1月15日(日)アンマンマンと宣戦布告

 あのデート代全額を賭けた激戦 (笑)から一夜明け、今日が早速デートの日。


「見たい映画があるの」


 昨夜の打ち合わせでタツミがそう言った。

 なので今日は映画デート。大型スーパーと一体化しているイゾンシネマに現地集合だ。

 なぜ近所に住む俺たちなのに、わざわざ現地集合なのかというと、これもタツミの意向だ。


「せっかくデートって銘打ったんだから、雰囲気出したいよね?」


 とのことで、今でもちょっと意味がわからないのだが、ま、タツミがそうしたいのならこっちとしても別に拒否する理由もないので、素直に受け入れた。


 約束の時間の十分前に到着した。タツミの姿はない。

 そういえばバスの中にもタツミの姿がなかった。

 近所に住んでいるのだから、約束の時間に間に合うためには必然的に同じ停留所から同じバスに乗るはずなのだが……。


 不思議に思いながら、とりあえず待ち合わせ場所に突っ立ち、タツミが来るのを待っていると、


「ん……?」


 イゾンシネマの中、映画のチケット販売所近くの柱の陰に、タツミらしき人影がこちらをこっそりとうかがっていた。

 目が合った。やっぱりタツミだった。

 タツミはこっちに小走りに走ってくると、


「おはよっ。ごめん、待った!?」


「……タツミ、お前、先に来てたのか……?」


「違う違う!」


「違わないだろ。普通遅れてきたならイゾンシネマの外から来るはずだろ? なのにイゾンシネマの中からき来ただろ?」


「違う違う、違う、そうじゃなーい! デートで『ごめん、待った?』って言ったら『ううん、今来たとこ』って言うのがセオリーでしょ!?」


「何言ってんだお前」


「マツザキくん知らないの? デートではこのやり取りが作法でセオリーでマナーでお約束なんだよ? 次から気をつけてよね」


「なんかよくわからないけどわかったよ。とりあえず、一つだけ聞かせてくれ、タツミは俺より先に来てたよな? なんでわざわざ隠れてたんだ?」


「それはもちろん『待った?』『今来たとこ』のやり取りがしたかったからだよ」


 えっへん、と何故か誇らしげに胸を張るタツミさん。

 なにがそんなに誇らしいいのかよくわからないが、そこについてはスルーする。


「その例のやり取りって、絶対に俺が『今来たとこ』って言わなきゃならないのか? 逆でも良かったんじゃないか? タツミが待ってて、遅れてきた俺が『ごめん、待った?』のほうが、なんなら自然と出てきやすいと思うんだけど」


「……ほら、上映時間もうすぐだから、こんなところで突っ立ってないでチケット買おっ」


 どうやら図星だったらしい。タツミは話と目をそらしながら、俺の手を引っ張り、俺とタツミはイゾンシネマへと入った。


 とにかくデートは始まった。

 約束通り、タツミが二人分のチケットを買ってくれた。

 しかし、いくら約束どおりとは言え、女の子に奢らせるのはあまり気分がいいものじゃない。

 今の御時世、男らしくと女らしくとかそんなことを言うつもりもないが、なんとなくそういう気持ちになることない? 深い意味なんてなく、本当に感覚的なんだけど、なんとなく奢られるってのは俺にとってそんなに気持ちいいことじゃなかった。特に女の子から奢られる場合は。


 というわけで、俺は上映前にトイレに行くついでに売店でコーラとポップコーンという映画鑑賞の神器とも言える二種のアイテムを買い求め、いざタツミの待つ席へと戻ったのだが、


