第6話 犬と猫は俺が思っているよりも仲が良い 後編
約一か月ぶりに会ったあっちゃんは以前と何も変わっていなかった。おそらく、僕も外見で変わっているところは無いと思うのだが、お互いに飼っていたペットが人間になったという大きな変化はあったのだ。
僕もちーちゃんが人間になって初めて分かった事なのだが、今まで以上にちーちゃんが甘えてきてくれていたことを思うと、ちーちゃん以上に人懐っこいディノ君はあっちゃんの側から片時も離れていないのではないかと思えていた。
それなのに、あっちゃんには少しも疲れている様子が見えないのは愛情故に出来ることなのか無理をしているだけなのか、とても強い女性だと改めて感心していた。
「別にそんな事気にしなくていいよ。俺もあっちゃんと同じ考えでいつもより早めに出たからね。ちーちゃんも好奇心旺盛だけどさ、ディノ君はちーちゃん以上に好奇心旺盛なのかもね。俺が一緒に散歩した時も結構引っ張られたからね」
「あ、義之の隣にいる女の子ってちーちゃんだったんだね。窓から見た時にそうなのかなって思ってたんだけど、こうして近くで見ると凄く可愛らしいね。私の事わかるかな?」
ちーちゃんはあまり人見知りをしないタイプだと思うのだけれど、なぜかあっちゃんに対して壁を作っているように感じた。ここに来るまでは知らない人に挨拶なんかもしていたのだが、目の前にいるあっちゃんに対しては社交的なちーちゃんではなく内向的な大人しい猫みたいになっていた。
「どうした。ちーちゃんはあっちゃんの事忘れちゃったのかな?」
「ううん、違うの。アイスが美味しかったから忘れてたんだけど、僕はあっちゃんに会ったらちゃんとお礼を言おうって思ってたの。思ってたんだけど、それを忘れちゃったからどうしたらいいんだろうって思っちゃったの。お兄ちゃんどうしたらいいんだろう」
「どうしたらいいんだろうって、お礼を言いたいんだったら今からでもいいんじゃないかな。会ってすぐに言わなくちゃダメってことも無いからね」
「そうなの?」
「そうだよ。俺はいつ言っても大丈夫だからね」
「わかった。あのね、僕は優しいお兄ちゃんも大好きなんだけど、優しいあっちゃんも大好きだよ。僕にいつも優しくしてくれてありがとうね。最近会えなくて寂しかったけど、こうしてちゃんとお礼を言えるようになって僕は嬉しいです。あっちゃんありがとう」
「どういたしまして。こちらこそありがとうね」
俺はちーちゃんとあっちゃんがお互いに幸せそうにしているのを見て心が満たされていくことを実感していた。猫を飼うのはちーちゃんが初めてだったのでわからないのだが、俺がイメージしていた猫は人に媚びないクールな存在というイメージだった。だが、ちーちゃんは人懐っこくて愛嬌のある猫だったし、あっちゃんが手を伸ばすと自分から体を摺り寄せるように近付いていったのだ。
「ねえ、猫じゃないちーちゃんにこんなこと言うのは失礼かもしれないけどさ、前みたいに撫でてみてもいいかな。今だから言うけど、私はさ、猫のちーちゃんが私に甘えてくれるのが好きだったのよ。ディノ君も甘えてくれたりするけど、ディノ君みたいに力強く来るんじゃなくてちーちゃんは優しく身を寄せてくれる感じなのよね。それが凄く好きだったの。ねえ、少しだけ撫でてみてもいいかな?」
ちーちゃんは自分で判断出来ないのか俺の顔を見て答えを決めて欲しそうにしていた。俺としてはちーちゃんが触られるのを嫌がらないのであれば問題無いと思うのだが、当の本人はあっちゃんに撫でて欲しそうな顔をしている。そうなれば俺が断る理由なんて何も無い。黙って俺は席を立つと、あっちゃんはすぐに俺の座っていた席に腰を下ろしてちーちゃんの隣に移動したのだ。
「ちょっとごめんね。痛かったらすぐに言ってね」
あっちゃんがちーちゃんの頭を触ろうと手を伸ばすと、それを受け入れる形でちーちゃんは頭を手に合わせるように動かしていた。
最初は恐る恐ると言った感じで撫でていたあっちゃんではあったが、ちーちゃんが嬉しそうに喉を鳴らすと頭を両手で抱えて思いっきり抱きしめていた。ちーちゃんも嬉しそうに額をこすりつけていたのだけれど、それ以上にあっちゃんが幸せに満ちた表情を浮かべていたのだった。
