第71輝 刺激

「お前が体験入学生か。ふむ。いい目をしている」

「え、えっと……どうも?」


 男勝りな口調で放たれる、教師というより教官といった方が正しいたたずまいの女性の声に、俺は少し怖気づきながらも取り敢えず褒められたようなので謝辞を述べておく。

 マジで教師というより軍人といった方が正しい貫禄をした先生だ。頭の高い位置で1つに纏めた髪と高い頭身、前髪で隠れた右目が特徴的なその見た目は、まさしく物語の中の女鬼教師って感じの雰囲気をしているが、こう、その身に纏うオーラが彼女を軍人っぽく見せているような気がした。───少し髪が動いた時に髪の隙間から見えた右目は、どうやら何か大きな怪我をしたらしく隻眼だった。


「私の目が気になるか?」

「え? ───あ、すみません、まじまじと見ちゃって……」

「いや、気にしていない。慣れているからな」


 先生は本当に気にしていない様子で表情を緩め、俺にもっと近寄るように手招きしてきた彼女に応えるように近寄ると、先生は俺を抱き寄せ、皆の方に向きなおす。

 ちょっ、近いんですけど?!

 そんな俺の心の中の叫びなど聞こえないように───心の声なのだから当たり前───肩を組んできた先生は、やはり普通の女子校にいるタイプの教師ではないように思える。魔法少女育成のための学校だから到底普通ではないんだけど。


「せっかくの体験入学生だ! この子の実力を見せてもらおうと思う!」

「えっ?!」


 引き寄せた俺に掛けた腕はそのままに、先生がそうクラスメイト達に言うと、少女達は待っていましたと言わんばかりに歓声を上げた。

 ───ってか聞いてないんだが?! 放課後にリリーと模擬戦やるから、実力を見るならそこでにしてくれないかなぁ?!

 抗議の目を向ける俺に先生は少し申し訳なさそうに目を細めて「この後の君に対する授業の参考にもしたい。許してくれ」と耳打ちしてきた。

 そう言われると仕方ないと思いますけど……


「それに、君の実力は噂程度に聞き及んでいる。彼女達にもいい刺激になるだろう」


 ここまで来て断る選択肢は、もう俺には残されていないように思う。

 正直気乗りしないが、先生がここまで言っているんだ。態々わざわざ断ってこの雰囲気を悪くする必要も無いし……まぁ、軽く魔法を見せる程度だろう。それぐらいなら別に苦でもない。


「───そこまで言われたら、断れないですよ」


 俺が渋々了承すると、先生は俺を言いくるめたことを喜ぶ子供のようにそうかそうかと頷いてから、「では」と前置きをして───


「私、鬼頭との模擬戦で君の実力を図らせてもらう!」 

「……はい?!」


 そうクラスメイト達に告げる声と共に、今日何度目かの俺の間抜けな声が体育館に響いたのだった。

 何処から模擬戦っていう流れになった?! 軽く俺の魔法を見て、それで俺の実力を測る───の流れだったじゃん!


「鬼頭先生!」


 そして、まだ俺が状況を飲み込むよりも早く、クラスメイト達の方から1人の手が上がる。

 まるでモーセの海割りのように少女達の人海が割れて、その間から表れたのは俺が恐らくここにいる全員の中で顔を合わせた回数が多い少女。───ついでに、それを止めるように彼女にくっついて離れないもう一人。


「どうした、刄田」


 ここに来るまでの仏頂面を殺気で歪めた抜き身の刄がそこにはいた。その表情はこれから競技に挑むアスリートのようにも見えたし、獲物を前に絶好のチャンスを見つけた虎のようにも見えた。

 キトウ先生という名前らしい彼女は、そんな刄田に怯むことなく何かあったのかと問う。


「やっぱりやめようよぉ、加蓮ちゃん」

「ごめん、沙紅。このタイミングしかないと思うから」


 刄田はこちらには聞こえない程度のボリュームで、止めるように腰をホールドしている少女と何かを話した後、半ば無理やりくっついていた少女を引き剝がしてこちらの方に歩いてくる。───なんとなくだが、あの子の正体に見当がついた気がする。それと、刄田がこれから何を申し出るのかも。


「桜木さんの模擬戦相手、ボクにやらせてくれませんか?」


 やっぱりか……刄田がこっちに来た時点でなんとなく察しがついてたよ……

 俺はどこか諦めたように、天井から吊るされた何も映っていない巨大なモニターを眺め始めたのだった。

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