1月14日(土)デート代を賭けた死闘

「ねぇ」


「なんだ?」


「雨だね」


 タツミは俺のベッドに寝転びながら、しとしとと飽きもせずに降り続ける雨を眺めて言った。ちなみに、俺はベッドの使用許可は出していない。なのに彼女はまるで我が物顔で遠慮会釈無く堂々と大の字で寝そべっている。まぁ、別にいいけど。


「でも、暖かいね」


「そうだな」


「ねぇ」


「ん?」


「暇なんだけど?」


「暇だったのか?」


「見たらわかるでしょ?」


 俺は椅子をくるりと回して振り返り、もう一度ベッドの上のタツミを見た。ベッドの上で横になりながら、頭だけを少しかしげ、こっちを見るタツミと目が合った。


 半年前の俺なら、美少女が俺の部屋のベッドで横になっているだけで胸と心臓はドキドキバクバク、脳みそ沸騰寸前の非常な興奮状態になったことだろう。

 だが、今となってはタツミとも馴れ合いすぎてしまったせいで、特にな~~~んとも思わなくなっていた。あの頃のドキドキ感が今ではとても懐かしく感じられる。


「ああ、それ、暇だったのか」


「暇だよ。死ぬほど暇だよ」


「安心しろ。暇で死ぬことはない」


「じゃ、私がパイオニアになるよ」


「ダーウィン賞が取れるな」


「今日のマツザキくんってだね」


 そう言う今日のタツミはいつもどおり可愛らしい。ぷくっと頬を膨らませてこっちを睨むのも、ふぐみたいで結構イイな。あざといと言えばあざといのだが、なぜかタツミにはあざとさの不快感みたいなのがない。これもタツミの為せる技なのか。


ってちびまる子ちゃんみたいだな」


「あ、わかった? さすがマツザキくん。ツッコミレベルが高いね」


「別にツッコンだつもりはないけどな。ところで、暇ならゲームでもするか? って言っても、二人でできるゲームなんてあんまり持ってないけど」


「何があるの?」


「髭配管工のサーキット爆走ゲームと、髭配管工たちの乱闘ゲームかな」


「じゃ、髭配管工乱闘で」


 ゲームをセットし、ベッドの上のタツミにコントローラーを渡した。

 タツミはコントローラーを手に取ると、すっくと上体を起こし、ピシッと背筋をまっすぐに伸ばした。まるでアルコール中毒患者が酒を飲んで途端、手の震えが止まる現象に似てる……ような気がする。


「さ~て、軽くひねっちゃうぞ?」


 さっきまで寝転んでいてボサボサになってしまった髪を手ぐしで直しながら、タツミは俺を横目で見ながらニヤリと笑った。


「お、経験者か?」


「ううん、子供の頃に古いのをやったきりで、これははじめて」


「じゃ、一体どこからそんな自信がでてきたんだ?」


「相手がマツザキくんだからね……?」


「意味深だな……ま、お手柔らかに頼むよ」


 対戦が始まった。

 三十分後、


「また勝っちゃった! マツザキくんめちゃくちゃ弱いね~」


 呵々大笑のタツミさん。

 どこぞの悪役令嬢ばりにおっほほほほと高笑い。


 そう、俺はここまで全敗していた。

 というのも、俺は接待プレイをしているからだ。

 正直なところ、タツミの腕は大したことがない。はっきり言ってしまえば下手くそだ。初心者のわりにはよくやっている方だが、実力は俺のほうが圧倒的に上だった。


 タツミをボコすのは容易い。

 だが、初心者をボコしても楽しくないし、タツミもきっと楽しくないだろう。

 ここは敢えてやられ役を演じてやることでタツミを楽しませてやることにしたのだ。

 この俺の慈悲深き寛大寛容な心に気付かないとは、タツミ、お主もまだまだよのう。


 ただ露骨にボロ負けしても演技がバレるおそれがあるので、そこは毎回ちゃんと接戦を演じなければならない。普段の遊び方とは違うが、これはこれでなかなか楽しい。やられ役の美学ともいうべきか、やられ方にもちゃんと演出が必要なのだ。


