第60輝 貸与

 建物前のロータリーで待機していた警備員に連れられて、俺と芽衣さんとリリーの3人は護送車らしきトラックの隔離された後ろの座席に乗せられた。───まぁ、今の俺は要注意人物だろうし、これぐらい厳重な車を用意するのは当然だろう。

 中はそれなりに広いが、見れば所々に何かを引っ掛けるための金具が剥き出しになっている。

 先に乗った俺に続いて乗ってきた芽衣さんに、入口から見て奥の席に座るように促され、助手席の真後ろの席に腰掛ける。

 すると向かい側に芽衣さん、俺の右隣にリリーが座り、計算してのことか、俺の事を2人で挟む形になった。

 最後に乗ってきたリリーが座ったタイミングで、芽衣さんは運転席の後ろの壁を軽く叩いて運転手に告げる。


「出していいわ」

「了解しました」


 若い男性の声で返ってきた返事と共に、車はゆっくりと走り出した。


「それで、どこに向かうんですか?」

「あら、その服を着て行くところは1つでしょう? 鴟尾女学園よ」

「ですよねー……」


 一縷いちるの望みをかけて聞いてみたのだが、やはり俺は鴟尾女学園に向かっているらしい。

 正直、昨日の今日でこんなに話が早く進むとは思っていなかった。行くとしても明日とかだろうと思っていたのだが……流石芽衣さんってところなのかね……俺のこと散々こき使う癖に、こういう仕事は早いんだから。


「───失礼なこと考えてない?」

「いえっ! まったく!」

「……そう」


 あっぶね……察しが良すぎるだろ。


「この後のスケジュールを伝えるわね。逃げれるとは思わない事」

「はぁ……分かりました」

「よろしい。───まず、鴟尾学園に着き次第、学園長室に向かってもらうわ。少しでも失礼なことをすれば、そこのリリーが貴女をちょっとお仕置きするからくれぐれも軽率なことはしないこと」


 怖?! 何、ちょっとお仕置きって。怖……何されるかわかったもんじゃねぇ……

 逃げれる決定的な隙の糸が見えるまでは大人しくしておこう……


「その後は貴女が今日体験入学するクラスに行ってもらって軽く自己紹介してもらってから、クラスに混じって授業を受けてもらうわ」

「───自己紹介」


 自己紹介か……何年ぶりだろ。高校の時もそういうことしなかったし、4年か5年ぐらいか? 何喋ればいいかわかんねー……それに女子校だし、こう、反感買わないようにしないと。

 何を喋ろうか少しだけ頭の中で考えて、あれでもない、これでもないと思案していると、思い出したように芽衣さんが俺の目を覗きながら問い掛けてくる。


「そうだ。貴女、名前は? それに、他のプロフィールも。昨日は聞かなかったのだけど、色々調べても、貴女の名前は愚か、住所も通ってる学校さえ出てこなかった……貴女、何者?」

「……えっと」


 ───そりゃそうだ。今ここにいるクレイアンブロイド茶髪ver.は戸籍も何も持っていない。当たり前だろう。元はれっきとした日本人だが、それは男の俺であって、この姿の俺では無い。

 似ても似つかぬ姿なのだし、何も持っていないのだから、調べても出てこないのは当然だ。


「───セイ。それが私の名前。教えれるのはそれだけです」


 だが、名前も持っていないというのは流石におかしいだろう。だから俺は、咄嗟に思い出したリンの俺の呼び方、『セイ』を名乗ることにした。住所とかに関しては、多分、言い訳に捉えられかねない説明をするより、黙りした方が勝手に解釈してくれて好都合だろう。

 せいを訓読みすると元の名前のひじりに戻ってしまうから、バレる可能性もあるけど、そのままよりはマシだろう。


「セイ、ね。漢字は聖人せいんとの聖?」

「……星の方です」

「そう、なら苗字は私のを貸すわ。桜木 星、学校ではそう名乗りなさい」

「……了解りょーかい


 いきなり漢字を言い当てられ、ちょっとバレるかとドキドキしたが、咄嗟に星だと言ったことで違和感はもたれなかったらしい。

 ───というか、桜木って、芽衣さんの養子扱いにでもなるのか? えぇ……ちょっと勘弁願いたいかな……


「───また失礼なこと考えてないかしら?」

「いえっ! まったく!」

「……はぁ、まぁいいわ」


 怖すぎんだろ、芽衣さん。

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