第22話 チビタと公太と双葉
人間の姿になったとはいえ、まだまだ子犬のようなチビタを家に置いておくわけにもいかず、僕はチビタを連れて大学の授業を受けていた。
今まで周りに興味が無かったから気付いていなかったのだが、僕のように擬人化したペットを連れて授業を受けている学生もそれなりにいたのだ。大学に連れてくることが出来るようなペットはしつけも行き届いていて大人しいものなのだが、ちゃんと観察してみると大人しくしているのは他の人が怖いからなのではないかと思えるくらい怯えているようにも見えていた。
その点に関してはチビタは他のヒトより優れているのか劣っているのかわからないが、怯えずに黙って観察をしているようだ。僕が勉強している時はもともと大人しくしてくれていたのだけれど、それは大学の授業でも変わることは無かった。
「それにしてもだ、お前がそこまでチビタを愛していたなんて思いもしなかったな。犬の時は可愛いって思ってたけど、こうして人間の姿になってるとちょっと複雑な気持ちになるな」
「複雑な気持ちってどういうことだよ」
「だってよ、犬は雄でも雌でも変わらずに可愛いだろ。でも、今はどう見ても男の子にしか見えないし、それを可愛いと言っていいのか判断に困るんだよな。確かに可愛いは可愛いなんだが、素直に可愛いと言っていいのか悩むところではあるな」
「そう言うなよ。チビタは犬の時もこうして人間になった後も可愛いには変わりないだろ。な、チビタが可愛いのは前からだもんな」
僕がチビタの頭を撫でながらそう言うと、チビタは嬉しそうな顔で僕に体を摺り寄せてきた。犬の時のように変わらずに僕は接しているのだけれど、公太は明らかにチビタに触ることを避けているようなのだ。チビタも公太と仲良くしたいとは言っているのだけれど、公太がその気ではないみたいなのでチビタは少し寂しそうだった。その分、僕がチビタの事を可愛がってあげれば問題も無いだろう。
「話は変わるけどさ、お前って最近女の子と話すこと多くなってるだろ。好きな女とか出来たか?」
「好きになる女子とか出来てないね。僕に話しかけてくる女子も僕じゃなくてチビタと話したいみたいだしさ、誰も僕に興味なんて持ってないと思うよ」
「そんな事ないと思うけどな。お前ってスペックも高いし司法試験だって合格したんだからもっと言い寄られても良いような気がするんだけどな。本当に、この大学の女どもは見る目が無いよな」
「そんな事ないと思うけどな。二人が気付いてないだけで大学の子たちはみんな二人の事が気になってるみたいだよ」
この大学でチビタが自分から頭を触らせる人間は三人だけなのである。一人目は当然僕なのだが、二人目は昔からの付き合いのある公太。そして、三人目はいつも突然話しかけてくる双葉なのである。
「公太君は見た目が良くて社交的で性格も明るいから人気だってのは慎太郎も気付いてるみたいだけどさ、そんな慎太郎だって頭が良くて一途なところが人気だったりするんだよ。チビタちゃんの可愛さもあると思うけど、一部の女子の間では慎太郎君とチビタのカップルって需要あるんだよ」
「僕とチビタは別にカップルってわけじゃないけど」
「良いの良いの。そんなに仲良くていつも一緒にいるのってカップルみたいなもんだしさ、想像するのはこっちの勝手でしょ。だから、二人は私達の中では素敵なカップルって事なのよ。公太と慎太郎のカップリングは思ってたほど惹かれるものが無いからね。なんか、どっちも受けっぽいし。チビタちゃんは受けに見せかけた責めっぽいところがポイント高いのよ。それで」
「ああ、そういうの良いから。お前はどうしてそんななのに司法試験に合格出来るんだよ」
「どうしてだろうね。もともとの頭の良さもあると思うんだけど、私も慎太郎も勉強する時とそれ以外でスイッチを切り替えられるからじゃないかな。大事なのはどうやって勉強していたかって事だと思うしね。それに、チビタちゃんが頭を撫でさせてくれるってのも理由の一つかもよ」
