11月23日(水)
雨の午後、突然タツミからの着信。俺はスマホを手にとった。
「もしもし?」
「もしもし。今大丈夫?」
何やら不機嫌そうな声だった。タツミのふくれっ面が目に浮かぶようだ。
「ああ、大丈夫だけど」
「じゃ、そっち行くね」
それだけ言うと、タツミは通話を切ってしまった。五分後、タツミはやってきた。
「おっじゃましま~す」
もうタツミも慣れたもので、俺が案内するより早く俺の部屋へとさっさと上がり、ベッドにいきなりダイブをかましてくれた。他人の部屋とは思えないくつろぎっぷりには、ヒクよりもかえって感心するしかなかった。
「急にどうした? 俺のベッドが恋しかったわけじゃないだろ?」
俺が言うと、タツミはむっくりと身体を起こし、こちらに不機嫌そうな顔を向けてきた。
「何怒ってんだ? 俺、なんかしたか?」
「ううん、マツザキくんは何もしてない」
タツミは頭を振った。
「マツザキくん、今日が何の日か知ってる?」
「今日は『勤労感謝の日』だろ」
「そうだよ。じゃあ労働をしていない私たちは一体何に感謝すればいいの? 日々の労働に謝して政府が労働者に休みをくれるのはわかるの。けれど私たちは労働をしていないのにこの休みを享受していいものなの……!?」
ずいっ、とタツミが顔を近づけてきた。非常に真剣な顔だった。どうやらマジらしい。
「おいおい、急にどうした。一体何に目覚めたんだ?」
「私はね、マツザキくん。勤労感謝の日に、我々学生は一体どういう気持で、どんな心構えで過ごせば良いのか? それを問うているの! これがわからないと、学生の分際で勤労感謝の日という休日を享受する気にはなれないの!」
「勤労してくれている人に感謝すればいいんじゃね? 勤労感謝なんだから、勤労に感謝だけじゃなくて、勤労にまつわるいろんなものに感謝したらいいんじゃない?」
「さすがはマツザキくん……こうもあっさりと私の中の疑問を解決してしまうなんて……!」
「あ、もう解決したんだ」
「ひょっとしてマツザキくんって、天才?」
「いや、全然」
「謙遜も一流ね」
「謙遜とかじゃないが」
「照れ屋さん?」
「照れ屋でもないと思うけど、もうなんでもいいよ」
タツミは再び、今度は背中から俺のベッドにダイブした。本当に自由気ままなヤツだ。羨ましいくらいの遠慮のなさだ。それでいて俺に不快だと思わせないのが、タツミの凄いところだ。これがタケウチとかならエルボーを入れてやるところだが、タツミにはそんな気おこらない。
「なるほどー、勤労してくれる人に感謝かぁ。その発想はなかったなぁ」
勝手に俺のベッドにの転がり、勝手に俺の枕を抱きしめながらタツミがポツリと言った。自室のごとくくつろぐタツミのスカートの裾がまくれ上がり、大変なものが見えかけて、俺はそっと目をそらした。タツミめ、油断も隙もありまくりだぞ。もっと気をつけ給え。
「普段から感謝してる人間には、かえって出てこない発想かもな。当たり前すぎるんだろうな。だからそんな人にわざわざそんな日はいらないんだよ」
「私って、そんなにたくさん感謝してるかなぁ?」
「スーパーとか店の店員にいつも丁寧に感謝の言葉言ってるじゃん」
「マツザキくんだってそれくらいしてるでしょ?」
「礼儀だからな。でも、タツミは俺なんかよりもっと丁寧だよ。おばあちゃんくらい丁寧だ」
「ババくさいってこと?」
「物腰が上品だってことさ」
「ふふん、こう見えてもレディですのよ、アタクシ」
「へぇ、他人の、それも男のベッドの上で勝手に暴れまわって、スカートがまくり上がってるのにも気づかないのが、最近のレディの嗜みなのか」
タツミは慌てて上体を起こし、スカートを直して恥ずかしげに、それでいて可愛らしく俺を睨んだ。
「見たの? エッチ」
「見てないよ。俺はジェントルだからな」
俺はふふんとわざとらしく鼻で笑った。
実は嘘だった。見たわけじゃないが、本当は少しだけ見えてしまっていた。しかしそれを敢えて言わないのもジェントルの嗜みだし、また保身術でもあるのだ。
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