12月31日(土)大晦日の二人

『大晦日はハワイですのよ(ダイヤモンドの絵文字) お土産のマカダミア期待しててね(かりんとうの絵文字)』


 三日前にタツミからこんなメッセージが来たのだが、


「ねぇ、なんでこうなるの……?」


 本日、大晦日の真っ昼間、駅前のドーナツ屋にて、俺の目の前でぶっすぅとふくれっ面のタツミさん。


「久しぶりの海外旅行だったんだよ? だからすっごく期待してたし、張り切ってたし、夢の中でマイタイ飲んでワイキキを泳ぎ回ってたんだよ? 文字通りハワイ行きを夢にまで見てたんだよ? 夢でやったことをそのままリアルで再現するチャンスだったんだよ?」


 いや、リアルでマイタイはダメだろ、常識的に考えて……とは思いつつも、俺はそんなツッコミを自重して、うんうんと頷いてタツミの話を黙って聞いた。


 なんでもタツミさん、出発前日に両親共に発熱のため、夢の『ハワイで新年』がお預けになってしまったのだそうだ。


 ああ、憐れなりタツミさん。


 しかし俺にはただタツミの愚痴を聞いてやることしかできない。せいぜい福島名産赤べこくらい頷いてやることにする。


「はぁ……なんてついてないんでしょう。なんで? どうしてこうなるの? 私、なにか悪いことした? 神様に嫌われるようなことした? ねぇ、マツザキくん!?」


「いや、タツミは何も悪くないよ……」


 ドーナツをかっ喰らいながら喋るのは少し行儀が悪いとは思うが、その程度で神様が怒るとも思わない。


「じゃあなんで!? なんでこんなことになっちゃうの!? 返して! 私のハワイ! 私の青い空! 私の透き通る海! 私の爽やかな夜風! 私のマイタイ! 神様! 今すぐ私を救って!」


「マイタイはダメだろ……」


 ツッコむつもりはなかったのだが、さすがに二回目ともなるとツッコミたくもなってしまう。


「なんでマイタイはダメなの!? 私が悪い子だから!? 神様がマイタイを飲ませないために、私を日本に釘付けにしたの!?」


「いや、そうじゃないし、そんな神様がどーとか深く複雑な意味なんてないよ。マイタイは酒だからね。いかんでしょ」


「えぇー!? マツザキくんもそんなこと言うんだ! 神様サイドの人間なんだ!?」


 ハワイに行けなかったのがよほどショックなのだろう、タツミさん、ショックすぎて意味不明なことを言い出しちゃってる。


「俺は法律の話をしてるんであって、別に神様サイドとかないから。意味わかんないから」


「じゃあ、マツザキくんは私の味方でいてくれる?」


「じゃあもなにも、俺はいつだってタツミの味方だ」


「神様を敵に回しても?」


「もちろん。つーか、別に神様もタツミを嫌ってるわけじゃないだろ。今回はたまたま運が悪かっただけの話であって」


「でも、こんなにタイミング悪いと、神様に嫌われてるって思っちゃうよ」


「お前って意外と信心深かったんだな……」


 そこんところ、俺とは違う。俺は神を信じない。

 『信じるものは救われる』と言うが、信じるものしか救ってくれないそんなセコい神様なんて信じたくない。


「別に私も本気で神様を信じてるわけじゃないよ。初詣には行くけどね。でもさ、やっぱりここまで運が悪いと、嘆きたくもなるじゃない? 神様のせいにだってしたくなるよ」


「うん、気持ちはわかる」


「うぅ~、ハワイに行きたかったなぁ……」


 テーブルに突っ伏しながら、ストローでチューチュージュースを飲むタツミ。すっごく行儀が悪い。タツミが公共の場でここまでダラけるのも珍しい。相当なショックと見える。


 仕方がない、ここは一発気の利いた言葉で、タツミの気分をもり上げて見せよう。


「……ま、悪いことばかりでもないんじゃないか?」


「ハワイに行けなくて良いことってある?」


「行けなかったおかげで、今、ドーナツショップで俺と二人っきり。これって素晴らしいことじゃないか?」


 俺は作りに作りまくった舞台役者も顔負けな過剰で不自然な気味の悪い爽やかな声と顔でタツミにバカなことを言ってやった。


 ほら、笑えよタツミ。マツザキくんがお前のためにバカなこと言ってんぞ? 早くツッコミたまえ。


「……たしかに、それもそうだね。一年の終わりをマツザキくんと迎えるのも結構イイね」


 タツミは俺のスマイルを遥かに超越した、より自然で素晴らしいスマイルを俺に向けた。


 かわいい。

 かわいすぎた。


 その無垢なかわいさに俺は思わず顔をそらしてしまった。

 それに『イケメン気取りジョーク』を真に受けられてしまうと、却ってこっちが恥ずかしい。


「ありがと、マツザキくん。一緒にいてくれて」


 さらにタツミが微笑んで言う。

 そこにジョークの要素はなく、俺はただ照れるしかなかった。


「お、おう……いいってことよ……」


 なぜか、ちょっと江戸っ子な感じになってしまう。


「マツザキくんは私といられて嬉しい?」


「え、えぇ!?」


 突然、ぶっこんでくるタツミ。切れ味鋭いカウンターアタック。

 さっきまで神を呪っていたのに、なぜか急に挑発的というかなんというか……。


「え? 嬉しくないの? 私といるの、イヤ?」


「そ、そんなわけないだろ! イヤだったら今こうやって一緒にいないだろ?」


「そ、良かった」


 ニッコリとタツミ。

 あはは、と照れと恥ずかしさとタツミの可愛さに変な笑いしか出来ない俺。


「じゃ、明日も付き合ってね? 初詣、一緒に行こ?」


「お、おう、そうだな! ぜひ、そうしよう!」


 もう、神に怒り、神を罵り、神を呪っていたタツミはいなかった。ニコニコと俺を見つめるかわいいタツミがそこにいた。


 なんにせよ、元気になったのならそれでいい。ぶすっと不貞腐れてるタツミもそれはそれでかわいいが、やっぱり笑顔のタツミのほうが、俺は好きだな。

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