4月21日(金)不審者風ペアルック

 まだ4月のくせに暑い日だ。

 ちょっとでも日向にでれば、雲ひとつない空からこれでもかと降り注がれる灼熱の光線が身を焦がす。少し遠くを望めばもうもうと陽炎に揺らめく街がよく見える。

 暑い、本当に暑い、うす汗のにじむ日和だ。


 しかもその上黄砂である。

 こんな暑い春の日には薄着になって日向ぼっこしながら読書と洒落込みたいところだが、大陸からの飛来者がそれを許さない。


 ゆえに今日はただただ暑くて砂まみれで、つまりはとっても不快な日というわけだ。


 そんな不快な一日の学生生活が終わろうとしている。午後3時半。帰りのホームルームもつつがなく終了。あとは帰宅するのみだ。


 ホームルームを終えて教室を去る担任を横目で見送りつつ、スマホを取り出してみると、タツミからの連絡が入っていた。


『今日一緒に帰ろうよ(バイクの絵文字)』


 彼女の席の方を見ると、タツミと目が合った。

 窓辺からの春の射光に淡く浮かび上がるタツミの姿はまさに美少女だった。こんな美少女が一緒に帰ろうと誘ってくれるなんて、冷静に考えたらすごい事態だ。きっと俺は前世で相当な功徳を積んだに違いない。ナイス俺。


 タツミは小さく笑い、小さく手を振った。俺は頷いて返事した。


 俺たちはいつも駐輪場で落ち合う。同じクラスなのになぜにわざわざそんなところで落ち合うのか? それは単純な話、男女が仲良く教室を一緒に出るのは何かと注目を浴びてしまうからであり、思春期真っ盛りの俺としては、そんな事態はまっぴらごめんだからだ。


 別にどちらから言いだしたわけでもないのだが、一緒に帰る日には自然と駐輪場で落ち合うようになった。なんでだろう? 深く考えたことはないが、きっと俺とタツミは気が合うのだろう。もっとロマンティックな言い方をすれば、『通じ合っている』のかもしれない。わざわざ言わなくてもわかりあえてしまう、そんな関係になりつつあるのかも。


 ツーと言えばカーの関係、阿吽の呼吸、以心伝心、俺とタツミはそのレベルに到達しつつあるんじゃないか。それは恋人よりも深い間柄とも言えるんじゃないだろうか……。


 なーんてことを考えつつ、思わずニヤニヤ笑いが浮かびそうになるのをこらえながら駐輪場でタツミを待っていると、


「よーっす、お待た!」


 背後からのタツミの声に振り返ると、


「おぅ、タツ……ミ……?」


 そこにはサングラスにマスク、その上野球帽を被った女子制服姿の怪しい人物の姿が。


「ダフ屋……?」


 連想したものがそのまま口から出た。


「ぼったくり価格のチケットなんて売ってないよ?」


 可愛らしいその声はたしかにタツミだ。だが、先程教室で見たあの美少女然とした姿とは程遠い。


「じゃあなんのつもりだよ、その格好」


「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました! これはキョーコさん特製、黄砂対策装備なんですよ! どう? イカす? ナウい?」


 露出があるわけでも、もちろんセクシーであるわけでもない格好をしているくせに、タツミは腰に手を当てて古臭いセクシーポーズをとってみせた。なるほど、見た目は怪しいが、たしかに中身はタツミだった。


「イカしてもないし、ナウくもない。言葉のセンスとポージングが古臭い上に格好が怪しすぎる。つまりどこからどう見ても変質者だ」


「えぇ~、変質者はちょっとヒドくない!? 近所のおばさん連中だって似たような格好してたよ?」


「あぁ、どーりで古臭いんだな。というよりババ臭いんだな」


「あ、そんなこと言うんだったらもうコレ貸してあげないよ? いいのかな~?」


 そう言って、タツミはカバンからもう一つ同じ装備を取り出した。すなわち帽子とサングラスとマスクの怪しい人物御用達しの三点セットだ。


「いや、いらないよ……」


「えッ!? そこは泣いて頼むところでしょ!?」


 頭部がたっぷりカバーされてるせいで表情はわからないが、その声から察するにタツミは心底驚いたらしい。


「マツザキくん、黄砂を舐めちゃダメだよ! PMなんたらとか、色々混ざったりしてたりして身体に悪いんだよ? それに多分、多少はまだ花粉もあると思うし。少なくともガードしても損はないよ? わかった? じゃ、はい」


 タツミが無理矢理、俺に怪しさマックス三点セットを持たせてくる。


「マジか……」


「マジだよ。大マジだよ。マツザキくんの健康を心配して言ってるんだよ? だからマジもマジの大マジなんだよ」


「わ、わかった、わかったからあんまり顔を近づけるな、不気味だからさ……」


 普段ならドキドキするような距離感でも、不審者三点セットを身に着けたタツミじゃ ドキドキの意味が違ってくる。


 とりあえず、こんなところで口論してても仕方がないので、言われたままに身に着けてみた。


「どうよ……?」


 タツミに聞いてみた。


「……ちょっと恐いね」


「おいっ」


「いや、でもね、大事なのは健康だから! 人は見た目じゃないから! 見た目で判断しちゃダメだよ! 現に私たち、まだ犯罪犯してないし!」


「この格好で犯罪犯したらもう終わりだよ」


 このクソ暑い中、俺とタツミは不審者風ペアルックで仲良く下校することになった。

 案の定、現代の『ボニーとクライド』よろしく怪しい格好をしてチャリに乗る二人の男女が、通り過ぎるほとんど全ての人から奇異の目で見られたことは、もちろん言うまでもない。


「なぁ、やっぱり恥ずかしいって、これ……」


「……でも、二人だからなんとか耐えられるね」


 ニコッと笑ったかどうかは、やはり格好のせいで定かじゃなかったが、その声はたしかに笑っていた。


「この状況でなんで笑えるんだよ……」


 俺はため息をつくしかなかった。


 学校では美少女と誉れ高いタツミだが、その本性はちょっとおかしなところのある、面白い女の子だ。

 もちろん俺は、そんなところも好きだったりするんだけど。

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