第8話 中学生と高校生
時は西暦****年。
場所はのどかな田舎道。
季節は夏。
暑い日差しを浴びながら。
僕は――
そう歩いていた。
手をつないで歩いていた。
中学生と歩いていた。
18歳が13歳と歩いていた。
「いや! ロリコンかよっ」
なんてセルフ突っ込みをしてしまった。
「? どうしたんですか兄様?」
「いやおまえはそんな純真無垢な瞳を向ける前に、この兄の怪しげな独り言を気味悪く思うべきだと思うぞ」
「なにおっしゃっているんですか兄様。私にとって兄様からの言葉はまさに神からの御言葉に等しきもの、『いや! ロリコンかよっ』なんて先ほどの言葉も私のロリぃな体躯に兄様がやっと! やっと! 誘惑された証拠。まぁすんでのところで常識といった古びた鎖にとらわれてしまったようですけど……」
喜びの顔を悲しみに変え「……ふぅ」なんて溜息をつく結。
「いやそんなことありえないし」
間髪いれずに否定。
「そうですね。ありえません。チンチロリンにぼろ負けして、サイコロからトランプに乗り換えた、へたれギャンブラーなへたれ神と兄様が同列なんてあるわけないですよね」
「いやそんなこといってるわけじゃないし……。しかも突っ込まないとその例えわけわかんないから突っ込むけど『神様はサイコロ遊びをなさらない』って格言をそんな風に解釈する奴、僕初めて見たから」
「ぇ、初めて……」
「一部分だけ強調してほほを赤らめるんじゃない!」
「まぁ、そんなことよりほんとどうしたんですか兄様?」
「……実はおまえ僕のこと大嫌いなんじゃないかと常々思ってるんだけど……。んー、まぁ大したことじゃないよ。夏が暑いからかな、よしなし事が頭ん中回ってただけ」
体を伸ばしながら答える。
「そうなんですかー。かっこいいです!」
「いや、意味わかんないから」
そんな事を勢いだけで話してると忘れそうになってたけど、僕たちははて? 何分こんな道端でぼーっとしてるんだっけ?
「結、今何分?」
「はい? 今ですかえーっと****です」
「おっ! ちょっとヤバいな少し早足でいくか。涼ねぇたち待たせちまう」
なんてちょっと急ごうと思った―
瞬間
左足に激痛が走って僕は倒れこんだ。
「っ! ーー」
「ひどいです兄様! せっかく二人っきりなのになんで他の女の名前なんて出すんですか! 兄様のそういう女の子の心をナチュラルにもてあそぶところ結はいけないと思います!」
「っ! ーー」
痛みで声が出せない経験も久しぶりだった。
こえぇ。結の暴力はいつものことだからなれっこだが、この痛みを断続的に知らせてくる左足を見るのがこえぇ。
おいおい、今日から夏休みだってのに入院生活なんていやだぞ僕。
「そういうのが一番女の子は傷つくんですよ。結は兄様を愛していますから嫌いになんてならないですけど、ほかの女の子にそんなことしたら百年の恋も冷めるんですからねっ!」
そーっと、左足の腿あたりを恐る恐る見てみる。
腫れは……なし。
「……んっ? でもそんな兄様でいてくれたら、もしかして兄様は結だけのもの?」
色は……すげー赤い……を通り越して紫。だけどまぁ大丈夫な……はず。
「そうです。女の子に相手にされなくなったさみしい一人身の兄様は結の一途な愛にその傷ついた心をいやされて―」
痛みは……よしっ。だいぶおさまってきた。
左足をかばいながら「よっ」と右足だけで立ち上がる。左足でそーっと地面を踏みしめてみる。
…………。
ほっ。大丈夫。折れてはいなさそうだ。
安堵とともに軽い怒りがわいてきた。
「おぃ! 結。あんまり思いっきり蹴るなよ! おまえの戦闘力は中学生が保有していていいものじゃないんだから」
「……ぇへぇへ」
「……おいー結ー。聞いてんのかー」
少し前でぼーっとしていた結の肩を掴んでこっちを向けてびっくりした。
「うぉ! 結! 大丈夫か! お前涎と目! ロリで売ってる中学生がしちゃいけない顔してるぞ」
「えへえへへへへへへへへえええへへへっへ」
「おい! ほんと大丈夫か。「え」と「へ」しか喋れてないぞ!」
これは深刻な感じだ。
「暑さにやられたか……、ちょっと待ってろ」
近くの川でハンカチを濡らして、結のおでこにあててみる。
「ぇへぇへへへへぇ」
だんだん目のゆるみが戻っていき、涎が後も残さず蒸発していく。
おいおい。目はともかく、暑いといっても涎が瞬時に蒸発するほど暑くねぇぞ。ほんとに人類かこいつは。
なんて考えてると、いつもの結に戻っていた。
なんか顔はまだ真っ赤だけど。
なんか恥じらってるように見えるけど。
「もじもじ」
もじもじとか口で言ってるけど。
「兄様」
「なんだ?」
「こんな道端で初めてなんて……恥ずかしいですけど私……兄様なら」
「は?」
瞬間。自分が危険地帯に入ってることをいまさらながらに理解した。
「っいっただきまーーーーーーす!!!」
轟!
なんてありえない音を上げてギリギリ傾けた顔の横を結の体躯がぶっ飛んで行った。
「ちぃ! なんでよけるんですか!」
「いやそういうつもりだったんじゃねぇよ……」
「じゃあどういうつもりだったんですか! 気づかないうちに結の唇の処女を奪おうとしてましたのにー」
「いや僕にもわかんないんだけど。なんか結がモザイクかけなきゃいけない顔をして呆けていたから、心配になってだけなんだけど……何考えてたんだ」
「…………」
血が顔に上る音が聞こえるぐらい真っ赤になった結が近づいてきて、
一閃!
「兄様のすきものっ!」
僕は地面にめり込んでいた。
……いてぇよ。
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