EP3 ケガだらけ
翌日。
用意しておいた商品をポーチに詰め、俺は他の参加者ともども馬車に揺られていた。目的地は〈カーキ鉱山〉という場所だ。
レイドクエストの参加者は二十名ほど。低ランク向けのクエストなので、冒険者デビューしたてと思しき少年少女が中心だった。
一方で、不真面目そうな不良冒険者も何人か見受けられる。聞く所によると、彼らは〈クレイジー・エイト〉という八人組パーティだそうだ。
冒険者歴はそれなりにあれど、上級ランクに上がれずやさぐれてしまった、しかし生活費のために冒険者は辞められない、そのような連中だと推測する。普通なら関わりたくないような人種だが、裏稼業の客にはうってつけの男達だ。
ひとまず彼らと友好関係を築こう。そう思って、馬車の中で話しかけてみた。だが——
「どうも、俺はエンバーグ。よろしく」
「……」
無視。
正面の男に話しかけみるが華麗にスルーされてしまった。さっそく挫けそう。
気を取り直して、別の男に声をかける。
「やぁ、俺はエンバーグ」
「……」
無視。
「それ、いいブーツだな。つま先に飾りがあってオシャレだ」
「……」
無視。完璧なる静寂。
あれ、俺の姿って周りに見えてない? 違う。警戒されているのだ。なぜだ。帽子とサングラスに加えて、口元にスカーフを巻き一層目立たぬ感じにしてきたのに。
無視され続けて心が折れそうになったので、隣に座っていたジェシカに話しかけてみた。
「あー、ジェシカ、元気?」
「……」
無視。もう帰りたい。
あ、違う。この子は無口なだけだ。絶好調だよ!みたいな感じでサムズアップを返してくれていた。優しい……。
***
そんなこんなで〈カーキ鉱山〉へ到着。
討伐対象が目撃されたという場所を目指して山道を進む。
依然、
「……」
お守役のジェシカが常に横にいるので、それも難しそうだった。
風貌こそ怪しいが、雰囲気は至って真面目そうな子だ。違法薬品なんか見られた日には即通報されること間違いない。
うーむ。どうしたものか。
「いたぞ」
解決の糸口を掴めぬまま山道を登っていると、開けた渓谷のような岩場でついに討伐対象を発見した。
ターゲットは〈トルトゥーガ〉という巨大な亀の魔獣だ。動きはトロいが凶暴で、殺した相手の生首をトロフィー代わりに甲羅の上に乗せるという、大変趣味の悪い習性を持つらしい。
事前の情報では高さニメートルほどの幼体という話だったのだが、
「でかくねぇか……?」
開けた岩場に鎮座するのは、全長十メートル・高さ五メートルは下らない、非常に大きな個体だった。敵との距離はまだ離れているが、その巨大さが有り有りと分かる。
「うぅむ。目撃された幼体の親だろうか」
頭を抱えるのは、レイドクエストの監督役として同行していたC級冒険者だ。彼はしばし唸ったのち、仕方ない、と諦めたように首を横に振った。
「成体のトルトゥーガは魔法攻撃ができて、Bランク相当だ。今いるメンバーでは太刀打ちできない。引き返そう。幸い、こちらにはまだ気が付いていないようだし」
「いやいや、監督さんよぉ。せっかく山を登ってここまで来たんだぜ? おめおめと逃げて帰れるかよ」
監督役に反発するのは〈クレイジー・エイト〉のひとり。ニット帽を被った軽薄そうな男だ。
「ダメだ。危険過ぎる。私の指示に従うんだ」
「まぁまぁ。オレに秘策があるんだ」
ニット帽の男は自信あり気に一歩前に踏み出す。その手には、こぶし大の丸い物が握られていた。
「それは……魔道具か?」
「あぁ。
「あ、おい! なにを勝手に!」
監督役の制止も聞かず、ニット帽の男は独断で爆弾を放り投げる。そこから先は一瞬の出来事だった。
弧を描いて飛ぶ魔道爆弾。
それを目ざとく察知したトルトゥーガ。
口を大きく開くと、空気の斬撃のような物を吐き出す。魔法攻撃だ。
