第5話 犬と猫は俺が思っているよりも仲が良い 前編
あっちゃんと会うのは振られた日以来にはなるのだが、ちーちゃんのお陰でそんなに長いようには感じていなかった。
今まで毎日連絡を取り合っていたあっちゃんがいなくなって時間を持て余してしまうかとも思っていたのだけれど、ちーちゃんが人間になったことで暇な時間というものが俺の中から無くなってしまい、あっちゃんの事を考える余裕もなくなっていたのだ。
別にちーちゃんが何か悪さをしているという事ではないのだが、何もない事がかえって何か起きてしまいそうな予兆のようにも感じていたのだ。それは俺の杞憂に終わってくれたので良かったのだが、こうしてちーちゃんを連れてあっちゃんに会いに行くことになるとは全く予想もしていなかったのだ。
「今日もいつもみたいに大人しく食べるんだよ。いつもと違って他にもたくさん人がいるかもしれないけど、そんなに緊張しなくてもいいからね。ちーちゃんは他の子よりもかわいいから注目されちゃうかもしれないけど、そんなのは気にしなくていいんだからね」
「うん、僕は今日もいつもみたいに食べるよ。スプーンは何とか使えるようになったけど、コップはまだ上手につかむ自信が無いかも」
「大丈夫。喫茶店だからストロー刺してくれると思うよ。それだったらちーちゃんも美味しく飲めるよね」
「うん、シュワシュワじゃないやつだったら大丈夫。僕はお水でもいいんだけど、お兄ちゃんが選んでくれたやつにしてみようかな。あと、冷たいやつがあったら食べたいかも」
「かき氷は時期的にあるか微妙かも。喫茶店なんでアイスはあると思うけど、たぶん人間用のやつしかないと思うんだよな。ちーちゃんでも食べられるか一応聞いてみるからさ」
動物が擬人化してもすぐに人間と同じものを食べることが出来るわけではないのだけれど、アイスを食べるのはもう少し人間に近付いてからにした方がいいんだろうな。ちーちゃんはまだ小さいからもう少し成長してからにした方が良いって言われてたもんな。
約束の時間よりも早めについてしまったのだけれど、俺は誰と待ち合わせをしても約束の時間よりもだいぶ早く着いてしまうのだ。待たせるのが嫌だというのもあるのだけれど、意外と心配性の俺は待ち合わせに遅れないようにという事を心掛けている。今日は電車にも不慣れなちーちゃんが一緒という事もあっていつもよりも一時間ほど早く家を出たのだ。
結果的に一時間早く出た事でいつも通りの時間に着くことが出来たのだが、当然のようにあっちゃんはそこにはいなかった。約束の時間よりもだいぶ早く着いてしまったのでいなくても当たり前ではあるのだ。それに、あっちゃんは今まで一度も待ち合わせに遅れたことは無いのだから早く着いてしまう俺の方が時間の使い方が下手なだけなのかもしれない。
ちーちゃんは初めて見るものに興味津々と言った様子で、電車の中でもそうだったのだがちーちゃんは常に動くものを探してソレが何なのか確認する作業を行っていた。喫茶店の中にもちーちゃんが気になるものが沢山あるようで、案内された席に着くまでにもちーちゃんは新しい発見を次々としていたのだ。
とりあえず、僕はちーちゃんを僕の隣に座らせたのだけれど、窓から見える景色を楽しそうに見ているちーちゃんは急に大人しくなったので逆に不安になってしまった。
「外に何か気になるものでもあったのかな?」
「そうじゃなくて、僕とお兄ちゃんが乗ってきたのはどれなのかなって思って探してたんだ。さっき見たのだけどこにもいないんだけど、アレってこの辺にはいないの?」
「この辺にはいないね。海沿いに行けば見れるかもしれないけどさ、この辺はどっちかって言うと電車よりもバスの方が多いかもよ。ほら、あの四角くて大きい乗り物がバスだよ」
「バスは知ってるよ。この前テレビで見たからね。バスも乗れるみたいなんだけどさ、お兄ちゃんはバスに乗ったことある?」
「俺は何回も乗ったことあるよ。仕事に行くときは毎日バスに乗ってるからね」
「毎日とか凄いな。お兄ちゃんが乗ってるバスはいつテレビに出るんだろうね」
「テレビには出ないと思うよ。普通の路線バスだし」
ちーちゃんは俺の乗っているバスがテレビに出ることは無いと知ってガッカリしているようだった。俺の乗っているバスがテレビに出る可能性としたら、大きな事故に遭遇しているかるか大きな事件に巻き込まれた時だろう。
ちーちゃんはまだその辺はよくわかってないようなのだけれど、バスが気になっているようなので帰りに買い物に行くときにバスに乗ってみてもいいかもしれないな。
