今まであまり仲良くなかったはずの幼なじみと何故か突然イイ感じになっちゃいます!? ~かしこかわいくてちょっと変な美少女タツミさんと付かず離れず青春ラブコメディな日々~
4月12日(水)花のタツミとチェリーなマツザキ
4月12日(水)花のタツミとチェリーなマツザキ
ソメイヨシノが実をつけていた。いわゆるさくらんぼってやつだ。
放課後、俺は校門前のベンチに横になりながら、もうすっかり葉だらけのソメイヨシノに成ったさくらんぼを眺めつつも、頭の中では別のことを考えていた。
タツミのことだ。
二年生になってから、俺はあまりタツミと話せていない。というのも、近頃タツミの様子がどこかおかしいからだ。
はっきり言ってしまうと、近ごろのタツミは『高嶺の花感』がそれはもうすっごく、とっつきにくいったらありゃしないのだ。
『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』を地で行くようで、教室内、いや、学校内でのあらゆる挙措動作に隙がなく気品に溢れ、まるで歴史ある貴族のご令嬢のような雰囲気を醸し出している。その上に優れ過ぎた容貌が加わって、美人だけが放つことができる神々しく輝き下賤を遠ざけるオーラを一身に纏いまくっていて、見ていると生まれの違いとか、人間としての格の違いを見せつけられているような気分になる。
そんなタツミと比べたら、俺なんて虫けらみたいなもんだった。あんな絵に描いたような美人優等生に、今までのように接するのはちょっとむずかしい。釣り合わないというか、おこがましいというか、身の程知らずというか、無謀というか、なんというか……。
こっちからは恐れ多くて話しかけられないから、こっちとしてはタツミから話しかけてくれるのを待つばかりなんだけど、タツミときたら同じクラスになったとたん全然話しかけてくれない。度々目が合ったりするが、その都度タツミはよそ行きの誰にでも通用するスマイルを投げかけてくれるだけで、それ以上はなにもない。
これだけなら、ただ単純に距離を置かれてしまって、タツミの中で俺の立ち位置が『ただのクラスメイトの男子』に格下げされた、と判断するしかない。
ところがタツミはメッセンジャーアプリではこんなメッセージを送ってきている。
『マツザキくん、こんばんは(死神の絵文字) このメッセージをあなたが読んでいるということは、既に私はおやすみになっていることでしょう(ハニワの絵文字) じゃ、また明日ね(十字架の絵文字)』
わざわざおやすみのメッセージを送ってくるということは、そこそこ親密な間柄だと思うのだが……。そしてメッセージだといつものタツミなのだ。これがいつものってのも変な話だけど、まぁ、これこそが俺の知るタツミだ。
だからこそ学校でのタツミの態度が俺にはわからない。
教室では寄せ付けないようなオーラを放ちながらも、メッセージだけはいつものタツミさん。
これは一体どういうことだ?
「なぁ、お前、この意味わかる?」
俺はガラにもなく、さくらんぼに話しかけた。もちろんさくらんぼは何も答えてくれない。こういうのはただの自己満足で気取り屋のやることで、俺には似合わないことだった。
でも、タツミがタツミらしくないなら、俺も俺らしくないことをやってみたかった。効果も意味もまるでないようだが、そんなに悪い気もしなかった。たまには変なことをするのも悪くない。
タツミもそうなのだろうか?
タツミも今の俺と同じように変なことしたい時期なのだろうか?
それは春のせい?
いや、そんなわけないか。タツミは変わったやつだけど、俺みたいに幼稚じゃない……と思う。いや、やっぱり幼稚なところもあるか?
ああ、もうダメだ、タツミに対して自信がなくなってきた……。
なんだかちょっぴり気分が落ち込んできた。気分を変えるために俺は、スマホを取り出してソメイヨシノについて調べてみた。
ソメイヨシノは自家不和合性という性質を持っていて、自分の花粉じゃ受粉できないそうだ。ソメイヨシノはほとんどが接ぎ木によるクローンなので、クローン同士は自家不和合性のためにさくらんぼをつけることができない。しかし、他の種類の桜となら受粉できるので、ソメイヨシノにさくらんぼがついている場合、他の種類の桜が近くにある、ということだそうな。ちなみにソメイヨシノはあくまで観賞用だからさくらんぼは美味しくないらしい。
「ふーん……」
春のかすんだ陽にチラチラと輝くあまりにも小さなさくらんぼは、確かにあまり美味しそうには見えなかった。
ときおり吹く心地よい涼し気な春の風が桜の葉をカサカサと揺らした。桜の下のベンチでこうしていられるのも今のうちだけだった。もうじき暖かくなる。暖かくなれば桜には毛虫がつく。そうなったらここでこうしているのは危険過ぎる。
そのとき、すぐ近くでチャリの止まる音がした。
顔を向けると、そこにはタツミ。
美人だけができる美しいがゆえに冷たく鋭い眼差しでこちらを見たかと思うと、チャリのスタンドを立ててベンチに寝そべる俺の頭のすぐ横で仁王立ちになった。超ローアングルから見上げる形だが、タツミのスカートの中は惜しくも見えなかった。残念……。
いや、そんな馬鹿なこと考えてる場合じゃなかった。タツミの表情をうかがうに、どうやら怒っているらしい。でなければ不機嫌なようだ。
そんな不機嫌面で見られるとこっちも不機嫌になってくる。怒られる理由も不機嫌にさせる原因にも心当たりがないのにそんな顔をされたらむしろこっちが怒りたくなってくる。
そうだ、むしろこっちが怒るべきだった。今まで仲が良いと思ってたのに、急にあんな態度を取られたら、仏とうたわれる俺だってそりゃ不満に思いますよ。しかるに不満は怒りになりますよ。
というわけで、俺も負けじと眉をつり上げてタツミを睨み返した。
「なんだよ」
「なによ」
ほとんど同時だった。ガンマンの撃ち合いのようなやり取りの軍配はタツミに上がった。俺は怯み、タツミは怯むことなくさらに一歩近づいてきた。もうちょっとで俺の頭がスカートの中に入りそうだった。
「な、なんだよ……」
至近距離のスカートとその上にあるタツミの目線に、俺の声は変な震え方をした。
「最近、マツザキくんって私に冷たいよね? なんで? 私なにかした?」
タツミは腰に手を当て、む~っと頬を膨らませ口をとがらせ顔を近づけ、俺をまっすぐに見下ろした。タツミのセミロングの髪が俺の頬に当たりそうな距離だった。
「えっ……!? えぇっ……!?」
距離感と言葉の内容に、俺は狼狽を隠せなかった。
俺が冷たい? 逆だろ?