「あ」


「あ」


 そこには既に神器の姿が。

 まさかの


 ちょっとおかしいところもあるタツミだが、根っこは気が利くとってもイイオンナであることを失念していた。


「わざわざ買ってきてくれたの? 私の奢りの約束なのに?」


「約束はそうだけど、奢られてばかりも良くないかなぁって……」


「マツザキくんって時々びっくりするくらい優しいよね~」


 口ではそう言いながら、タツミの笑顔にはちょっと人を小馬鹿にするようなニュアンスがあった。


「おいおいどういう意味だよ? 俺はいつだって優しいぞ?」


「別に悪い意味じゃないよ。優しすぎてから回ってるの、ちょっとかわいいって思っただけ」


「なんだよそれ……」


 照れていいやらどうしていいのやら、から回りの妙なバツの悪さを感じながら、上映時間が迫っているので席についた。

 普通はポップコーンを囲んで席につくところが、今回はポップコーンとコーラに囲まれて座るハメになった。

 二人で何席分も場所をとってしまったが、幸いなことに映画館は空いていて、怒られる心配はなさそうだ。


 ほどなくして灯りが消え、映画が始まった。


 『アンマンマンと宣戦布告』


 の題字がスクリーンにデカデカと映し出された。


 本作は昨今流行りの、昔に人気があった子供向けアニメを当時ファンだった現代の大人向けに大幅にアレンジして復刻したやつだ。


 ちなみに俺は全く興味がないし、予備知識もない。子供の頃に観た記憶もほとんどないし、本作のCMをちょろっとテレビで観た程度だ。


 そこまで期待はしていないが、ある意味では楽しみでもある。

 さて、一体どんな話なのか……。




 映画を見終えた後は感想を語り合うのがセオリーだ。

 本日の感想会会場はイゾンシネマ併設の大型スーパーの一階フードコートのマクダァーネルドバーガーとなった。


 レジで注文した品を受け取り、席に着くなり、俺は『アンマンマンと宣戦布告』について真っ先に感想を述べた。


「アンマンマンの活躍が世間に広く認められて自衛隊に編入されるって冒頭部がまず凄いよな? 今までファタジー世界だったのが突然現実の中に編み込まれるあの歪さ! それでいてポップで可愛らしい従来の絵柄は踏襲されていて、それがより歪さを強調しているはずなのに、なぜか表面上は和らいでいるように見えるなんて矛盾も極まりないんだけどその矛盾が面白いっていうね! 隣の独裁国家の工作員が原発を占拠したときも、首相要請で戦っているはずのアンマンマンが、その首相の権限が現行法では弱いために必殺のアンマングレネードランチャーやアンマンロケット砲やアンマンドローン爆撃が使えず苦戦する描写もやけにリアリティがあって、現実の俺たちに強いメッセージを投げかけてたので胸にクるものがあったね! 特にアンマンマンと仲が良くなった自衛隊の現場指揮官の二佐が『戦争は会議室で起こっているんじゃない、戦場で起こっているんだ!』って首相に対してブチ切れるシーンもいいよね! それに対して首相も『君は敵と戦えばいいが、私が戦わなければいけないのは世論であり国民なのだ』ってセリフも首相という立場の苦悩と哀愁と現実への憤りを漂わせてて素晴らしいよなぁ……。そうそう、ラストシーンでは現場のために超法規的手段を取った首相が国民と野党からバッシングされて、反戦平和運動が起こって皆のために戦ったアンマンマンまでもが否定され、アンマンマン自身も戦いの意義を見失って、そんな最中に米国と中国がこの戦いに介入してきて、大規模戦争の予感……ってめちゃくちゃいいところで終わるけど、これって多分続編あるよな!? あー、早く続きがみたいなぁ!」


 『アンマンマンと宣戦布告』それは素晴らしい作品だ。素晴らしすぎて興奮が未だおさまらなかった。

 最初は全然期待していなかっただけに満足感が半端じゃなかった。

 映画を見終えた直後からこの素晴らしい作品について早く語りたくてウズウズしていたし、タツミの感想を早く聞きたくて仕方がなかった。


「タツミは『アンマンマンと宣戦布告』、どうだった!?」


「主演のヤチコが可愛くて最高だった!」


 タツミはニコニコして言った。

 それだけ言うと、ニコニコしながらハンバーガーを食べ始めた。


「……それだけ?」


「うん、だって主演がヤチコだから観たかっただけだし」


 ヤチコとは、近頃流行りのアイドルで、本作の主役アンマンマンの声優を務めている。

 つまりタツミはヤチコの声が聞きたかっただけらしい……。


 あの素晴らしい作品についてのタツミの感想がたった一言……しかも、作品の内容についてぜんっぜん触れてない……!


 俺は大いに脱力した。

 時事ネタと風刺ネタとブラックジョーク満載の内容と超俺好みだっただけに、タツミとこれを熱く語り合えると映画を見終わった直後からわくわくしてたのに……タツミときたらただのアイドル目当てだったなんて……。


「でも良かった。マツザキくんが楽しんでくれたみたいで。私が勝手に選んだ映画だから、楽しんでくれなかったらどうしようって、ちょっと不安だったから」


 そう言って、タツミは笑った。

 ハンバーガー片手のタツミの微笑みはまるで天使のようだった。

 心底楽しそうな、純粋な笑顔に俺は心が洗われるようだった。


 そうだ。それでいいんじゃないか。

 別に語り合わなくたって、一緒に映画を見て二人とも楽しんだんだから、それでいいじゃないか。映画でそれ以上に素晴らしいことなんてないじゃないか。


 タツミの言う通り、どっちかが楽しめない可能性だってあったんだから。

 そう考えると、今日の映画は全てにおいて最高だった。

 タツミの天使の笑顔が見れて、俺も笑顔になれたんだから。

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