水曜日

 机の上の薄いコピー用紙を睨むセーラー服が一人。透き通るような白い肌と、カラコンを入れていないとは思えない緑の瞳。美形さんは進路希望調査に頭を抱えていても様になる。皆はその子を「マワリちゃん」とか「マワリさん」とか、好きなように呼ぶ。

 淡白なコピー用紙には「進学」と「就職」の二つが中黒で結ばれている。どちらかにマルをつけろとのお達しだ。こんなものは適当なことを書いてさっさと提出してしまえばいいのだが、マワリはそれに真剣に向き合っていた。

 将来の夢、ね。

 心の中で呟いて、実際の口からはため息を漏らす。マワリには就きたい職というのがなかった。とりあえずいい大学に進んで自分に箔をつけるのが無難だとはわかっていたが、そうしようと決めてしまうには勇気が足りなかった。マワリは三日もすれば気が一転どころか二転すらしてしまいかねない気まぐれな生物であることには自覚があった。

 それでも、確固たる夢はあった。マワリは「お母さん」になりたいと常々考えていた。幼稚園生のようだと人に笑われることもあったが、そんな声には耳をかさずに生きていた。

「別に、今じゃなくてもいいか」

 紙を折って、手帳にはさむ。いくら考えても、お母さんになりたいという願望の他に何も出てこない。いつになれば叶うだろうか。今のところ恋愛には興味がない。まるでこれっぽちも気にならない……とは言わないが、さほど意欲的にはなれない。マワリは自身の知らないところで高嶺の花になっているため、相手を作ろうと思えばいくらでも作れるのだろう。それでも、「どうせ後になってから疎ましくなるだろうな」と高校生とは思えないことを思うのだった。ちらり、と時計を見て、なんとなく指を折ってみた。

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