そう言おうとしたところにさらにタツミが畳み掛けてくる。
「全然話しかけてくれないじゃん。目が合ってもすぐに目そらすし、すれ違ってもそう。なんで? 私のことが嫌いなの?」
「い、いやいやいや! 逆だろ! それはそっちだろ! そっちこそ、全然話しかけてこなかっただろ!」
「それはマツザキくんが冷たい態度とってるからじゃん! そんな態度とられたら話しかけれるわけないじゃん!」
「いやいやいやいやいや、だからそれはこっちのセリフだって! そっちが近づきがたいオーラ出してるから、こっちは遠ざかるしかなかったわけで……」
「オーラ? オーラって何?」
「いや、だからさぁ、なんていうか、難しいんだけど、ほら、タツミ、二年生になってからいつもと違う感じだからさ……。隙がないというか、あまりにも全部が綺麗過ぎるというか……。なんかタツミが俺とは違って高貴で純粋な存在に見えるというか……」
「……」
俺の要領を得ない、曖昧で微妙な言い方でも、タツミには伝わったらしかった。
タツミは少し頬を染めると、
「そ、それは、マツザキくんが同じクラスだからだよ……。マツザキくんがいつも近くにいるから、隙なんか見せられないでしょ? 変なところ見せたら、嫌われるかもしれないし……」
この瞬間、タツミがいつもよりものすごく可愛く見えた。
なんだ、あの凛とした近づきがたいほどのしゃなりとした態度は、全部俺のためだったのか。
俺のために咲いてくれる高嶺の花が、可愛くないわけがない。
「だ、だからやっぱりマツザキくんのせいでしょ! 私がせっかく頑張ってキメてたんだから、そこは男のマツザキくんから声かけてよ! 男らしくさぁ!」
「でぇっ!? 俺のせい!? つーか、タツミよ、今どき男らしさなんて流行らないんだぞ」
「えっ、マツザキくんってひょっとして、タマなし?」
「……おいおいタツミさんよ、世の中には言って良いことと悪いことがあるんだぜ? 俺はいつだってタマを見せるのにやぶさかじゃないぜ?」
「でも、このさくらんぼみたいにちっちゃいんでしょ? マツザキくん
「……タツミ、待て待て、君はこういう下ネタを言うキャラじゃなかったはずだ。そういうのウンノに任せとけ」
「あ、マツザキくんってやらしー。ウンノさんと下ネタばっかり話してるんだ?」
「……してねーよ」
「でも、そう言ったじゃん」
「言ってねーよ。あ、待てタツミ、あんまり近づくな。それ以上その位置から近づくと、ほら、あれだ、スカートだ」
俺はタツミのスカート内部の観測圏内から即座に離脱しつつ、タツミをやんわりと制止した。タマの付いた立派な紳士であることをアピールしたつもりだったのだが、
「……やっぱりマツザキくんってやらしー! やっぱりウンノさんとそういうことばっかりしてるんじゃん!」
「どうしてそうなる!?」
むしろ逆効果だった。
「きゃはっ! マツザキくんが怒ったぁ! 短気は損気だよ! 何事につけても平常心だよマツザキくん!」
「なぁ~にが平常心だ! 先に目ぇつり上げてたのはそっちだろ!」
「え、そんなことあった? わかんなーいなー」
「都合いいやつ……」
桜の下で
でも、俺はそんなバカげた会話が大好きだ。特にタツミとするバカ話は最高だ。
わずか数分前にあった心のもやもやが嘘のように晴れていた。
久方ぶりに俺たちは、未熟なさくらんぼの下、いつものように時間を忘れて話し込んだ。
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