異世界転生モノ練習用

あお

第1話『その日私たちは貝殻集めを終えたのでした』

「私、20枚! なにか欲しい物ある?」

「えー、いいな。私も20枚欲しい。ねえ、この服なんてどう? これから寒くなるから毛皮でコートを作ってみたの。どう? ふかふかでしょ?」

「私は手先が不器用だから30日間晩ごはんをごちそうするよ。海辺で捕れたての新鮮魚介日替わりスープさ」

「その小さい方でいいから私のと交換して! そっちのほうが断然キレイだけど、私のは厚みがあるの。きっと長持ちすると思うわ」


「ふっ。勝ったわね」

 私は、私たちに群がる街の女達を見て勝利を確信した。

 一千枚。

 木箱にはち切れんばかり詰められたその”貝殻”の山に目を輝かせた彼女たちは一番キレイなそれを手に入れるために、あらゆる提案を投げかけてくるのだ。

 この街で女性に密かな人気の七色の貝殻。

 宝石のようにキレイだけれど見つけるのが困難だ。私と相方のロコはそれを大量に引っ提げて市場へと赴いていたのだ。

 とはいえ本当は”こんな貝殻”どうでもいい。

 今は貝殻に希少性と価値があると思い込ませることさえできれば。そして私が持ってきたもの=レアだと刷り込みさえできれば。

 だから私はもったいぶる。

「うーん。どうしようかな。手持ちはこれで全部だから。そこのあなた。20枚だとブーツもないと厳しいわね」

「あたし! あたしならコートの他にブーツも作れる! だから20枚頂戴!」

「決まりねっ! 他の人にも宣伝しておくから特別に25枚あげる!」

「やったっ!」

 ああっ……ブーツも練習しておけばよかった。そんな声は一瞬でかき消されていく。

「その代わり春の新作もお願いね」

「ありがとうございます!」

「すごい……」

 相方ロコがつぶやく。

 投げ込まれる日用品。

 それに比例して減っていく木箱の貝殻。

 光に当てると七色に輝くそれは次から次へと女性たちが持ってきた革袋、あるいは前掛けのポケットへと吸い込まれていく。

 そんな様子をとなりで見ていたロコは唖然としてその様子をただただ見つめるしかないのだ。

 きっとこんな様子を見たことはないんだろう。

 だけど私が元いた世界では当たり前のような光景。

 バーゲンセールのたたき売りや店舗限定の限定商品。

 プロが作ったコピーとど派手な広告に踊らされてなにかすごく得をしたような気分になるあの光景。

 どこの世界も人間の趣向や行動は一緒なのだ。

「ロコ! 貝殻30枚! 一番いいやつ選んでね!」

「あ、はい!」

 私はそんなロコにテキパキ指示を出して貝殻を選んでもらう。

 止めてはいけない。

 この流れを止めてはいけない。

 えーっと、なんて言って選別している時間は1秒もない。

 流れるように、しかしもったいぶりつつ、手と口は止めないで今ここにある貝殻がこの街の、この瞬間の価値だと思わせるように。

 どんどん次の人がモノを、サービスを、提案を私に差し出す。

「ありがとう! すごい! きれいな貝殻……っ」

「こっちこそありがとう。家の掃除を30日もしてくれるなんて本当に助かるわ。私、家事は苦手だから」

「いいんです。舞子さんのお役に立てて。それに私、この貝殻本当に大好きで。でも砂の奥深くに埋まっているから普通はなかなか見つけることが難しくて」

「こんなきれいなのはもう二度と手に入らないわよ。良かったわね」

「……本当に嬉しい! 私に出来ることがあったら言ってくださいね!」

「うん。頼りにしてるわ。私もこの街に来られてよかった」

 私の前の行列からまた一人貝殻を持ち去っていく。

 私への信用を一緒に抱えながら。

 そうしていくうちに行列の後ろの人たちがざわつくのだ。

 すかさず私は、

「残りわずか200枚でーす! いいモノ持ってきた人には優先してサービスしますよー!」

 次の瞬間、列は崩れて雪崩になる。

 私の服を!

 私はマッサージが得意です!

 この街の歴史を教えてあげるわ!

