第23話 チビタと鈍感な慎太郎
「ねえ、慎太郎が僕を選んでくれた理由って何なの?」
「理由か。一番かわいかったからかな」
「へえ、そうなんだ。僕が一番かわいかったからなんだね。嬉しいな」
大きな瞳を潤ませながら僕を見ているチビタはとても可愛らしく、少し油断するとチビタが雄であるという事を忘れてしまいそうだった。いや、今は男の子なのか。
犬の時からの愛嬌の良さはヒトになっても変わることは無く、かといって臆病な性格もそのままなのでまともに会話が出来るのは僕と公太と双葉、それに数人の先生たちだけなのだ。
「でも、慎太郎は僕を飼う時に他の子と悩んでたでしょ」
「そうだっけ?」
「うん、僕はまだ小さかったけど覚えているもん。僕の隣で寝てた女の子とどっちにするか迷ってたでしょ」
「そう言えばそうだったかも。でも、僕は最初からチビタにしようって思ってたからね」
「そうだったんだ。なんで?」
「なんでって、何となくだけど雌だと面倒くさそうだなって思ったからかな。犬だとしても同性の方が良いって思ったのもあるけど」
「ふーん、慎太郎は女の子よりも男の子の方が好きなんだ。僕が男の子で良かったね」
完全に誤解を招くような事をさらりと言ってしまうチビタではあったが、日ごろからそんなことを言っているので僕のイメージは小さな男の子が好きな人というものになっているようだ。
「慎太郎は今日もいっぱいお勉強するの?」
「そうだよ。今日は夕方まで学校にいるから大人しくしててね」
「うん、わかった。みんなの邪魔にならないようにするね」
チビタはみんなの邪魔にならないようにするとは言っていたのだけれど、ずっと隣で寝られるのは少し気になってしまう。犬の時も家で勉強している時はずっと寝ていたチビタではあるのだけれど、こうして人の姿になった時も僕が勉強している時は大人しく寝てくれているのはありがたい。ありがたいのだが、教授の目の前の席で寝られるというのは他の学生からも注目を浴びているように感じて少し気まずかった。
「春田君ってさ、その子の飼い主なんでしょ?」
僕に話しかけてきた女子は公太の知り合いだったと思う。公太と一緒にいる時に何度か見かけたことがあるのだけれど、こうして僕に話しかけてきたのは初めてなんじゃないかな。
「そうだよ。チビタは僕が育ててるよ」
「チビタ君可愛いよね。うちの子もチビタ君みたいに可愛い子になってほしいんだけどさ、どれくらい愛情を与えたら人間になったの?」
「どれくらいって言われてもな。気付いたらヒトになってたって感じなんだよね」
「そうなんだ。特別な事は何もしてないって事なの?」
「うん、何もしてないと思う。だから、チビタがヒトになってた時は本当に驚いたんだよね」
「へえ、ちなみになんだけど、一緒にいる時間はどれくらいあったのかな。春田君って司法試験の勉強もしてたからお世話する時間とかどうだったのかなって思って」
「僕は大学にいる時間を除けばほとんど家にいたからな。そう言う意味ではお世話はしてないけど一緒にいた時間は長いかも」
「なるほどね。一緒にいた時間が長かったのか。話を聞いた人はみんなそんな感じだったし、体躯さん一緒に過ごすのが大事なんだね。ありがとう。チビタ君が起きたらこれあげといてね」
授業が終わってから誰かと話したのはいつ以来だろう。名前も知らない公太の友達は犬用のおやつをくれたのだが、これは公太がたまにチビタに買ってくれていた奴と同じものであった。
「慎太郎おはよう。今日はあと三回寝れるんだね」
「三回って、家に帰ったら寝ないつもりなのか?」
「そんな事ないよ。僕はいつでも寝て過ごしているからね。本当はもっと遊びたいけどさ、慎太郎の邪魔にならないように大人しくしとかないとだからね」
「別に大人しくしてなくてもいいんだぞ。遊びたいときは言ってくれれば僕も考えるからさ」
「本当に?」
「ああ、本当だよ。でも、あんまり走り回ったりするのは得意じゃないから期待するなよ」
「わかってるよ。でも、慎太郎が外でも僕と遊んでくれるってのは嬉しいな。今までは家で遊ぶだけだったし、楽しみだな」
「そうだ。公太の友達がチビタにあげてくれってこれをくれたぞ」
