第76輝 表情

 願いで加速させた俺の体が、一気にリーテに肉薄する。そして、彼女とすれ違いながら一閃。

 それなりの速度で突撃したが、刃を地面に垂直に立てるように構えられたリーテの刀によって、俺の斬撃は受け流されてしまう。


「流石にド正面からじゃ無理だよねッ……!」


 視線をリーテに向けながら呟けば、彼女はさっきまで不愛想ながらも不機嫌そうであった顔が、まるで感情をどこかに置いてきたかのように無表情になっているのに気が付いた。

 俺は加速した勢いはそのままに、願いの向きを上に変えて体を宙に浮かせる。───空中からなら重力が剣に乗る。それなら流石に、さっきみたいな簡単に受け流されてしまう様なことはないだろう。

 フィールドの中を映す天井からつるされたモニターを背にし、リーテの方に再度接近する。体感ではさっきよりも速度が出ているように思う。

 一気にリーテに接近する視界の中、彼女が若干目を細めるのを捉えた。

 そんな些細な表情の変化を気にしないまま、宝石剣はリーテとの距離を縮めていく。


「『神秘の護り手ガデン・デ・ミステ』」

「ッ───?!」


 これは願いの魔法?! このタイミングでか?!

 魔法名をリーテが呟くと同時に、両手で構える刀で何もない空間を袈裟に切った。───すると、切り裂かれた空間が花咲くように開き、中から灰簾石タンザナイトのような盾が展開される。

 俺は咄嗟のことで角度を変えられず、真っ直ぐ剣撃を盾に吸われてしまう。

 宝石アンブロイド宝石タンザナイトがぶつかり合い、蒼い欠片が空気中に煌めき飛び散る。

 良かった。どれだけの硬さか分からなかったから、最悪俺の魔晶石が欠けたりするかもと思っていたが、そんな最悪の事態は避けられたらしい。

 リーテの願いの魔法から離れるように灰簾石の盾を蹴り後ろへ飛ぶ。魔法少女の脚力だけで飛んだが、俺の願いの魔法はまだ健在だ。授業の残りの時間、まるっと願いの魔法を発動しっぱなしでも余裕で余るぐらいの魔力は残っている。

 対面する魔法少女は切り裂いた空間から生み出した盾を消すことなく、そのまま左手に構え始めた。侍的な衣装と刀には不釣り合いな盾は、俺の宝石剣を受け止めたところが縦一文字いちもんじひびが入っているが、それでもなお宝石らしい美しい光の屈折をやめていない。

 あれは、あと数回斬った程度じゃ割り切れない。そう直感が告げている。───それにまた正面から仕掛けても受け流されて終いだろう。受け流されるついでに反撃なんて喰らった時にはthe ENDだ。


『なぁ、リン』

『はい、どうしました?』

『ここでアレを使っても大丈夫だと思うか?』

『あれ? あれって何ですか?』

『……』


 通じなかった……いやまあ、一心同体ってわけじゃないから当然なんだけどさ……

 俺はリンに冷ややかな視線を向けられているような雰囲気を言葉の端々から感じつつも、俺が思い付いた、あの宝石の盾を一刀両断する作戦の安全性を問うことにした。

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