 みんなが得意分野を持ち寄ってこぞって貝殻を狙っている。

 口では綺麗事を並べながらも視線は残ったそれに集中している。

 残りわずか。

 後少し。

 明らかに減っているその貝殻の価値はほんの20分前とは比べ物にならないぐらいに爆上がりだ。

 海辺に行ってももうこの貝殻はほとんど落ちていないだろう。私とロコでほぼ取り尽くしたからだ。

 仮にあったとしてもさっきの女性が言うように、七色に光るこの貝殻は埋まっている場所を特定することが困難だ。

 私たちが乱獲した事実はおそらく知らないだろうが、入手困難な事実は変わりない。

「干し肉一週間分だと何枚もらえるの!?」

「5枚」

 私は即答する。

「5枚かぁ……」

 30代ぐらいの大柄な女性。肉を保存食にして生計を立てている人だ。

 正直5枚じゃ全然話にならないのは私も分かっている。逆の立場ならふざけんなっ、だ。

 だけどそれは20分前の話だ。

 20分前だったら15枚から20枚出しても良かったかもしれない。

 でも”残り少なくなった”貝殻には希少価値がつき始めている。

 お金の概念がないこの異世界でも、彼女たちはなんとなくプレミアム価格を肌感で理解し始めている。

 そこにすかさず、

「私4枚でいい! 4枚で10日分の干し肉を出すわ!」

「ロコっ! 残りの中からきれいなの4枚!」

「はーいっ!」

 ロコもだんだんとこの”限定”のノリが分かってきたのか。

 私と同じようにニコニコしながら貝殻を取り分ける。

「やったっ!」

 4枚で手を上げた女性は嬉々としてさろうとする。私はその女性に声をかける。

「まって」

 さあ仕上げだ。

 私は特大の貝殻を一枚掴むと、今干し肉を10日分置いていった彼女に向かってそれを投げる。

「サービスよっ! 私のことよろしくね」

 おおっ!

 どよめきが起きる。

 私に良くしてくれたらサービスがもらえる。

 これを見た残りの人たちは、20分前ではあり得ない提案を次々に口にした。

 衣類、食料、生活のサービス。

 ついさっきまで貝殻10~20枚で動いていた相場がたった数枚に置き換わる。

 4~5倍の価値を持った貝殻は、減れば減るほど絶対王者になっていくのだ。

 そしてついに最後の一枚になった。

「最後の一枚! もうしばらくは拾えない貝殻だよ。ロコ。次はいつになったら手に入るの?」

「えっと、」

 この街のことに詳しいロコ。

 彼女の知識がなければ、突然迷い込んだ異世界でも私はブラックな労働をしていただろう。

「今年はいつもより冬が早いと思います。来月になったら海辺で貝を取るのはもっと大変になると思うから……来年の春までは手に入らないと思います」

 来年!?

 長い!

 もっとキレイなのが欲しいのにっ!

 その何気ない群衆の欲望の一言が、たった一枚の貝殻の価値をどんどん吊り上げていく。

 まるで加熱しているネットオークションの終了1分前だ。

 干し肉春までっ!

 毎日あんたの家の除雪をするよ!

 船あげるっ!

 もうむちゃくちゃだ。

 逆にそれいらねーって物まで提案されるから、もうここにいる人達はお祭り騒ぎの熱気にあてられているだけだ。

 誰一人冷静な判断が出来ない中、ひときわ上品な声がまるで空から降ってくるように私に降りてきた。


「庭付きの家を差し上げるわ」


 水を打ったように静まり返る。

 声の主はこの街長の一人娘。

 こんな大衆がいる場所に本来いるはずのない彼女は、私の心を先読みして、

「ずいぶんと市が賑やかで興味がわきました。面白いですね。その貝殻1枚いただけませんか?」

 この人は頭がおかしいのかと思ったが、お祭り騒ぎに飲まれた誰よりも真剣な瞳だった。

「庭付きの一戸建て。それでいかがかしら?」

 ここが勝負どころだ。

 もう貝殻の価値はぶっ壊れてる。

 だから私は吹っかけた。

「ありがとうございます。私から一つよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「この子も一緒にいいですか?」

「ええっ!?」

 急に渦中へと放り込まれたロコは目を白黒させている。

「ふふっ。面白いわね、あなた。いいわよ。その子も一緒で。あなたの大切なパートナーみたいですから」


 ”こんな貝殻”どうでもいい。

 今は貝殻に希少性と価値があると思い込ませることさえできれば。

 そして私が持ってきたものはレアになった。

 街長の娘と取引をしたという実績は信頼になる。


 そう。私はこの街で信頼が必要なのだ。


 だって私が転生してきたこの世界には”お金の概念がない”のだから。

 つまらない会社員時代に、少し多い給料と副業で複利を効かせてお金を貯め始めはや数年。

 バチバチに30歳でFIRE(Financial Independence, Retire Early=経済的自立と早期リタイア)ってほどでもないけれど、40代後半では労働をほとんどしなくてもいいぐらいのライフプランが見えていた。

 その矢先に交通事故で死亡。

 気づいたら転生してて、しかもそこはお金のない世界。

 こんなところじゃずっと肉体労働が出来ないと生きていけない。

 そんな生活はもう嫌だ。

 楽に、ゆるく、楽しく人生を過ごしたい。

 それにはお金が必要だ。

 だから私は作るんだ。お金を作る。

 そのためには信用が必要だ。

 ロコと一緒に、他の人が思いつかない方法で集めたほぼすべての貝殻一千枚。

 999枚はこの1枚のためにあった。

 私はコインを弾くようにその貝殻を放物線状にはじき出す。

 群衆が見守る中、最後の一枚が街長の娘の手のひらに静かに落ちる。

 遅れて、

 おぉぉぉおおおおおおっ!

 という轟音が空気を割いた。

「あなた、お名前はなんていうの?」

「舞子」

「変わった名前ね。……それで舞子。あなたは私に何を見せてくれるの?」

 私は迷わず告げた。

「その一枚より、もっと素敵なものを」

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異世界転生モノ練習用 あお @Thanatos_ao

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