第61輝 左手

 俺の名前を聞いた芽衣さんは、すぐにポケットの中からスマホを取り出し、何かを打ち込み始めた。

 数十秒文字を入力した後、目線はスマホに固定したまま、リリーに何かを促す。


「リリー。貴女、クレイ───星に言いたいことがあったんじゃないの?」

「はい、芽衣さん」


 リリーが俺に話したいことだって? なんだろ、宣戦布告とかか……? ───いや、さすがにないか。ないよな? 朝も普通に挨拶してくれたし、リーテみたいに俺のことを嫌っている感じもしないし。


「───クレイ、私と決闘してほしいの」

「決闘?!」


 決闘って言ったか?! まじで? 聞き間違いじゃない?!

 どうやら俺の嫌な予想は当たらずとも遠からずだったようで、俺に熱い目線を送ってくるリリーは、俺に本気で決闘を申し込んでいるようだった。


「け、決闘って……なんで?」


 なんでリリーが俺に決闘とやらを申し込んでくるのか分からない。朝の時点では特に俺を敵対視している感じは見受けられなかった。

 なら尚更、何故俺に決闘を? という疑問につながるわけで。


「あなたに、クレイアンブロイドに、私の魔法破壊がどこまで通じるか試したいの。ほら、貴女と戦った時は、他の子を巻き込めなかったから」

「……なるほどね」


 つまりなんだ、俺と腕試しがしたいってことか?

 だが、「いいぜ、かかって来いよ!」となる程、俺は戦闘狂バトルジャンキーじゃない。それに───


「決闘言っても、どこで、どうやってやるの?」

「それなら学園の体育館でできるわ。申請さえ通れば、今日にでも」


 と、まだどこかとやり取りを続けている芽衣さんが説明のために口をはさんでくる。

 そう言えば、学園の旧校舎の体育館には、所謂学園異能バトル物にありがちな観戦用と思わしきモニターを嵌めていた金具の残骸なんかもあった。───あれはこういう決闘とかの時に使われたのだろう。案外、学内ランキングバトル的なのもあったりしてな。魔法少女育成校だし、そういうシステムがあってもおかしくない。


「どう? 受けてくれる?」

「えぇ……」


 正直、受けたとしても、リリーに勝てる未来が見えないし、何より受ける理由がない。───どうやって断ろうか。


『受けてもいいんじゃないですか?』

「え?」


 穏便に断る方法を考えていると、どこからかリンの声が聞こえてきた。

 昨日からさっきまで一切姿を見なかったのに、一体どこから……?


『テレパシー的なものです。声を出さずに会話できるように、セイとのパスを強化してきました』

『俺も心の中で話せばリンに届くってことか?』

『はい。伝えたいとながら心の中で話せば相手に届く仕様です』


 めっちゃ便利だな。

 恐らく、芽衣さんと一緒にいる時にリンの存在に勘づかれる可能性を考慮して、このテレパシーを開発したんだろう。

 朝からリンの姿を見なかったのは、それに時間がかかっていたからか。まぁ、自分で姿を隠せるし特に心配はしていなかったが、昨日芽衣さんに「妖精について知っているか」っていう質問をされて咄嗟にしらばっくれた手前、リンについては隠した方が良さそうだったからな。

 リンが姿を隠した状態でもコミュニケーションが取れるなら、便利に使わせてもらおう。


『それで? 受けた方がいいって、なんで?』

『対人経験は多いに越したことはありませんから』

『───まぁ。確かにそうだけど。それをリリーで積んでおけと?』

『ええ。これ以上ない練習相手になると思いますよ?』

『それはそうかもしれないけどさぁ……んー……』


 まぁ、リンがそこまで推すなら受けた方がいいんだろう。

 今後───そう、例えば魔人と戦う時とかに、対人経験、特に魔法少女と組手のひとつでも経験があれば戦術の取り方とか攻め方とか応用できるところは多いと思う。

 必ず、あのイルカの魔人とは戦うことになるし、他にも魔人はいるはずだ。今後生まれるであろう魔人も……ここで経験を積めるなら、積んでおこう。


「クレイ?」

「───さっきの決闘の話。受けるよ」


 ───こうして、体験入学初日にして、学園最強と名高いリリーアメシストとの模擬戦が決まってしまったのである。

 尚、俺が学園最強との決闘を受けてしまったということを知ったのは、もう少し後───もう取り返しがつかないことになってからだった。

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