11月19日(土)

 休日。ということで、最近は行けてなかった図書館に行くことにした。


 その道中、タツミとばったり出会った。


「ごきげんよう、マツザキくん」


「ごきげんよう、タツミさん」


 タツミが恭しく、お嬢様チックな挨拶をしてきたので、俺もそれにならった。礼には礼で返す、それが俺さ。


「どちらへおでかけあそばしますの?」


 まだこの変なお嬢様ノリを続けるらしい。


「図書館に行きますわよ」


 俺の非常に滑稽なエセお嬢様言葉にタツミは噴き出した。


「それ、変ですわよ? マツザキくんは本当になってませんわね」


「ほほほ、庶民生まれ庶民育ち、庶民そうなヤツは大体友達でやってきましたのよ?」


「あなたにお似合いですこと。おほほほ」


「おほほほほ」


「おほほほほほ」


「……」


「……」


 わけのわからんノリはこれにて閉幕。俺は図書館へ向かい、タツミは多分家に帰っていった。


 その約三十分後、タツミと再び相見あいまみえた。


「来ちゃった」


 まるで親の反対を押し切って、一人暮らしの恋人の家に転がり込んできた箱入り娘のようなはにかんだ顔で言うもんだから、俺は思わず噴き出してしまった。


「なんだよそれ」


「ふふん、キュンときたでしょ?」


「いや、面白かった」


「えぇー、オスカー並の演技で男心くすぐってやろうと思ったのに!」


「おいおい、図書館は騒ぐところじゃないよ」


 それからタツミと一緒にぐるりと図書館を一周して、俺はいくつかの本を手に、ほんの無尽貸出機のところへ向かった。


「タツミ、俺は借りた本を外で読むつもりだけど、どうする?」


「へー。なんで?」


「今日はいい天気だからな。冬入り前の日光浴にはベストだと思って。図書館は日光が入りにくくなってるからな。知ってるか? 冬はビタミンDが欠乏しやすいそうだ。だから今のうちに日光を浴びておくのがいいんだそうだ」


「さっすがマツザキくん、物知りだねぇ。物知りマッツ、って呼んであげる」


「死ぬほどダサいからヤメて」


 俺とタツミは本を借りて外へ出た。俺は十冊ほど借りたが、タツミは一冊しか借りてなかった。『人類の歴史』というタイトルの分厚くデカいハードカバーだった。


「タツミ、そんなの読むのか」


「いーじゃん、何読んだって」


「けなしたわけじゃない。タツミにしては凄くアカデミックなもの読むなぁ、って思ってさ」


「タツミにしては、って何?」


「言葉のアヤってやつだ。早い話が感心したってことだよ」


「ふふっ、普段はバカなこと言ってても、意外と知的なレディなのよ。どう? かっちょいい?」


「バカなこと言ってる自覚はあったんだな」


 でも、タツミが知的な女の子であることは前々からわかっていた。テストの点もそうだし、会話をしてても頭の回転の速さがそこはかとなく感じられる。それに顔もかわいくて知的だ。顔はあんまり関係ないな。


 家の近所の公園のベンチで、二人して本を読んだ。木のすぐ下で、適度に陰になっているから日光が本に反射することなく、とても読みやすいポジションだ。俺はクルマ雑誌のバックナンバーを開き、タツミは例の『人類の歴史』を開いた。


 クルマ雑誌を読みながら、俺はチラチラ隣のタツミを盗み見た。じっとして喋らず本を読んでいるタツミの姿は清楚で物静かな文学少女に見える。本がカバーのかかった文庫本ならそのイメージに完璧だった。だが、巨大なハードカバー文学少女も、それはそれで悪くはない。


 タツミがふと、俺の方を見た。目が合った。


「マツザキくんって車が好きなんだ?」


「うん、そうだよ」


「じゃあ、将来は車になるんだね?」


 ニヤッとタツミは笑って言った。


 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、そして口を開けばタツミさん。


 本当にこの女の子は俺を飽きさせてくれない。

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