第70輝 移動

「うおッ?! ビックリした……」


 女子トイレでの着替えを終え、体育館を探そうと廊下に出ると、そこには既に着替えを済ませた姿の刄田が立っていた。


「逃げたかと思った」


 逃げたかと思ったって、それって俺が仮に本当に逃げてたとしてもそこで待ってたってことになるけど大丈夫? 職務怠慢じゃない?

 まぁ、逃げた後しても何らかの方法で俺の居場所ぐらい即行で見つけてきそうなんだけど。───っていうか指名手配されていたわけでもないし、別に逃げてもいいんだが、芽衣さんも言っていた、この鴟尾とびのお女学園を通して魔法省について見極めるためには、まだ抜け出すのは早いというのもある。


「まさか。逃げれると思ってないからね」


 俺はそんな本音を隠して、軽口を叩いておく。まぁ、逃げれると思っていないのも本音なんだが。

 そんな俺の態度に「ふーん」と興味なさそうに相槌あいづちを打ちながら、刄田は廊下を進んでいってしまう。───相変わらず嫌われてるなぁ……俺。

 そりゃあ授業1時間、一緒の教科書を共有しただけで関係が改善するとは思ってないけど。それでもこの子との関係は何とか修正しておきたい。

 一応魔法少女同士だし、そういうわだかまりは少ないに越したことはないからな。


「で、何でわざわざトイレまで行って着替えたの?」

「エッ?! いや、それは……」


 どんどん先に進んで行ってしまう彼女に追いつこうと俺が少し小走りになったところでそんなことを聞いてくるので、俺は思わずその足を止めてどもってしまう。

 なんて答えればいいんだ?! 男だから見たら犯罪になるし? いやいや、自分から男だって暴露するわけにはいかない! 何か、何かないか……?!

 俺が足を止めたのに少ししてから気が付いたのか、刄田は俺から離れた位置で足を止めて、顔だけこちらに向けてくる。


「……気まずいから?」

「───そっか」


 およそ窓3つ分離れた位置にいる刄田に、疑問形になりつつ答えると、また視線を戻して廊下を先に進み始め───


「みんなと一緒に着替えたくないなら、保健室を使うことをオススメするよ。あそこなら、着替え用の個室もあるし、先生に言えばすぐ貸してくれるから」


 と、歩きながらアドバイスしてきた。

 俺はその助言の真意が分からず、首を捻りながらも、先に進んで行ってしまう彼女の背を追った。───制服に着替え直す時は保健室を使おう。そう考えながら。





 刄田の後ろを付いて行き、体育館の中に入ると、旧校舎のものより広いそれの中に、先程クラスで見た子以外の子もいることが窺えた。───合同授業ってことだろう。他のクラスとの。

 ここまで送ってくれた刄田に軽く礼を言うと、また無愛想に「ん」とだけ返された。まぁ、この反応にも慣れてきたので、もう一度だけ礼を述べてから、明日葉達を探すことにした。

 多分、明日葉達が1番俺に絡んでくれているし、面白い子達だから今日1日は彼女達と共に行動するのがいいだろう。1人でいても面白くないしな。


「お! 来た来た!」

「星、こっち」


 軽く目線を動かしながら明日葉達を探していると、皆が集まっているところから少し離れた場所に固まっている明日葉と怜奈が俺を呼んでいるのが見えた。


「ありがと。明日葉、怜奈」


 態々俺が見つけやすいように皆から離れた位置に居たのだろう明日葉と怜奈に礼を言いつつ、周りを見渡す。

 ななは居ないな……まだ来てないのか?


「虹ならあっちだよ」

「ん?」


 俺の虹を探している動きに気がついたのか、明日葉が指さした先を見れば、先生の前に立つ虹ともう1人の生徒の姿があった。


「虹は室長だから、移動教室の時はああやって先生の所に連絡事項とかを聞きに行ったりする」

「なるほど」


 虹はその雰囲気通りクラスをまとめる役だったらしい。虹は先生と2言3言言葉を交わすと、連絡することは終えたらしく、こちらの方に戻ってきた。


「あ、桜木さん。この後先生に呼ばれると思いますけど、怒られるわけじゃないので安心してください」

「おーい! 体験入学生! ちょっとこっちに来い!」

「へ───?」


 虹が戻ってきて早々に放った言葉を噛み砕く暇もなく低めな女性の声に呼ばれた俺は、何を言われるのか気が気じゃない中、少女達の前を通り、先生の元へと小走りで駆け寄った。

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