第8話 犬は猫より寂しがり屋だったりする 後編
結局、私は思っていることを何一つとして伝えることが出来なかった。それどころか、私はディノ君の話を聞いているだけで何も話したりはしていなかった。
「僕はさ、あっちゃんと久しぶりに会って思ったんだけど、何か前より疲れてるみたいだよね。ディノ君さんとずっと一緒にいるから疲れてるのかな。そんなに疲れてるんだったらお兄ちゃんのお家に遊びに来て良いのにね。ね、お兄ちゃん」
「ちーちゃんはそんなにあっちゃんに来て欲しいって事なのかな?」
「別にそう言うわけじゃないけど。あっちゃんが疲れてそうだから家に来てゆっくりしてもらおうかなって思っただけで」
私はそんなに疲れてなんていないんだけどちーちゃんにはそう見えてるのかな。ディノ君は元気いっぱいなんで疲れちゃうことはあるけどさ、それは別にイヤな疲れって感じでもないんだよね。
「私ってそんなに疲れてるように見えるかな?」
「うん、僕にはわかるよ。あっちゃんが疲れてて、癒しを求めてるってのが。その癒しを与えてくれるのはお兄ちゃんだけだと思うんだよね。さあ、あっちゃんも素直になってお兄ちゃんの家に遊びにおいでよ」
久しぶりに義之の家に遊びに行きたいって気持ちはもちろんある。だけど、そんなワガママを言えるような立場ではないしな。でも、猫は感覚が鋭いっていうから私も気付かないうちに疲れちゃっていたのかな。そうだったとしたら、素直に甘えるのも良いのかもしれないね。
「ねえ、それってさ、ちーちゃんが好きでよく見てる映画のセリフじゃない?」
「ちょっと、お兄ちゃんは黙ってて。あっちゃんが家に遊びに来たいって思ってるかもしれないでしょ。もう、僕の作戦の邪魔しないでよ」
「そうだったのか。でもさ、そんなこと言わなくても普通に遊びに来てもいいのにね。もちろん、ディノ君も一緒に連れてきていいからさ」
「え、俺もいいの?」
「もちろんだよ。犬のままだったら移動も大変だったと思うけどさ、今みたいに人間になってるんだったら普通に電車でもバスでも乗れるでしょ。遊びに来たいときに来て良いからさ」
「やった。なあ、いつがいいかな。あっちゃんの空いている日に遊びに行こうよ。次の休みっていつだっけ?」
「ねえ、ディノ君さんがあっちゃんと一緒にウチに遊びに来るのはいいんだけどさ、僕もあっちゃんの家に言ってみたいんだけど。このままじゃ、僕だけあっちゃんの家に行った事ないってことになるんですけど」
「そうは言ってもさ、それは俺が勝手に決めることじゃないからさ。あっちゃんが良いよって言ってくれないといけないよ」
「私は二人が遊びに来てくれるのをダメだって言わないよ。私だって義之と一緒でちーちゃんに遊びに来て欲しいなって思うから」
「僕はあっちゃんの家に遊びに行きたいな。お兄ちゃんも行きたいでしょ?」
「うん、そうだね」
「じゃあ、あっちゃんたちが遊びに来る前に遊びに行こうよ。そうしようよ」
「それはズルいよ。俺だって義之の家に早く遊びに行きたいんだし。俺達の方が先だよな。あっちゃんだってその方がいいだろ?」
「でも、前みたいに気楽に行くことは出来ないかも。行きたいって気持ちはあるけどさ、そう言うのダメなんじゃないかなって思っちゃうんだよね」
「もう、わけわかんないよ。そんなに難しく考えないでさ、お互い好きなんだったら前みたいに仲良くしたらいいじゃない。あっちゃんが義之に会えることを楽しみにしてたのはずっと見てたから知ってるんだよ。それなのにさ、実際にあったら我慢するっておかしいよ。家にいた時みたいに嬉しさを顔に出した方が良いよ。俺だって義之に会えて嬉しいって思うけどさ、あっちゃんは俺以上に義之に会えて嬉しいって思ってるだろ。だったら素直になろうよ。なあ、義之もあっちゃんの事が今でも好きだったら好きって言ってくれよ」
ディノ君に言われて気付いたわけではない。私はずっと義之の事が好きなのだ。それでも、自分勝手な思いで義之から離れてるんだしこれ以上ワガママを重ねることなんて出来るわけがない。でも、こうして目の前に義之がいると今までの思い出も蘇ってくるし好きだって思いも嘘じゃないってわかるんだ。わかってはいるけど、最後の一歩を踏み出すことが出来ない。
「僕もさ、お兄ちゃんが時々考え事をしているのを見たことがあるよ。仕事の事で何か悩んでるのだとしたら僕にはどうすることも出来ないって思ってたけど、あっちゃんと会えるって決まってからは悩んでいる姿を見なくなったと思うんだよね。それってさ、仕事の事で悩んでたわけじゃなくてあっちゃんの事を考えてたって事なんじゃないかな。お兄ちゃんはいつも優しいからわかりにくいけど、あっちゃんに会えるってなってから今まで以上に優しくしてくれているような気がするんだよね。お兄ちゃんもさ、あっちゃんの事が今でも好きなんだったらちゃんと伝えた方が良いと思うよ」
