今まであまり仲良くなかったはずの幼なじみと何故か突然イイ感じになっちゃいます!? ~かしこかわいくてちょっと変な美少女タツミさんと付かず離れず青春ラブコメディな日々~
4月6日(木)ヤマザクラ、サトザクラ、シダレザクラ、あとタツミさん。
4月6日(木)ヤマザクラ、サトザクラ、シダレザクラ、あとタツミさん。
よく漫画やアニメなんかだと、始業式や入学式の日にはソメイヨシノが満開だが、残念ながら今年は開花が早かったのか既に校門と、校庭を囲うように並んだソメイヨシノたちはほとんど葉桜でわずかな花も散りかけている。雨が降れば一巻の終わりだろう。
だが、桜はソメイヨシノだけじゃない。うちの学校の校門にはソメイヨシノに代わって春らしいピンクを彩る三種類の桜がある。ヤマザクラ、サトザクラ、シダレザクラだ。それぞれ一、二本程度しか植えられていないが、こいつらのケバケバし過ぎるほどの濃いピンクが緑濃くなったソメイヨシノたちの中ではちょうど良いアクセントになっていて俺は好きだ。
俺は好きだが、残念ながら桜と言ったらソメイヨシノの風潮があるせいか、それとも濃すぎるピンクが厚化粧みたいで風情を感じさせないのか、校門をくぐる他生徒たちはほとんど見向きもしないでこいつらの下を通り過ぎていく。
不憫だな。ふと、そう思った。
そういえば誰かが言っていた。ソメイヨシノが美しいのはその儚さにある、と。
花の命の短さに惹かれているんだろうな、きっと。人は希少とか貴重とか、珍しいものに惹かれる習性があるのから、比較的ピークの長いヤマザクラとかにはなかなか惹かれないんだろうな。
路傍の石と同じか。ずっとそこにあり続けるものを、誰も気に留めないのと同じなんだ。
お前らだって、春にしか咲かないのにな。
校門前のヤマザクラたちを見上げながら、俺は心の中で彼らに同情した。
一学期、二年生になって初の登校日、始業のチャイムが迫りながらも、校門から離れ難かった。風に散るソメイヨシノたちに囲まれて、風にも負けずに元気いっぱい咲き続けるヤマザクラたちを俺だけは褒めてやりたかった。
……なんで朝っぱらから俺はこんなにアンニュイでメランコリーなんだ? 二年生になったことがそんなに憂鬱なんだろうか? また一歩大人に、社会進出に近づいたのがイヤなんだろうか? そんな自覚はないんだけど。
どピンクのヤマザクラたちの向こう側には春らしい霞んだ青空が広がっている。花粉は多いが雲は少なく、一応いい天気だ。申し分のない高校二年生の最初の日のはずなのにな。
だが、アンニュイでメランコリーな気分に耽っている場合でもない。チャイムは迫っている。男は歩きださなければならない。なぜならそれが男だから。男マツザキリョースケ、新高校二年生、行きます!
俺はゆっくりと、そして堂々と男らしく、そして新高校二年生らしくフレッシュな気分で校門をくぐった。新たな門出というほどのことでもない、通いなれた校門を抜けると、すぐにチャイムがなったのでダッシュしなければならなくなった。昇降口のところに貼り出された新クラス発表の紙を急いで確認すると、俺は新しいクラスへと駆け込んだがクラスには誰もいなかった。
ヤバい! 始業式か! 体育館に急がねば!
調子に乗りすぎた。初日から余裕ぶっこいで校門前で道草ならぬ、道桜食ってる場合じゃなかった。
俺は荷物を教室に投げ捨てるとその足で急いで始業式が行われようとしている体育館へと駆け出した。
危うく新高校二年生の初日から遅刻という大失態を演じかけた俺だったが、なんとか間に合いギリセーフだった。
全開ダッシュしたせいで朝っぱから疲れてしまったので、始業式からずっと脳に酸素が不足したままの状態で高校二年生最初の日を過ごした俺はクラスメイトの確認すらままならず、気がつけば初日が終わっていて、もう放課後だった。
初日は授業が無いのでまだ昼前だが、そこは育ち盛りの男子として、もう腹がそこそこ減っていた。
買い食いして帰ろうか? それともまっすぐに家に帰るべきか?
そんなことを考えながらチャリに乗り、校門を出て例の不人気桜たちの下を通り過ぎようとしたとき、俺はブレーキをかけて立ち止まった。不人気桜たちはなぜか俺の心を誘うなにかがあった。
しばらく桜を眺めていると、
ポンポン、
と肩を叩かれ、そっちへ向くと、
プニッ、
と人差し指が俺の頬を突いた。
「やーい、引っかかった!」
俺の頬に人差し指を突き刺し、タツミが桜に負けない満面の笑みを浮かべていた。
「相変わらず幼稚なやつ……」
やれやれ、と俺は大げさに肩をすくめてやった。幼稚に対して、大人をオーバーに表現してやったつもりだが、よく考えるとこれもバカっぽいな。
「約束をすっぽかすほうが幼稚だよ?」
ギロリ、と急に目つきを鋭くするタツミ。
「約束? なんのことだ?」
俺には全く覚えがない。
「教室で言ったよね? 一緒に帰ろって」
「え? そんなの言ったか? つーか同じクラスだったのか?」
「えぇっ!? 同じクラスってことにも気づいてないの!? 左隣の列の2つ前にいたのに!」
全く覚えがない。朝のダッシュが相当効いていたらしい。正直新担任の顔すら曖昧だし。
「そ、そうだったか。いや、朝から遅刻しかけてダッシュしたせいで疲れてたんだよ。でも、一緒に帰ろうなんていつ言ったんだっけ?」
「十分ちょっと前かな? ほら、アイコンタクトしたじゃん?」
「は? アイコンタクト?」
「うん、こうやって、ね?」
目をパチパチ、口をパクパクするタツミ。うん、そんなのわかるわけない。たとえ目があっていたとしても、いや、そもそも目があっていないのだからわかるはずがない。
「タツミ、お前って、結構バカだよな」
「同じクラスになってることすら気づいていないマツザキくんには言われたくないね」
これにはさすがに返す言葉もない。その原因が桜に見とれていた、なんてロマンチックとバカの紙一重みたいな理由だからどうしようもない。
「じゃ、バカ同士、今年一年同じクラスなんだから、仲良くしよーね。はいっ」
そう言って、タツミが手を差し出した。握手だ。俺はそっとその手を取った。タツミの手はややひんやりとしていて、暖かな春の日には妙に心地いい感じだった。
「よろしくね、マツザキくん」
「ああ、こちらこそよろしく」
かすかに残ったソメイヨシノの花がわずかに散っては風に舞う中、三種の不人気桜のケバいピンクの花の下、俺たちは握手をかわした。
今日一日で初めて幸せな気持ちになった。
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