるよ!と言いたげに、ジェシカは何度も頷いた。


「ソルさんにも秘密だぞ?」


 彼女はお口にチャックのジェスチャーを見せたのち、唇を綴じた見えない金具をポイッと投げ捨ててみせた。絶対に秘密にする、という意思表示か。


「?」


 直後、何か違和感を悟ったように彼女の顔が曇る。

 自身の口元をペチペチ叩くと、そこにあったはずの布が無くなっていることに今さら気が付いたのか、目をハッと見開いた。


 そういや、ジェシカの顔をしっかり見るのは初めてだな。

 ぱっちりと大きなブルーの瞳。きめ細やかな白い肌。艶やかな栗色のショートカット。あどけなさの残る整った顔立ちも相まって、まるで精巧な人形のようだった。


 その整った顔が、みるみる内に赤くなっていく。


「あー、すまん。薬飲ませる時にスカーフ取ったんだ」

「っ!?」


 素顔を見られるのが恥ずかしいのだろうか。こんなに可愛い顔してるのに。


「〜〜っ!」


 言葉にならない声を発し、涙を滲ませ、何やら抗議するような目を向けてくる。なんか悪いことした気分になってきた。


「ごめんって。でも、俺だって恥ずかしい所見られてるし、おあいこだろ?」


 指差しながら言うと、彼女の視線が誘導され、ゆっくりと下って行き、その瞳に俺の下半身が映し出された。パンツ丸出しの下半身が。


「っ!?!?」


 ぼんっ!と。爆発したように顔を真っ赤にさせたかと思うと、ジェシカは明後日の方向に走り出す。が、足元をよく見てなかったのか、すってんころりんと転んでしまった。かわいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る