「そうだな。ちーちゃんが思ってる通りかもな。俺は今でもあっちゃんの事が好きだよ。ディノ君の事も好きだし、もちろんちーちゃんの事も好きだよ」
「私も。私も義之の事が好きなの。でも、自分の都合で義之を捨てたんだし、今更好きになる資格なんて無いと思う」
「好きになるのに資格なんていらないよ。俺はあっちゃんとずっと一緒にいて好きだって思ってるし、たまに遊びに来てくれていた義之の事も好きだよ。それにさ、今日初めて会ったちーちゃんの事もまだよくわかってないけど好きだよ。この店の人達も好きになったし、入り口にあったオモチャも好きだよ。俺は何でも好きになっちゃうタイプなのかもしれないけどさ、好きになることに資格なんていらないんだよ。俺との時間を作るために義之から離れたって事みたいんだけど、そんな事をするあっちゃんはちょっと好きじゃないかも。あっちゃんが義之と出会う前から俺はあっちゃんの事が好きだったけど、その時と比べても俺は義之と出会った後のあっちゃんの方が好きだよ。だって、前は困ってる時は辛そうにしてたのに、義之と出会ってからは困ってる時でもあっちゃんには心のよりどころがあるように思えたんだよ。俺がそれに慣れなかったのは残念だけどさ、あっちゃんに必要なのはやっぱり義之と過ごす時間なんだと思うよ。俺も頑張ってあっちゃんの支えになりたいとは思うけど、人間と犬じゃ生きられる時間だって違うんだよ。俺に残された時間だってそんなに長くないと思うし、また前みたいに楽しく過ごせたらいいなって俺は思うんだ。前みたいにって言ったけどさ、今度はちーちゃんも入れて四人でさ」
私はディノ君の前でなるべく弱いところは見せないようにしていたと思う。それでも、ディノ君はそんな私をちゃんと見ていてくれたんだね。確かに、弱っている時に一番に思い浮かぶのはディノ君ではなくて義之だった。仕事で失敗した時も友達と喧嘩した時も落ち込んでいる時はディノ君と遊んで気を紛らわせていたはずなのに、私の頭の中では義之の事ばかり考えていたのかもしれないな。そんなところもディノ君には見透かされてたって事なんだろうね。
「僕も前みたいにあっちゃんと一緒にいたいな。ねえ、お兄ちゃんもあっちゃんの事が好きなら一緒にいようよ。ディノ君さんが元気なうちにいっぱい遊ぼうよ」
「こら、そんな縁起でもない事言っちゃダメでしょ」
「でも、ディノ君さんはもうお爺ちゃんなんだから」
「そうなんだよ。義之は俺が何歳とか知らないんだろうけどさ、実は結構年なんだよ。人間になれて多少は若返ったかもしれないけど、それも何年もつかわからないしね。ちーちゃんだって本当はもっと小さい子供になるはずだと思うけどさ、人間になれるってのは人間として活動しやすい状態になるって事みたいだよ」
確かに。ディノ君は私が大学生になった時にはもう大人になっていたのだ。それから十年も経てば寿命が近いって事もあり得る話ではある。それでも、ずっと元気なディノ君がもう少しで亡くなるとか考えたくもない話だ。
ディノ君のためにも私は素直になるべきなのではないか。いや、素直にならないといけないのではないだろうか。
「ディノ君の為ってわけじゃないんだけど、義之が良かったら、もう一度私と付き合ってもらえないかな。前みたいに楽しく出来たら嬉しいんだけど、無理なら断ってくれていいから」
「無理なわけないよ。俺はあっちゃん以外の人と付き合う未来が見えなかったんだ。ちーちゃんと二人だけで過ごすのも悪くないとは思うんだけど、そこにあっちゃんがいてくれたら嬉しいよ。もちろん、その時はディノ君も一緒だけどね」
私は義之とまた会えると決まった時からこうなるといいなと思っていた。
ディノ君とちーちゃんも私と義之がまた付き合うといいなと思ってたに違いない。二人の笑顔を見ているとそれがひしひしと伝わってくるのだ。
もちろん、義之もそう思ってくれているに違いないのだ。
今までは二人と一匹で会っていたんだけど、これからは四人で楽しく過ごせるんだろうな。
前よりも幸せな時間が続いていくのだと私は確信していた。根拠なんて何も無いけれど、私達四人はいつまでもずっと仲良く暮らしていけると信じて疑うことは無いのだ。
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