ちーちゃんはこんな風に抱きしめられるのも好きなのかなと思っていたのだけれど、あっちゃんの豊かな胸があるからこそできる芸当なのかなとも思っていた。
俺は席から立ったことで入口の猫のオモチャに見惚れているディノ君らしき人を見ることが出来た。横顔しか見えないので何とも言えないのだが、確かにアレはイイ男だなと思ってしまった。男が見ても惚れるというのはあるんだなと思ってはいたが、ディノ君は犬の時からイケメンだったのでそうなるのも当然の話だろう。
だが、いくら何でも猫のオモチャが好きすぎるだろうと思ってしまった。俺がディノ君を見付けてから微動だにせずに猫のオモチャを食い入るように見ているのだが、俺の視線に気付いたのかディノ君はこっちを見ると凄い勢いで俺に飛びついてきた。
「義之、義之。久しぶりだな。俺はずっとお前に会いたかったぞ。元気そうでよかったよ」
勢いよく飛びついてきたディノ君の体を俺は何とか受け止めることが出来たのだが、変な体勢で受け止めたせいか若干腰を痛めたような気がしていた。
さすがに犬の時のように俺の顔を舐めるような事はしなかったのだが、ディノ君は何度も何度も俺の体を叩くように抱きしめてきたのだ。それなりに痛いとは思ったのだが、これもディノ君の愛情なんだなと思って受け入れていると、あっちゃんとちーちゃんが物凄く冷めた視線を俺達に向けていることに気が付いてしまった。
「と、とりあえず席に着こうか。ディノ君もあっちゃんも何か頼むだろ?」
俺は冷静な感じを装ってはいたのだが、今まで一度もむけられたことのなかった冷たい視線に動揺してしまっていたようだ。あっちゃんはじっと俺の事を真顔で見ているし、隣にいるちーちゃんはさっきまでとは違って外を黙って見ていた。
ちーちゃんの視線につられるようにディノ君も外を見ていたのだが、あっちゃんに何を頼むか聞かれて一つ一つの商品の説明を受けていた。
ディノ君と遊んだ日はなんとなくちーちゃんの機嫌が悪かったような気がするのだが、犬の匂いが付いた状態で帰ってくるのが嫌だったのかな。
「なあ、ちーちゃんももう一つアイス食べる?」
俺はちーちゃんの機嫌を取るためではなく、あっちゃんとディノ君が何か頼んでいるのにちーちゃんだけ何もないのは可哀想だと思って聞いてみたのだ。決して、ちーちゃんのご機嫌をうかがうつもりで聞いたのではない。
ちーちゃんは俺の方を見ずに顔を縦に振っていたのだが、その様子は怒っているのに欲望に抗うことが出来ないように見えてとてもかわいく見えてしまった。
「ちーちゃんが食べたいアイスはどれだろうな。俺にはわからないけど、どれが一番食べたいアイスなんだろうな」
俺はわざとらしくアイスのページを開いて見せたのだが、それを一瞬確認したちーちゃんは赤い色のアイスにそっと手を置いていた。
猫用のアイスは味は全部一緒みたいなのだが、猫の好みの色を選べるようになっているそうだ。
ただ、今まで一度も赤いものに反応を示すことが無かったちーちゃんが赤いアイスを選んだのは意外に感じていた。
「なあ、お前って義之と一緒に住んでるんだろ。羨ましいな」
ディノ君に突然話しかけられたちーちゃんはビックリしていたようだ。何も返事はしていなかったけれど、ディノ君はそんなちーちゃんに向かって俺との楽しかった思い出を滔々と語っていたのだ。ちーちゃんは無言でディノ君の思い出話を聞いていたのだが、次第にディノ君の話に相槌を打つようになっていたのだ。
アイスを食べ終わった後も二人は楽しそうにお互いの思い出話を語っていた。
ディノ君は俺との思い出を。ちーちゃんはあっちゃんとの思い出を。
二人の話を聞いていると、お互いに今まで見えてなかった部分を見てしまっているようで少し恥ずかしくなってしまったが、二人が感じていたように俺も幸せを感じていたんだなと改めて実感することが出来たのだ。
そんな幸せがまた続くといいなと俺は思ってしまっていたのだった。
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