勢い良く放たれた魔法の斬撃は、宙に舞う爆弾を真っ二つに切り裂いた。
直後。大爆発。
巻き起こる強烈な爆風は、冒険者達をまとめて吹き飛ばす。
響き渡る爆発音。そして悲鳴。
砂埃が晴れた後に広がるのは、悲惨な光景だった。
「ぐぅ……」
「痛ぇ、痛ぇよぉ……」
熱をモロに受けて火傷を負った者。頭をぶつけて気絶した者。片足が吹っ飛んだ者までいる。見たところ死者はいないのが不幸中の幸いか。
「ぐっ……」
地面に打ち付けられた背中が激しく痛む。俺の体も爆風で吹き飛ばされたのかと思った。だがそうではないと、起き上がった後に気が付いた。
ジェシカが驚異的な反射神経で突き飛ばしてくれたようなのだ。おかげで俺は爆風の直撃から免れることができたが、彼女自身は爆風に巻き込まれてしまったらしい。傍で、苦悶の表情で倒れ込んでいる。
「ジェシカ!?」
見ると、首筋にざっくりとした切り傷が。血がドクドクと流れ出ている。爆ぜた岩の破片でも掠めたのだろうか。意識はあるが、このままでは失血死するのは明白だった。
彼女には違法薬品を見られたくなかったが、そうも言っていられない。
「待ってろ。いま回復薬を」
ポーチからポーション入りの小瓶を取り出すと、それを見たジェシカは怪訝そうに眉を顰めた。初対面の男が取り出した怪しい小瓶。しかも、正規品にあるはずの製薬ギルドの認可印が無い。すぐに真っ当な代物ではないと察したことだろう。
まずは、このブツが安全な代物であることを証明する必要があった。
「見てろ」
俺はナイフを取り出し、自身の手の甲に十字傷を刻んだ。ジェシカはその様子を不思議そうな面持ちで見つめていたが、俺が小瓶の液体を一口飲むなり、たちまち驚愕に目を見開く。一瞬にして傷口が塞がったからだ。
「飲ませるぞ?」
ジェシカの上体を少し起き上がらせて、口元のスカーフをずらし、小瓶を唇に当てがう。彼女は少し躊躇った素振りを見せたが、やがて口を開け、液体を受け入れた。ごくんと喉が鳴る。
「……!」
瞬く間に傷が塞がり、彼女の表情が軽くなる。自身の首筋に手を当て傷が消えていることを確認すると、驚いた様子で目をパチクリさせていた。
「大丈夫か?」
こくり、こくり。力強く頷くジェシカ。良かった。ポーションの効果はバッチリだ。
安心したのも束の間。魔獣の咆哮が響き渡る。
「グォォオ!」
爆発と同時に甲羅に籠ったようで、トルトゥーガはあの大爆発の中でも無傷だった。追撃が来ないことを悟ったのか、甲羅から出てこちらに歩み寄って来る。怪我に悶える我々にトドメを刺す気だ。
ジェシカが動く。勢い良く起き上がり、腰から短刀を引き抜いて敵に向かって駆け出——そうとしたが、ふらり、とよろめいて膝を付いてしまった。
「血を大量に失ったんだ。無理するな。俺があの亀を足止めする」
戸惑ったような顔をするジェシカに、ポーションの瓶が詰まった麻袋を押し付ける。
「その間に、キミはこの薬を怪我人に飲ませてやってくれないか? 重傷者にはこっちの大きな瓶のやつを飲ませてくれ。ハイポーションだ」
躊躇いながらも袋を受け取り、ジェシカは心配そうな目を向けてきた。
「俺の心配はするな。秘策があるんだ」
ポーチから別の薬品を取り出す。青色で、透き通った
それをナイフの柄で細かく砕き、粉末状にして、鼻から一気に吸い込んだ。
直後。闘志が沸き起こり、全身に力が漲るのを感じる。
俺はゆっくりと立ち上がり、前に進み出て、迫り来る魔獣を真っ直ぐと見据えた。
「ショータイムだ」
——格好つけたはいいが、先ほどの爆発でベルトが千切れてしまったようで、ズボンがずり落ちてパンツ丸出しになってしまった。
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