 なんて一人、密かな満足感に浸っていると、


「マツザキくん、ちょっとした賭けをしない?」


 ニヤニヤ笑いのタツミさんから、思わぬ申し出があった。


 おいおいマジか。

 こいつ、俺がわざとやられてやってるとは知らずに……。


「う~ん、賭けかぁ……。どうしようかなぁ……」


「あれ? 恐い? 負け続けてるからビビってる? でもしょうがないよね? 私のほうがちょっぴり強いんだから。誰だって負けるとわかってる賭けなんて受けたくないよね?」


 調子にライドオンタイムなタツミ。


 俺は思わず噴き出しそうになってしまった。

 タツミよ、俺がわざと負けてやってると知らずにそんな馬鹿なこと言い出して……。


 俺から言い出したことなら悪質な騙し行為だが、タツミが言い出したのだから仕方がない。

 タツミよ、調子に乗りすぎた報いを受けるがいい……!


「いいだろう。その勝負、受けて立つぜ! で、何賭ける?」


「学食でどう? それより高いとマツザキくんが可哀想だからね~」


「俺はもっと高くても別にかまわないが?」


「あらら~、そんな強気な発言して大丈夫? 死なない?」


 死ぬのはそっちなんだよなぁ……。

 この後、ボコボコにされて涙目のタツミを想像して、思わず笑いそうになる。

 だ、ダメだ、まだ笑うな……こらえるんだ……勝利のときまで……。


「死なないよ。それともタツミは死ぬのかな?」


「ふっ。いい度胸だね! じゃあ、今度のデート代全部持ちでどう?」


「それでいいよ」


「余裕だね。ちなみにこのタツミさんとのデートは結構高くつくんだよ?」


「お手柔らかに頼むよ」


「ダメだよ。このタツミちゃんはね、勝負事は常に全力がモットーなんだから!」


 そしてデート代全額を賭けた勝負が始まった。

 ルールはBO3二本先取


 約十五分後、途中でルールがBO5五本先取に変わったものの、勝負が俺のストレート勝ちで終わった。

 結局、本気を出せばこんなもんだ。

 灰と燃え尽きたタツミがベッドの上で死んでいた。返事がない。ただのしかばねのようだ。


「ぐぅ……」


 と思ったら生きていた。

 ぐぅの音も出ないという言葉があるが、ボコボコにされてもぐぅの音くらいは出るらしい。


「ひ、卑怯者~……実力を隠してるなんて……!」


「隠してたなんて人聞きが悪いな。俺が本気でやってタツミをボコしてもお互い楽しくないだろ? 俺はあくまでタツミに合わせてやっただけだよ。親戚の子供とか遊びに来たら、子供のレベルで遊んでやるだろ? それと一緒」


「私、子供じゃないもん」


「赤子の手をひねるより簡単だったから、それ以下だな。ま、絶対に勝てる勝負なんてないことがわかって良かったじゃないか。いい勉強したな?」


「ぐぬぬ……!」


 顔を真赤にして悔しがるタツミもかわいい。


 そういえば、デート代を賭けるってことだから、デートすることは確定してるんだよな……。

 デート代を賭ける、ということに気を取られすぎて、デートすることをすっかり忘れていた。

 そっか、タツミとデートするんだよな……なんとなく照れるやら嬉しいやら恥ずかしいやら……。


「マツザキくん、もう一回しよっ!? もう一回、今度は学食と花京院の魂を賭ける!」


 まさかの申し出だ。

 タツミはまだ負けたりないらしい。

 チャレンジ精神のつもりなんだろうが、挑戦と無謀は違いについて、タツミには少し考えてもらいたいものである。


「えぇ……まだやるのか? 絶対に勝てないぞ? あと、勝手に知らない人の魂を賭けちゃダメでしょ」


 結局、また勝負して、また俺が勝った。

 学食ありがとうございます。

 花京院の魂はもらえなかった。

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