3月26日(日)雨桜とタツミさん
本日3月26日は『ブラザーフッズ』の花見の日!
……だったのだが、朝から降り続ける雨のおかげで中止になってしまった。
「今朝から生憎の雨模様ということなので、心苦しくはありますが本日の『ブラザーフッズ花見会』は中止にしたいと思います。また後日、改めて行いたいので、都合のつく日を教えてください(桜の絵文字と雨の絵文字)」
俺が朝起きたときにはすでに、このような連絡がタケウチから着ていた。リアルのちゃらんぽらんな言説とは裏腹に意外に豆で丁寧な男、それがタケウチだ。
というわけで、今日一日暇になった。桜の季節には似合わない冷たい雨の降りしきる中、どこへ出かけようという気も起きない。こんな日は家でゴロゴロするに限る。短い春休み期間中だが、そんなグータラな一日があっても別にいいだろう。
と、思っていたのだが、午後を過ぎると暇すぎて死にそうになってきた。死にそうは言い過ぎだし、いくら暇になったところでそれ自体が死因になることはありえないだろうが、まぁ、とにかく暇すぎた。ネット動画を漁るのもネットサーフィンも読書も飽き飽きしてきた。
飽き飽きすると今度はイライラしてきた。多分日光がないのと、身体を動かしていないせいだ。俺の肉体と精神は太陽と運動でできている。そのどちらもない今の状況はちょっと厳しい。
思わず窓の外の雨を睨む。朝は大降りだったのが、今はしとしとといった感じ。春雨らしく、少しは風流な雰囲気が出てきたか。窓越しの曇天を睨む。今朝より多少明るくなったとはいえ、雨の止む気配はない。
「でも、これくらいの雨なら、いけるか……!」
もうさすがに家の中に居続けるのは我慢ならなかった。本来なら今頃みんなで飲めや食えや歌えやのどんちゃん騒ぎの大宴会なのだ。それを奪われたフラストレーションたるや半端じゃない。このストレスはきっちりと発散しなければならない。そしてそれは今をおいて他にないのだ。
俺は財布とビニール傘を持って外へと飛び出した。おもったよりも明るい、春の小雨の中を歩いて、地元の花見スポットへと向かった。
道中のコンビニでお菓子と飲み物を買っても、花見スポットへは徒歩十分程度だった。江戸時代から続く、約二キロほどの堤防沿いの桜並木はたとえ生憎の雨であっても美しい。もうほとんど満開に近い花たちが俺を迎えてくれるようだった。だが、これも雨で早く散るのかと思うと、少々寂しいとも思ってしまった。
濡れ桜の下、泥濘んだ道を気をつけながら歩く。ぽとぽと落ちる雨滴とはらはら散る薄桃色の花びらがあっという間に頭上のビニール傘を彩った。雨は嫌いだが、雨もそんなに悪くない、今なら、少しだけならそう思える気がした。
つい先程までの鬱々とした気分は消えていた。それでも雨のおかげで湿度は高く、靴は泥に濡れてしまっているから爽快でも明朗ともいえないが。
「あ」
「あ」
それは唐突な出会いだった。
屋根の下のベンチに腰掛けたタツミがそこにいた。
俺たちはほぼ同時に目があって、ほぼ同時にほぼ同じ音を発していた。
「油断したな、タツミ?」
俺はタツミの格好を指摘してニヤッと笑ってやった。
タツミは薄手のトレーナーにジャージを履き、下はお父さんのものを借りてきたと思われる釣り用の長靴だった。イモっぽいことこの上ない。
「マツザキくんだってあんまり他人のこととやかく言えないんじゃない?」
タツミも負けじとニヤッと笑って言った。
かくいう俺も上下ジャージに使い古したボロボロランニングシューズ。この戦いはドローのおあいこだった。
「おっ、マツザキくん気が利くじゃん~」
タツミが素早く俺の手からコンビニ袋を奪い取る。
「あっ、おい、それは俺が食べるために買ってきたんだ」
「これがあれば二人でお花見ができるね!」
「人の話を聞けよ。だいたい、タツミは自分の分持ってるだろ?」
俺はタツミの座るベンチを指さした。ベンチの上には俺のと同じコンビニ袋がある。
「あ、バレた?」
「そんなところに放り出してあってバレないわけがないだろ」
「うふふ、じゃ、二人でお花見としゃれこみましょーか?」
「長靴のイモトレーナージャージ娘とか?」
「イモジャージ男の子と一緒にね!」
そんなわけでイモ二匹はめでたく、突発花見会を開催する運びとなった。
「なんかね、ここに来たらマツザキくんと会えるような気がしたんだ」
タツミがぽつりと呟くように言った。その目はぼんやりと雨桜を眺め、その頬は季節外れの冷雨にやや赤く、イモな格好をしているくせに妙に色っぽく見えて、俺は思わず慌てて目をそらしてしまった。
「そ、そうか……。つーかさ、呼んでくれたらよかったのに」
「雨だからね……マツザキくん、雨って嫌いでしょ?」
「よく俺が雨嫌いってこと知ってるな」
「わかるよ。っていうか、前に言ってなかったっけ?」
「そうだったっけ?」
「私もおぼえてないけど……マツザキくってさ、すぐに顔にでるからね。わかりやすいんだよ」
「えっ……俺ってそんなに顔にでるか……?」
ドキッとした。それが事実なら、俺はしょっちゅうタツミの隣であんなことやこんなことを考えているのを顔に出してしまっていた可能性がある。それは非常にマズいし、何より恥ずかしい。
「うん、だから知ってるよ、マツザキくんが私のこと大好き過ぎて夜な夜な大変なことになってること……! プフッ、プフフフ……! アハ、アハハハハハハ!」
ゲラゲラ笑い出すタツミ。
ああ、なるほど、冗談ってわけか。全く、ヒヤヒヤさせやがるぜ……。
「ああ、そーだよ、俺は夜な夜なタツミのこと考えて大変なことしてるからな!」
「げぇ、せっかくの花見なのに下ネタなんてやめてよー! 花よりおなごのマツザキくん!」
「そっちから先にフッてきたんだろうが……」
こんなバカなこと言いながらバカみたいに笑う今日のタツミがなぜかいつもよりやけに可愛らしく見えた。格好もイモいのに。
なぜだろう? 桜のせいだろうか? 雨桜がタツミをより可愛らしく彩っているのだろうか? タツミの美しさを桜が引き立たせているのだろうか?
俺は今まで花より団子だと思っていたが、今日に限ってはタツミの言う通り、確かに花よりおなごかもしれない。さっきまで目を惹かれていた美しい桜の花もタツミの前では、今となっては少々色褪せてしまっていた。
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