11月24日(木)

 放課後、校庭の花壇の前でタツミが一人ポツンと小さくうずくまっていた。


「何やってんだ?」


 俺は声をかけた。タツミがこちらに振り向き、その手に手帳とペンがあるのが見えた。


「スケッチ」


 タツミは短く言って、再び花壇に向き直った。


 後ろからタツミの手帳を覗いた。花を描いていた。なかなか上手い。プロ並みとはいかないが、なかなか味のあるタッチだ。残念ながら花の種類はさっぱりわからなかった。


「へー、なかなか上手いじゃん。タツミにそんな趣味があるなんて知らなかったな」


「ふふん。私くらいになると、花関係が似合わずにはいられないんだよ」


 ドヤ顔を花と手帳に向けたまま、タツミがいかにもタツミらしいことを言った。スケッチなんて珍しいことをやっているが、中身はいつものタツミだった。


「隣で見ててもいいか?」


 聞いてみた。


「いいよ。邪魔しないならね」


「邪魔なんかしないよ」


「たしかに、マツザキくんじゃ花の邪魔にはならないか」


「……そうだな。タツミさんには及びませんよ。タツミさんときたら、花より華やいでらっしゃる」


「照れるね」


 とか言いながら、全く照れた様子のないタツミ。俺は邪魔をしない約束を守るため、バカな話を打ち切った。横に座ってタツミのスケッチを静かに見守ることにした。


 スケッチをするタツミの横顔は真剣そのものだった。普段のバカ話ばかりのタツミも可愛らしいが、真面目なタツミはとっても美しい。手を触れたらたちどころに汚れてしまいそうな、高峰に咲く花のような、そんな清らかな横顔だ。


 しばらく、黙々とスケッチを続けるタツミを隣で黙々と見守っていると、


「ねぇ、マツザキくん、暇なんだけど?」


 突然、またタツミがわけのわからんことを言い出した。


「暇って、今スケッチしてるだろ」


「耳が暇なんだよね~」


「なんか喋れってことか?」


「そゆこと。よっ、人間ラジオ!」


「盛り上げ方下手すぎないか? そんなんでノれるやついないだろ」


 ま、とりあえず何かテキトーに話してみようと思う。


「ところでその花、なんていうんだ?」


「知らない」


「調べてやろう」


 俺はスマホを取り出した。写真を撮って、それを画像検索。結果はすぐに出た。シクラメンだった。


「シクラメンというらしい。布施明だな」


「布施明って誰? イケメン?」


「布施明は歌手だよ。人によってはイケメンと言うかも知れないな。俺は男前だと思う。シクラメンのかほりって知らないか? 昔流行った有名な曲」


「知らない。歌って」


「実は俺も歌えない」


「じゃ、なんか歌って? よっ、人間ラジオ!」


「だからその盛り上げ方、全然上手くないからな?」


 と言いながらも、歌ってみる。


「ぼーんとぅ~らーん わなびーたーふ おいるまねー ちぇけらっちょ! 君はいつだって宇宙の星 夢見る虚ろなプロミネンス 僕はただの地球の風 ふいてふかれて老けてゆく アンバランスなワイルドダンス 愛ってなんだ? ためらったりためらわなかったりしなかったりしたるするものさ」


「なにその歌?」


「俺のオリジナルソングだ。歌いたくなったらいつでも事務所に言ってくれ。印税の半分はいただくが」


 タツミがぷっと噴き出した。


「マツザキくんって、時々意味がわからないよね」


「きっと誰かさんに似たんだな」


「その人と似たもの同士、ウマが合うんだろうね」


「おそらくね」


「ね、もっと歌ってよ。今度はチビるほどロマンチックなやつ」


「難しい要求だな。でも、いいぜ。マツザキくんの辞書に不可能の文字はあっても見ないふりはできるからな」


 結局、俺はそれから五曲もオリジナルソングを歌わせられた。ミニアルバム発売も夢じゃなかったが、残念ながら録音もメモもとっていないので、二度とは再現できない幻の曲となってしまった。タツミと俺しか知らない、しかも俺たちでさえ正確には思い出せない、この時、この瞬間限りの歌だった。


 それはきっと恋に似ている……なんてのは、ちょっと無理があるかな……?

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