第67輝 進物

「1時間目は数学ですから、用意しておいて下さいね〜」


 安宿部あすかべ先生───名前は改めて黒板に書いてくれた───の言葉と共に朝の会が終わり、先生は纏めた荷物を抱えて教室から出て行ってしまう。そういえば中学から教科ごとに先生が変わるんだったな。

 数学分かるかなぁと黒板を見つめていると、その視界を遮るようにいつの間にか周りに少女達の壁ができていた。


「桜木さんってどこから来たんですか?」

「魔法が使えるようになったのはいつ? どんな魔法使う?」

「桜木さんって可愛いよねぇー! 何かコスメ使ってる?」


 さっきの時間に答えられなかった反動か、俺の目の前に立ったクラスメイト達が一気に口々に質問を投げかけてくる。

 転校生とかをクラスの人が囲むのはラノベでありがちな展開だが、女子校で女の姿になって女の子に囲まれるのはそうそうないだろう。

 ───専門学生の男が中学一年生の女子に囲まれているこの状況は、客観的に見たら犯罪臭しかしないわけだけど、俺からしたら芽衣さんによる強引な体験入学によるものだし、俺も被害者だと思う。そう訴える。

 罪悪感を感じないわけじゃないんだけどね。騙しているしている感じがして申し訳ないなって思うし。

 取り合えず答えられる質問から答えていくかと口を開こうとしたとき、教室の入口の方で何か騒ぎが起きたのに気付いた。

 人垣の向こう側を何とか見れば、そこには黒と紫の魔法少女の姿のまま現れたリリーアメシストがいた。

 そのまま教室の中に入ってきたリリーは、俺を囲んでいた子達に「ごめんなさいね」と謝りながらこちらに近づいてくる。


「ク……桜木さん」

「リリー。───何かあった?」


 目の前にいた3人のブロックも超えてやってきたリリーは、俺の事をクレイと呼びかけて何とか修正したようで。

 不自然に名前を詰まらせたのを誤魔化すように軽く咳払いをしてから俺の方に何かを渡してくる。


「芽衣さんからプレゼント。『今日1日過ごすのに必要なものが入ってるわ。教科書は用意できなかったから、隣の子に見せて貰いなさい』ですって」

「お、おぉ……届けてくれてありがとう、リリー」


 この学園の指定のスクールバックだろうか。直方体の鞄に詰められた『必要なもの』とやらを軽く改めていく。───ノートに筆箱に下敷き……何で全部黒猫型? 後は体操服と思われる服が入った袋とシューズが入った袋が鞄に詰められていた。


「そうだ。お昼は一緒に食べるように言われているから、昼放課は加蓮ちゃんと一緒に私の所まで来てね」

「……了解りょーかい


 俺が中身を軽く見終わったのを見計らったのか、少ししてからリリーがそんな事を言う。

 昼は刄田と移動か……移動中に襲われ殺されたりとかしないよな? まだ死にたくないんだけど……?

 そんなことを考えていると、さっきの話が聞こえていたのか、隣の席に座っていたはずの刄田がいつの間にか俺の隣まで来ていた。


「ボクも絶対行かなきゃダメですか?」

「ええ。芽衣さんにそう言われてるから」

「───分かりました」


 「昼放課は桜木さんとお伺いします」と、刄田は軽くリリーにお辞儀してから教室の外へと出ていってしまう。───え? このあと授業じゃないの?


「ごめんなさい、貴女は悪くないのだけど……」

「いや、大丈夫。私も悪かった所はあるから」


 申し訳なさそうに謝るリリーに軽く返事して、鞄の中から黒猫がプリントされたノートと黒猫の形をしたペンケース、猫耳がとび出た下敷きを取り出しておく。───この黒猫趣味は芽衣さんのか?可愛いとは思うが、 このタイミングで黒猫っていうとリンのことしか思いつかない。まさか気付いているぞっていう暗示か……? 怖……


「黒猫ばっかり……黒猫、好きなの?」

「確かに好きだけど……でも何でこんなに黒猫推し?」

「芽衣さんが渡してきた物だから───」

「そっかぁ……」


 黒猫はどちらかと言えば好きな方だと思う。でも、それを見越してこれを用意した、なんてことは考えずらい。

 指名手配云々の擦れ違いもあったわけだし、考えすぎも良くないか……?

 まぁ、何かあれば直接聞いてくるだろう。無い腹を探っているだけかもしれないしな。


「それじゃあ、渡すものは渡したし私は戻るわ。───放課後の決闘。楽しみにしてる」


 一旦このことは頭の隅においやることを決めた俺は、リリーに「お手柔らかによろしくね」と返し、その背中を見送る。

 そういえば放課後はリリーとの決闘……もとい、模擬戦だったな。───受けた以上やれることはやるつもりだ。簡単に負けるつもりは無い。

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