第7話 犬は猫より寂しがり屋だったりする 前編

 ディノ君が義之の事を好きだという事はずっと前から知っていたのだけれど、こんなことになるんだったらもっと早く連絡をすればよかったと思った。例え、恋人同士ではなくなっていたとしても、義之とディノ君を合わせることも出来たんじゃないかと思えていたのだ。

 ディノ君は自分が人間になれたのは私と義之のお陰だと言ってくれていたのだけれど、義之の所のちーちゃんも全く同じことを言ってくれた。確かに、私は義之の家に行った時にはちーちゃんが嫌がらない程度に遊んでいたのだけれど、それはちーちゃんの為というよりも私が猫に飢えていたからだと思う。犬のディノ君もカッコよくて素敵ではあるのだけれど、私はもともと猫を飼っていて猫派なのである。

 だからと言って、犬が嫌いなのかと言えばそうではない。当然犬も好きなのだ。というよりも、私は触れてぬくもりを感じる動物は何でも好きなのだ。

 ディノ君を飼い始めたのもお父さんに女の一人暮らしは危険がありそうだから番犬でも飼っておけ。という一言でほぼ強制的に犬を飼うことになってしまったのだ。大学生になって一人暮らしを始めることになったのだが、ペットを飼っても大丈夫な家という条件を課せられてしまっていた。そうなってくると選ぶ物件もかなり限定的になってしまっていたのだが、その辺はお父さんと不動産屋の人が相談して決めてくれたので割と条件の良いところを紹介してもらえたのだ。

 ディノ君とは小さい時から知り合いだったのだが、私が飼うことになった理由はいくつもの偶然が重なったもので、元々飼っていた親戚が海外に赴任することになって犬を連れて行くことが出来なくなって困っていたというのと、ディノ君が小さい時から何度か遊んだことがあるというのも決め手であった。番犬なので小さい犬では役に立たないとお父さんは言っていたのだけれど、私はいきなり大きい犬を飼うのは抵抗があった。でも、ディノ君であれば小さい時から何度も遊んでいたし、私に対して吠えることは一度も無かったのだ。

 私もディノ君も新しい生活に慣れることが出来るのか不安だったと思うのだが、二人でいるとあっという間に新しい生活にもゆとりをもてるようになっていき、気付いた時には昔からの付き合いがずっと続いているように思える関係になっていた。

 義之と出会ったのはそれから少し経った頃だったのだが、不思議とディノ君と義之と一緒にいても緊張することも無く居心地もとても良く思えていた。どうしてそんな風に思うのだろうと思っていたのだが、ある時に義之がディノ君を撫でている姿と親戚のおじさんがディノ君を撫でている姿が重なってみたのだ。それだけではなく、ディノ君が義之に甘えている時のいなし方も親戚のおじさんと同じような感じに見えたのだ。

 おそらくだが、義之の行動は狙ってやったものではなく自然に行っていたものなのだろう。今聞いても覚えてないかもしれないのだが、そんな自然に義之が行っていたことがディノ君にとってはとても懐かしくて嬉しい事だったように見えていた。

 今もディノ君は義之に対して一生懸命に話しかけていた。まだまだ伝えたいことはあるんだろうけど、ディノ君の語彙力ではそれにも限界があるのだ。一生懸命に気持ちを伝えようとしているのだけれど、ディノ君の口から出てくる言葉は感謝というよりも強い愛情のように聞こえる。それを聞いている義之も最初は戸惑っていたようなのだが、あまりにもディノ君の熱量が強すぎて受け入れるしかないとあきらめたようだ。

 義之がイケメンになっているディノ君に愛の告白をされている姿は見る人が見れば違うようにとらえてしまうのかもしれない。義之もまんざらでもないという表情を浮かべてはいるけれど、そんな義之の様子を少し怒ったような表情で見ているちーちゃんも焼きもちを焼いていて可愛らしい。私も少しだけ義之に嫉妬しているのだけれど、それはディノ君に愛されているからなのか、ちーちゃんに愛されているからなのかわからない。


「ディノ君の気持ちは分かったけどさ、俺はそんなに思われるような事してたかな?」

「当然だよ。俺はあっちゃんも好きだけどさ、義之も好きなんだよ。義之と一緒にいるとあっちゃんも嬉しそうにしてるし、ずっと一緒にいて欲しいって思ってたんだよ。なあ、なんで今は一緒にいないんだよ」

「なんでって言われてもな。俺に言われても困るんだけど、ねえ」

 義之は困った顔で私を見てきた。私と義之が別れることになったのは私がディノ君のお世話に時間を割きたいからだったのだけれど、それは義之と別れなくても出来たんじゃないかな。あの時の私は一人でどうにかしないといけないって思ってたのかも。今だったら義之の力を借りることも出来たのかもしれないけど、そんなのって都合が良すぎるよね。

「俺はさ、あっちゃんと義之が前みたいにいっぱい一緒にいてくれると嬉しいな。俺が人間になれたのはあっちゃんのお陰ではあるんだけどさ、義之がくれた愛情も理由だと思うんだよな。俺だけじゃなくてそっちの猫も俺と同じことを思ってると思うけど」

「そりゃそうだよ。僕だってお兄ちゃんとあっちゃんが一緒にいてくれたら嬉しいよ。でもさ、お兄ちゃんはもうあっちゃんのものじゃなくて僕のお兄ちゃんだからね。お兄ちゃんは僕のために色々頑張ってくれているし、今更あっちゃんがどうしたって僕は譲ったりしないけどね。でも、お兄ちゃんがあっちゃんも一緒が良いって言うんだったら僕はそれでもいいと思ってるよ」

 私だって義之が嫌いになって別れたわけじゃない。今だって義之が目の前に座っているのを見てるだけでも嬉しくなってしまう。その思いを直接伝えたらどうなってしまうんだろう。今みたいな関係が終わって前みたいに一緒にいられるようになれるのかな。そうだったら嬉しいんだけど、私にはそんな事を言う資格なんて無いし、思ってることすらおこがましいと思えてしまう。

「僕は君と違ってあっちゃんがいなくてもいいとは思ってるんだけどさ、一緒にいた方が楽しいとは思うんだよね。お兄ちゃんもだって僕と二人でも嬉しいけどあっちゃんがいたらもっと嬉しいんでしょ?」

「そうかもしれないけどさ、それは俺が決めることではないからね。あっちゃんがどうしたいかによるんじゃないかな」

 三人の視線が私に集中していた。なるべく今の会話に入らないように避けていたのだけれど、それがかえってちーちゃんの心を刺激してしまったのかもしれない。

 私を見る三人の視線が力強くなっていってるように感じてしまう。私だって義之と前みたいに付き合いたいって言えれば楽だと思う。私だって言えるもんだったらすぐに謝ってるんだ。でも、そんな事をして義之が喜んでくれるかはわからないしね。

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