第12話 ミクと私と竹島君と 前編

 竹島君が正式に北海道の工場へ異動する事になったので壮行会に私も参加したのだが、思っていたよりも飲み過ぎてしまったようで途中の記憶がほとんどなくなっていた。

 いつもであればこんなに酔うまで飲むことも無いのだけれど、竹島君がいなくなってしまうという寂しさでついついお酒を飲んでしまったようだ。つい最近までは会社であっても工場であっても挨拶を交わすくらいの付き合いでしかなかったのだが、ふとしたきっかけで話すようになってからは竹島君以外にも気軽に話が出来る部下が増えていたのだ。

 妻にも以前から言われていた事ではあるのだが、私は話すと意外と面白いらしい。ただ、その話をする機会自体が無いのでもったいないとのことだ。これは竹島君だけではなく周りの部下たちもそう思っているようではある。

「課長って忘年会とかでもあんまり飲んでるの見た事なかったからお酒弱いのかと思ってたんですけど、意外といける方だったんですね」

「いや、家で飲まないんでペースがわからなくて抑えてたんだけど、今日は竹島君と飲める最後だと思ったらついつい飲み過ぎてしまったようだよ。私は飲めるけど強くないから自重してたんだけど、ちょっと今日は反省しておかないといけないかもしれないな」

「何言ってるんですか。俺は課長が俺のために飲んでくれたって知れて良かったですよ。課長が北海道にいないのは残念ですけど、課長の分まで頑張ってきますからね」

「おう、君ならどこでもうまく行くと思うよ。ただ、寒さには気を付けるんだよ」

「はい、北海道の冬を満喫するつもりで頑張ってきます」

 最後まで付き合いたい気持ちはあるのだけれど、これ以上は私の体力ももちそうにない。何より、拓海とミクをいつまでも待たせておくわけにもいかないのだ。もしかしたら二人共もう寝ているのかもしれないが、一応連絡は入れておくことにしよう。

「課長は三軒目はどんな店がいいですか?」

「三軒目か。申し訳ないんだが、私はこの辺で失礼させてもらう事にするよ。最後まで痛い気持ちはあるのだけれど、これ以上は体力も持ちそうにないし家で待ってる二人にも心配かけてしまいそうだからね」

「家で待ってる二人って、息子さんももう大人だから大丈夫ですって。課長も一緒に行きましょうよ」

「本当に行きたいとは思うんだが、もう立ち上がることも出来ないくらいふらふらになってしまったんだ。それに、息子の拓海は今も受験勉強していると思うし、あんまり帰りが遅くなると余計な心配をかけてしまうかもしれないんだ」

「もう、残念ですよ。俺は課長と仲良くなれて良かったなって思ってるんですから最後まで付き合ってもらいたかったですけど。でも、課長には無理してもらいたくないんで俺も我慢します。タクシー呼びますか?」

「大丈夫。大丈夫。ここまで迎えに来てくれるみたいだから。ごめん、ちょっと横になってていいかな。迎えが来たら起こしてもらえると助かるよ」

 私は本来そこまでお酒に強くない。妻もそんなに強くないし、私の両親も義両親もお酒を飲んでいるところはほとんど見たことが無かった。親族で言うと、義弟が結婚式の時にお酒をたくさん飲んでいたのを見たくらいで他には飲んでる人なんていなかったな。

 妻の話では、義弟は大学に入ってからいろんな人と交友を持つようになって付き合いも増えていくうちにお酒にも強くなっていったそうだ。初めは全く楽しめていなかったそうなのだが、結婚式に来てくれた時は明るいお酒で周りを楽しませてもくれていたのだった。

 妻の通夜でもお酒を飲んでいる義弟の姿を見ていたが、結婚式の時とは違って一口一口しっかりと噛みしめているようにも見えていたな。今この場に義弟がいたとしたら、誰よりも楽しそうにお酒を飲んで周りを楽しませてくれているんだろうなと思いながらも、私は何を考えているのかわからなくなっていき、次第に意識が遠くなっていくのを感じていた。


