第9話 頭突きと赤面

「んで、涼ねえたちが到着するの何時だっけ?」

 「えっ。兄様さっき到着時間も分からずに急ごうとしてたんですか?」

 なんて珍しい呆れ声で結が言う。

 「あぁ……まぁそのなんだ。……そうっ! 遅れるよりも早く着いたほうがいいだろ」

 適当な言い訳を言ってみる。

 「その通りです! さすが兄様、深慮遠謀に過ぎる! 惚れ直しましたー」

 言い訳だったのに。

 適当だったのに。

 いい加減こいつは僕の言うことを深く受け止めすぎる。

 「いやー。まぁそれほどでもあるけど」

 なんて返す僕も僕だが。

 まぁ、二人ともノリに乗って生きてるようなところがあるからなぁー。まぁしかたないか。

 「で、何時だっけ」

 「**時ですよ。まだゆっくりいっても間に合います」

 「そっか。でも少し早目につくぐらいがいいだろ」

 なんていいながら歩く速度は変えずに歩く。

 まだ余裕あるみたいだし平気だろう。

 こいつ体力はあるけれど、年相応以上に背はちっこいからなぁ。

 コンパスが違いすぎるから、手をつないでいる以上こっちとしては、まぁゆっくり歩くしかないわけで。

 なんて考えていると、握っている手の力が少し強くなった。ふと目線を下げると結がこっちを満面の笑みで見上げていた。

 「……、なんだ」

 「くしし、にーさま。にーさま愛していますー」

 「…………」

 読まれちゃってるよ。

 まぁ本当の兄妹じゃないって言っても、一緒の時間はほんとの兄妹並みに長いからなぁ。

 そうはいっても恥ずかしいことには変わらない。

 顔が赤くなっているのを自覚しながら、無言で駅に向かっていく僕だった。

 「おー。見えてきたなぁ」

 「そうですねぇ」

 なんて遠目に駅が見え始めたところで再び口を開いた。

 なんか我らが駅には珍しく何人かがたむろしているのが見えるけれど。

 んー。同い年ぐらいの若者軍団? めずらしいなぁ。

 男と女が2人づつかー。カップルでダブルデートかー? こんな田舎に来るなんてもの好きもいるものだ。

 ん?

 なんかむこうもこっちを見てるんじゃないか。特に女の子たちが。

 おい。手振り始めたぞ。僕か僕なのか。いや落ち着け。結の可能性のほうが高いと考えられる。

 「おい、手振りはじめたぞ」

 口に出して結に言ってみる。

 「知り合いか」

 「はい、半分は」

 「やっぱりか」

 ん? 半分? なんて少し疑問に思っていると「倖ー」なんて言いながら女の子の片方が走ってきた。

 僕の名前叫んでるんですけど。

 「結、あの子なんで僕の名前知ってるんだ」

 「まぁ知り合いですから。知っていても不思議じゃないんじゃないんですか?」

 「えっ?」

 なんて悠長に話していたのがいけなかった。

 目の前に笑顔の女の子がいた。

 「おっそーい」

 次の瞬間、一回転して目の前にあったのは暑い日差しで熱せられたアスファルトだった。

 さっきのダメージに加えて、強烈な頭突きのお陰で薄れゆく意識のなかで幼いころを幻視する。

 笑顔で怒る従兄の女の子。小織だった。

 「兄様」

 「……倖君」

 呼ばれている。

 いつもの声で。

 いつかの声で。

 懐かしい声で。

 意識が浮かび上がってくる。

 「んん? …………頭いてー」

 ぼーっとしながら目をあける。

 心配そうな顔が二つ並んでいた。

 結と……涼ねぇ?

 「涼ねぇ?」

 「……ん。倖君大丈夫?」

 「うん。大丈夫」

 「……そっかよかった」

 「ははは」

 「……ん?どうしたの」

 「いや、ははっ。なんか久しぶりに涼ねぇのご機嫌な仏頂面見たら。ははっ。なんか。ねぇ?」

 「……なにかってなに。もう」

 嬉しそうだった顔が少しふくれっ面に変わる。

 あんまり変わんないけど。

 「いや、ははっ。ごめん。…………うん。涼ねぇ」

 「……なにっ」

 不機嫌そうな顔で涼ねぇが言う。

 そんな顔が懐かしくて、嬉しかったから。

 「おかえりなさい」

 そんな言葉が素直に出ていた。

 「––––!」

 真っ赤な顔もやっぱり懐かしかった。

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