僕と双葉は公太を通じて一緒に勉強する中になっていたのだが、一緒に勉強をしていくうちに自然とチビタと双葉も仲良くなっていったのだ。理沙と比べるわけではないのだけれど、双葉はチビタにも自然な感じで接してくれていたし適切な距離感も保っていたと思う。最初は警戒していたチビタも双葉の事を敵ではないと認識するようになってからは僕や公太に出来ないような甘え方をするようになっていた。
「そんな噂あるもんな。慎太郎は気付いてないかもしれないけどさ、チビタの事を撫でたやつって難しいと思ってた試験にも合格したり大企業から内定も貰ったりしてるみたいだぜ。俺もそのご利益に授かったうちの一人なんだけどな」
「へえ、チビタって座敷童みたいな存在なんだな」
「相変わらず慎太郎は面白いこと言うね。確かに、座敷童って例えは秀逸だと思うわ。だって、チビタちゃんの事を悪く言った慎太郎の元カノって単位が足りなくて留年したみたいだしね。私はチビタちゃんの事悪く扱ったりしないから怖い事しないでね」
そう言いつつも双葉はチビタの事をこれでもかというくらいに撫でまわしていた。普通の人であればそんな風に撫でまわされると不快感を覚えると思うのだが、双葉の撫で方が気持ち良いのかチビタが撫でられるのが好きなのか、お互いに嬉しそうにしている姿がそこにはあった。
双葉は僕とチビタの事を兄ショタと言っていたけれど、双葉とチビタでオネショタになっているという事には気付いていないようだ。
「理沙って留年が決まっても大学に顔出してないみたいなんだよな。バイトも辞めちゃったみたいだしさ、みんな連絡付かないって言ってるんだよ。お前にも連絡とかなかったのか?」
「連絡なんてきてないよ。理沙が今どこにいるのかも知らないし、付き合ってた時だってどこに住んでるのか知らなかったしね。ただ、最近は知らない番号からよく着信が入ってるんだよね。この番号って誰か知ってる?」
公太は僕の着信履歴を見て驚いていた。多い時には一時間の間に数十件も着信が残っているのだから驚くのも無理はないだろう。ただ、公太が驚いている理由は着信の多さだけではなくその番号が理沙のものだったからなのだ。
「お前って過去の女に未練とかないんだな。普通は別れても電話帳から消したりしないだろ。その番号って、理沙のものだぜ」
僕は理沙の番号を電話帳から消した記憶はない。無意識のうちに消していたのだとしたら僕は知らない間にショックを受けていたという事なのだろう。ただ、僕は本当に理沙の番号を消した記憶はないのだ。
「意外ではないんじゃない。慎太郎って理沙と付き合ってた時って周りの人との関係を断ち切ってたわけでしょ。その延長で別れた女と縁を切るのも当然の流れだと思うよ。ま、私だったら番号くらいは残しておくけどね。ね、公太」
「ああ、そうだな。女友達の番号を消すように言ってたのも理沙だしな」
「ねえ、次にかかってきたらさ、私が代わりに出てあげようか。いつまでも着信が続くのって慎太郎も気持ち悪いと思うしさ、そろそろかかってくる頃合いだと思うし」
「お前が代わりに出てどうするんだよ。それに、そろそろチビタを開放してやれよ。少し苦しそうにしているぞ」
公太の指摘を受けて双葉はチビタから手を離したのだ。少し苦しそうにしていたチビタではあったが、嫌がっている様子は見られずに再び双葉の体に寄りかかっていた。三人でいる時は双葉に甘えることの多いチビタではあるが、その辺は雄として抗えない本能なのかもしれない。
謎の着信が理沙からのものであったと判明したのだが、僕は特に話すことも無いので本当に双葉に出てもらおうかなと思ってみたりもしたのだ。
だが、それ以来僕のスマホに着信がくることは無かったのであった。
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