 ハッと目が覚めると、私を優しく撫でているミクが目が合った。ミクは目を覚ました私に優しくほほ笑みながらも変わらずに優しく頭を撫でてくれていた。

 いつもとは立場が逆になっているなと思いつつも、ミクが犬から人に変わってからは撫でたりなんてしてないなと考えていた。私よりも少し背の高いミクを撫でることなんてありえないと思うのだが、こうして撫でられると嬉しい気持ちになっていくのでたまにはしてあげても良いのかなと思えてしまった。

「課長って、意外と甘えたがりなんっスね」

 私は竹島君のその言葉で一気に目が覚めてしまった。お酒はまだ残っている感覚があるのだけれど、頭は妙に冴えていたのだ。

「そうなんですよ。パパさんは意外と甘えたがりなんですよね。拓海がいない時はママさんに甘えてたりもしてたんですけど、今はママさんがいなくなった分も頑張ってるんですよ。拓海もそんなパパさんの頑張りを見てもっと頑張るって言ってたからね。それに、私にもたくさん優しくしてくれてますからね」

「へえ、課長のそんなとこって見た事ないですよね。意外です」

「私もそんな課長見た事ないから見てみたいな。でも、課長の奥さんって凄い美人だったから甘えたくなる気持ちわかるかも。竹島さんも甘えたそうな顔してますけど、きっと竹島さんは相手にされないですよ」

「そうですよね。竹島さんって一見優しそうに見えて目が怖いときありますもんね。私もこうして話せるようになるまでただの怖い人だと思ってましたもん。事務員には優しいのに、工場の人には結構当たりきついですもんね」

「まあ、工場で何かあったら困るってのは分かりますけど、もう少し優しく言ってあげないとみんな怖がっちゃうと思うな」

「ですよね。北海道の人に嫌われちゃいそうだよね」

「お前らな、俺の送別会なんだからもっと俺を持ち上げろよ。怖いとか言われてたら俺は泣いちゃうよ」

「でも、怒ってる竹島君は怖いもんな。そんな怖い竹島君なんて見ないで可愛いミクちゃんを見ましょ」

「そうね、可愛いし美人なミクちゃんを見てようね」

「ミクちゃんだけじゃなくて課長も可愛いですよ」

 私は気付かなかったふりをしてもう一度寝ていたいと思ったのだ。いつの間にかミクに膝枕をされていたのだが、それは良い。竹島君と話している時に眠くなってしまったので竹島君が見ているというのも我慢しよう。だが、なぜ次の店へ行ったはずの女子社員までここに居るのだ。どうして私を囲むように座っているのだろう。

「じゃあ、課長も起きた事ですし、誰か歌っちゃいなよ。誰も歌わないなら俺が歌っちゃおうかな」

 竹島君の歌っちゃおうで理解したのだが、ここは居酒屋の隣にあったカラオケなんだな。カラオケにいるのはまだいい。三軒目は参加せずに帰る予定だったのだが、寝てしまって帰れなかったという事も仕方ない。

 だが、どうして私が一番目立つ席でミクの膝を枕にして寝ていたのだろう。自分でここまで歩いてきた記憶はないのだが、誰かに誘導されてここまで来てしまったという事なのかもしれない。

 私は起き上がろうと体を動かしたのだが、それを察知したミクが私の肩を押して動けないようにしながら耳元で囁いてきた。

「パパさんはもう少し寝てていいですよ。私もママさんみたいにパパさんと仲良くしたいですから。ね、いいですよね」

 私はそれを否定も肯定もしなかったのだが、その事をミクは肯定されたと受け取ったようだ。人任せ、いや犬任せにした私はズルいと思われるのかもしれないが、この懐かしい感じをもう少しだけ味わっていたいと思っていたのだ。

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