僕は貰ったおやつを一つ取り出してチビタに見せると、チビタは口角をいつも以上にあげて喜んでいた。今は見えないけど尻尾があれば左右にブンブンと振っているんだろうなとわかるくらいに喜んでいた。本当にチビタは感情を隠すことが出来ないんだなと思いながらも一つだけおやつを渡してあげた。
受け取ったおやつを眺めながらも幸せそうにしているチビタを見ると僕の方も嬉しくなっていた。
「これって、公太が買ってくれるやつに似てるね。これも美味しいといいな」
「公太が買ってくれるのと違うやつなの?」
「うん、違うよ。ほら、ここに書いてる数字がいつもと違うから」
「へえ、そんなとこが違うんだ。全然気付かなかったよ」
「慎太郎は意外と鈍いんだね。双葉も言ってたけど、慎太郎は鈍いから大変だって言ってた意味が本当に理解出来るよ」
確かに僕は鈍感な部分がある。理沙と付き合う前も別れる前も気持ちに気付いていなかった。他人から行為を向けられるということに慣れていないというのもあったと思うのだが、僕の中で恋愛というものはどこか別の世界の話だと思っていたところもあるのだろう。
こうしてチビタがヒトになってからはますます恋愛が僕の側から離れていったようにも思えるのだが、前よりも今の方が女子と話す機会も増えているというのが何とも皮肉な話である。
「慎太郎はさ、僕に彼女が出来たら嬉しいって思ってくれる?」
「嬉しいとは思うけど、彼女出来たのか?」
「もしもの話だよ。もしものね」
「でも、今のチビタに出来る彼女って犬のままなのかな。ヒトになった犬なのかな。それとも、普通の人間の女の子なのかな」
「さあ、それはどうだろうね。僕は細かいことなんて気にしなくても良いって思うけどな。意外と、双葉とか僕とお似合いかもしれないよ。相手が双葉だったら慎太郎は嬉しいかな?」
「どうだろうな。双葉はチビタの事を好きだと思うしチビタも双葉に懐いているからな。仲良く出来るとは思うけど、恋人同士って感じになるとわからないかも。僕は学校で見る双葉しか知らないからね。普段がどんな感じなのか想像もつかないや」
「そうなんだよね。でも、いつか僕も慎太郎みたいに恋をするのかもしれないって思うとさ、楽しみでもあり不安でもあるんだよね」
「別に僕も経験豊富ってわけじゃないんだけどね。理沙としか付き合ったことないしな。そう言う話だったら僕よりも公太の方が詳しいと思うよ。あいつは恋愛経験豊富だからね」
「そっか、でも、僕は慎太郎の気持ちの方が知りたいな」
僕は人に教えられるほど恋愛経験豊富ではないのだ。それどころか、まともに話した女子も理沙と双葉を除けばほとんどいない。昔からあまり人と話すのが得意ではなかったとはいえ、自分でも少し寂しく思ってしまうほどだ。
だからと言って、双葉とよく話すかと言えばそうでもないし、理沙にいたっては別れてから一度も姿を見かけていないのだ。同じ大学なので見かけることもあるのだろうと思っていたけれど、広い校内と言えども一度も会っていないというのは鈍い僕でも避けられているというのだけは理解出来ていたのだ。
「今日はさ、家に帰ったら恋人が出来た時の練習がしたいな。僕にもいつか相手が出来るかもしれないし、慎太郎だって新しい恋人が出来るかもしれないでしょ。その時のために練習しておきたいなって思ってさ。あ、僕の場合は恋人じゃないのかもしれないけど」
「チビタが人間なのか犬なのか拘らなくてもいいんじゃないかな。チビタはチビタで良いと思うよ。でも、恋人が出来た時の練習って何をするの?」
「全然わかんない。慎太郎が前やってたみたいに一緒にテレビを見るとかかな」
「それなら今と変わらないじゃない。わざわざ練習しなくても平気だね」
「そうだけどさ、今と変わらないかもしれないけどさ。僕は慎太郎と恋人の練習してみたいって思ったんだよ。ダメかな?」
チビタはいつも以上に目を潤ませて僕を見つめていた。僕を見つめるチビタは表情も相まって、恋をしているような瞳のように僕は感じていた。
「わかったよ。チビタがそこまで言うなら練習してあげるよ。でも、恋人らしいことなんてあんまりしたことないからな」
「大丈夫。慎太郎はいつもと一緒で良いからさ。僕がそう思いたいだけなんだもんね」
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