約束の時間はもう過ぎているというのに、あっちゃんはまだやってこなかった。今まで一度も遅れたことは無かったのだけれど、恋人同士ではない関係になると時間にルーズになってしまうのだろうか。なんて考えることは無く、おそらくディノ君関係で遅れているのだろう。俺もちーちゃんが色々なものに興味を示しているのを見ていて思ったのだが、擬人化したペットは大体落ち着きが無く色々な物に興味を示してしまうのだ。
別にこれは仕事ではないしちーちゃんも楽しそうにアイスを待っているので気長に待つことにしよう。この喫茶店はもともとペット連れで入ることが出来ていたという事もあって、猫や犬が食べても大丈夫なものが多く用意されているのだ。その中には猫用のアイスもあったので俺は迷わずにそれを注文していた。
あっちゃんが来るよりも早くアイスがやってきたのだが、そのアイスを見たちーちゃんは飛び跳ねるのではないかと思うくらいに喜びを爆発させていた。通路側の席ではなくて窓側の席に座らせて良かったなと思ったのだが、テンションが高くなっているちーちゃんの反応を見て店員さんも嬉しそうにしてくれているのを見ると通路側に座らせるのもありだったのかなと思ってしまった。
「ねえねえ、僕のアイスが来たけどお兄ちゃんも食べる?」
「俺は良いよ。ちーちゃんが一人で食べていいからね」
「良いのかな。一人で食べちゃってもいいのかな。こんなに美味しそうなのに一人で食べちゃってもいいのかな」
「それはちーちゃん用だから一人で食べちゃってもいいんだよ。俺はコーヒー飲んでるから気にしなくていいからね」
「わかった。お兄ちゃんが飲んでるやつもいい匂いで気になるけど、今はこのアイスを食べることに集中するね。白くて冷たくて美味しそうだよ。スプーンを使わないと食べることが出来ないかも。でも、僕はスプーンを使えるようになったから食べることが出来るんだ。お兄ちゃんのお陰で僕はスプーンでアイスを食べられるよ」
俺は嬉しそうにアイスを食べているちーちゃんを見て幸せな気持ちになっていたのだが、隣の席に座っている老夫婦もちーちゃんを見てニコニコしてくれていた。それだけではない、奥の方の席にいた小さい子供たちもちーちゃんの事が気になるようで俺達の席の周りを何度も行ったり来たりしていた。
ちーちゃんはアイスに夢中なのでそんな事には気付いていなかったのだけれど、ちーちゃんがアイスを口に運んで美味しそうに食べている姿を見たみんなはちーちゃんみたいに幸せそうな顔を見せていたのである。今まで俺もみんなと同じような経験をしたことがあるのだが、擬人化したペットが幸せそうにしている様子を見るとこちらまで幸せな気持ちになってしまうのだ。飼い主に愛されたペットが人間になるという事なのだが、愛されて育ったペットは周りに愛を振りまいているのかもしれない。この考えは俺だけのものではなくみんなそう思っているのだ。
アイスを綺麗に平らげたちーちゃんはお皿に顔を近付けて舐めようとしていたのだけれど、それは外でやっちゃダメだよと約束をしていたので匂いを嗅ぐだけに留めていた。
顔を近付けるのも舐めるのもそんなに変わらないとは思うのだけれど、思いとどまってくれたのは猫ではなく人間に近くなってきている証拠なのかもしれない。
「ごめんなさい。遅刻しちゃったね。結構待ってたかな?」
俺はちーちゃんの様子に気を取られてて気付かなかったのだが、いつの間にかあっちゃんが到着していた。時計を見ると遅刻をしたことには変わりないのだが、別に怒るほど待たされていたわけでもない。待っている時間もちーちゃんの新しい一面を見ることが出来たので問題はないわけだし、こうしてやってきてくれたという事だけでも俺は満足してしまいそうだった。
「気にしなくても大丈夫だよ。約束の時間からそんなに遅れてないし」
「でも、義之はいつも約束より早く来てるからさ、結構待ったんじゃない?」
「それは俺が勝手に早く着いてるだけだからね。あっちゃんだって約束の時間に遅れた事あんまり無いし」
「遅れたのにこんなことを言うのは申し訳ないと思うんだけど、うちのディノ君って私が思っているよりも好奇心旺盛だったのよ。こうなるだろうなって思って二時間前に家を出たんだけどさ、いつもの散歩コースと違う道だったって事もあって動くものだったら何でも反応しちゃってたのよ。こんな事なら歩きじゃなくてバスかタクシーを使えばよかったな」
「で、そのディノ君はどこにいるの?」
「恥ずかしいんだけど、レジのところにある猫のオモチャを見てるのよ。私もちょっとは気になるんだけど、ディノ君はがっつり興味をもっちゃったみたいでね、あの場から離れようとはしないのよ。それで、お店の人には悪いんだけどちょっとディノ君をあそこに置いて義之に謝りに来たのよ。ごめんね」
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