12月25日(日)ホワイトクリスマス戦争

 寒いと思ったら雪が積もっていた。昨日の天気予報で夜に雪が降ることは知っていたが、まさか積もるとは思わなかった。


 俺の住む街は降雪が少なければ積もることなんてほとんどないのだが、今朝は窓を開けると一面の雪景色だった。積雪量は五センチくらいだろうか。近所の子供たちもここぞとばかりにきゃっきゃと外にわちゃわちゃ騒いで遊んでいる。こんなに積もるなんていつぶりだろう、俺が幼い頃にたしか一度あったはずだが、正確な年は思い出せなかった。


 スマホが鳴った。おそらくタツミだろう。そう思ってスマホを手に取ると、やっぱりタツミだった。要件も大方予想できる。どうせ雪遊びだろう。俺は通話に出た。


「やっほ! マツザキくん、起きてる!?」


 雪遊びする子供たちに負けないくらい、朝っぱらからタツミも元気一杯だった。寝起きの耳に少しうるさい。俺は少しだけスマホから耳を離した。


「起きてるから通話に出れたんだ」


「オーケイ! じゃ、今からそっち行くから! 外で遊ぶ準備しといてね!」


「待て待て。今起きたところだ。色々と準備があるから、またこっちからかけるよ」


「りょーかい! じゃ、また後でね! できるだけ早くしてね? 私、もう待ちきれないんだから!」


「はいはい、わかったよ」


 ぷちっと通話を切った。かのスノーソング『雪やこんこん』の歌に出てくる犬を思わせるほど朝から元気過ぎるタツミだった。


 だが、別に嫌な気はしない。朝から騒がしいのは苦手のはずの俺だが、タツミの声を聞くと元気になってしまう。タツミってホント、不思議なやつだ。太陽みたいに明るくて、こっちまでぽかぽかしてくる。


「だけど、あんまりぽかぽかしてると雪が溶けそうだな……」


 そんな独り言を言って、俺は一人で笑った。


 さて、タツミも待っている、あいつの元気な声に免じて、いつもよりちょっぴり急いで準備してやるかな……?




 全ての準備を終えた俺、フルアーマーマツザキ(極地仕様)は鏡で見るといつもの二倍ほど着膨れて見えた。晴れてきたときのためにミラーレンズのゴーグルをして頭部をがっちりと守る厚手のニット帽を被り、ネックウォーマーで口元まで覆うと、もう誰かわからない。お世辞にも格好いいとは言えない姿だが、寒くて凍えるよりはマシだ。靴も釣り用の長靴に靴下を二重にするともうパーフェクト。本当に極地でも通用しそうな、しかし街中では怪しさバリバリの得体の知れないスタイルの完成だ。


「いざ、出陣……!」


 俺はタツミに連絡をして、家を出た。玄関を開けるとそこには既にタツミがいた。


「ぃよう、タツミ」


「ま、マツザキくん……? 何? その格好……」


「格好なら、むしろ俺からお前に言ってやりたい」


「えぇっ? 私は全然フツーじゃん? いつも通りじゃん?」


「だからだよ」


 街は零下の積雪地帯と化しているのに、タツミはまさかのいつも通りの格好だった。違う点といえばイヤーマフくらいだ。上は紺のショートコートでそれはまだいいのだが、下はややミニのフレアスカートに黒い厚手のタイツ。防寒という言葉を知らないのだろうか?


 そんなタツミは雪景色と相まってそりゃもう美しく可愛らしい。雪の精という言葉が当てはまる。


 が、人間は雪の精じゃないんだから、そんな格好じゃ寒そうで見てらんない。


「お前、そんな格好じゃ寒さで死ぬぞ? 八甲田山って映画知らないか? 極寒の雪山で服を脱いで死ぬんだぞ? 矛盾脱衣って言ってな、体温が下がると逆に暑く感じられるんだ。そうなったらもう死ぬ一歩手前だ」


「じゃ、マツザキくんにとって都合がいいじゃん。私の裸が見れるんだから」


「……」


 ボケにボケで返されてしまった。

 ま、タツミがそれでいいならこっちとしてもこれ以上は追求しない。ここは雪山じゃないし、死ぬようなことはないだろう。


「というか、問題はそっちだよ。なにその格好? 誰かわかんないよ」


「いいだろ? 最強最善最優秀で完全無欠な防寒装備だ」


「やりすぎだよ。それこそ八甲田山だよ」


「そんなことはない。シベリアではマイナスん十度の強烈な下降気流により、野生動物が立ったまま凍るんだぞ?」


「そんなのここらで起こるわけないじゃん」


「万が一のためにな。備えあれば憂いなし、て言うだろ?」


「転ばぬ先の杖というより、転ばぬ先の戦車だね」


 とりあえず互いのスタイルの論評はこの辺りで止めておいて、俺たちは公園まで行くことにした。二キロほど先にある、大きめの公園を目指していたのだが、その道中、


「あひゃっ!」


 すってーんと、タツミ。


「うひゃっ!」


 ころりーんと、タツミ。

 雪の下の地面が凍りついており、いつもどおりの格好をしたタツミは何度も転ぶ。

 しかし、その転ぶのさえ楽しいらしく、何度も転んでは楽しげな声をだし、えへへと笑いながら立ち上がる。見てる分にはなかなか面白い女の子だ。


「どひゃっ!」


 またやった。尻もち着いたままこっちを意味ありげに見るタツミ。

 すると突然、タツミは起き上がりざま、俺の顔面めがけて雪玉を投げつけてきた。


「くらえ! タツミクラスター!」


 雪玉はゴーグルにぶつかって砕け散った。もちろん何のダメージもないが、ここはノッてやるべきだろう。


「おのれっ! 小癪な!」


 俺は着ぶくれして動きにくい身体をえっちらおっちら、緩慢な動作でなんとか屈んで雪玉を作った。その間にタツミが三発の雪玉を投擲してきた。だが、フルアーマーマツザキにはその程度の火力、効かんのだ。


「くらえーっ!」


 俺は着ぶくれして回らない肩でタツミ目掛けて雪玉を投げつけてやった。当然飛距離はでないし、動作も見え透いている。タツミは華麗なステップで雪玉を回避し、着地際にすってんころりんした。


「あっはっははは! マツザキくん、アーマーが仇になってるね!」


「お前こそ、その機動性が逆に足枷だろう?」


「ころんでも、雪だから別に痛くないよ~。ほら、ここまでおいで~」


 あろうことかタツミは、いい歳して子供みたいにこっちにケツを突き出して、おしりぺんぺんスタイルで煽ってきた。

 タツミよ、その挑発は敵愾心じゃなくてイケナイ感情を煽ってるぞ? まさに扇情的ってやつだ。


「余裕こいてられるのも今のうちだぜ、タツミさんよう! 俺のこの着ぶくれした肉体でお前を雪の中へと圧殺してくれるわ~!」


「あはは! やれるもんならやってみなさ~い!」


 転げ回りながら逃げる雪の精タツミ。

 動かない関節でそれを必死に追う着ぶくれだるまの俺。


 タツミは逃げながら俺を雪玉で攻撃してくる。

 俺は雪をぶつけられても怯まず猛進。


 ホワイトクリスマスに追いかけっこなんて、高校生のやることじゃない。けれどタツミと一緒ならそれも悪くない、俺は雪に彩られたタツミの笑顔を追いかけながら、そう思った。

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