11月14日(月)

 昨日が文化祭だったので、今日は振替休日だ。両親はいつもどおり仕事に行ったので、家は今朝から俺一人だった。平日の朝、一人でリビングにいるのはなんとなく変な感じがした。


 そのとき、チャイムが鳴った。インターホンのカメラに私服姿のタツミが映っていた。手にビニール袋を持っている。

 会う約束なんてしていなかった。ひょっとしたら来る前にスマホの方に連絡してくれたかもしれないが、スマホは部屋に置いてしまっている。とりあえず、玄関に向かい、ドアを開けた。


「や。来たぞ」


 タツミは小さく手をあげて言った。『来たぞ』には『来てやった』のニュアンスが多分に含まれている言い方だった。


「急だな。別に頼んでないけど?」


「頼まれる前に、察して先回りして来てあげるのが本当の武士でしょ?」


「まったく意味わかんねーよ」


 ま、別に来てもらって困ることもない。むしろ暇を持て余していたので大歓迎だった。朝のワイドショーを眺めるという専業主夫体験にはもう飽き飽きしていた。早速、タツミには部屋に上がってもらった。


「ところで、昨日はメイドだったのに今日は武士なのか?」


 部屋に入るなり、俺は開口一番昨日のことをイジってやった。軽い挨拶程度のジャブのつもりだったが、途端にタツミは顔を真赤にした。


「うっ……。そ、そのことなんだけど、一つお願いがあるんだ……」


「お願い?」


 俺はあったか~いお茶を出しつつ、先をうがかった。


「うん……。昨日、私のことカメラで撮ったでしょ? アレ、消してほしいんだけど……」


「なんで?」


「なんでって……だって、恥ずかしいじゃん……」


 ゴニョゴニョ言いながら顔を真赤にして目線を合わせないタツミ。


 俺は思わず吹き出しそうになった。昨日あんなにノリノリだったくせに、一日経ったらこの変わりようは驚きを通り越して面白い。笑ってしまいそうになったが、タツミは本気で恥ずかしそうにしているので、そこはグッと堪えた。


「どういう心境の変化なんだ? 昨日はあんなにノリノリでハシャギまくってたのに。大体写真だって、俺から頼んだわけじゃないぞ? そっちから他のコスプレ連中と一緒に撮れ撮れってうるさかったんだからな?」


「わかってる……。自分が悪いのは重々承知しております。昨日のは一夜の過ちだったの……。認めたくないものでしょ? 若さゆえの過ちなんて……」


「そんな大層な話かなぁ……?」


 たしかに過激なコスプレだったとは思う。それが今になって恥ずかしいと思うのもよくわかる。でも、それも青春といえば青春だ。別に変なセクシーショットを撮ったわけでもないし、おバカな青春の一ページの範疇におさまるていどのやつだ、と個人的には思うのだが。


 それでも当の本人が嫌がっているなら、消してあげるべきだろう。俺は机の上のスマホを手に取り、画像のフォルダを開いた。


 改めて一覧を眺めていると、かなり量だった。俺が撮った(撮らされた)ものだけでなく、コスプレ連中が俺のスマホで勝手に撮った大量の写真が全体の多くを占めていた。適当にパラパラと眺めていると、


「……!?」


 連中が勝手に撮った中に、物凄くキワドク、危険でセクシーなのがいくつかあった。もうそれは一歩間違えればR18になってしまいそうなレベルのとんでもないやつだ。俺は驚愕と興奮に目を見開き、それらを凝視することを止められなかった。本能が急加速してしまった。


「ねぇ? 消してくれた?」


「ん? あ、ああ……今消してるとこ……」


 俺は消しながらも最重要シークレットスペシャル俺お気に入りサービスショットは別のフォルダへと避難させる。これらを消すことは人類への冒涜だ。こんな美しく素晴らしい女神たちがいたことを人類は歴史に残さなければならない。俺にはその使命がある……!


「ねぇ? 本当に消してる? なんか長くない?」


「……そんなことないぞ」


「嘘が下手だな、マッツン!」


 突然、タツミが俺のスマホを素早くひったくった。


「あ゛! やめろ!」


「やめない! 確認させてもらう!」


「タツミ、思春期の男の子のスマホには、決して女の子には見せてはならないものがたくさん眠っているんだぞ!? それはなんなら君すら傷つけかねない危険物なんだ! だから早くやめろ! 俺は君の身を案じているんだぞ! 優しいマツザキくんの言葉を信じられないのか!?」


「信じられない。だってマツザキくん、さっきからスマホを見ながらニヤニヤしてたもん」


「うぇッ……!?」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。


 そして、ついにそのときが来た。


「あー! やっぱり私の写真隠してる! この変態! スケベ! 詐欺師! 痴漢! ◯◯魔! ✕✕野郎!」


 俺のシークレットフォルダを見つけたタツミから、容赦のない罵声が飛ぶ。


「ちょっと言いすぎじゃね……?」


「言いすぎじゃないよ! あんな画像やこんな画像まで残しちゃってて……他の人に見られたらどうするの? もしマツザキくんが大人になってから電車で痴漢行為で捕まって、スマホの中見られたらどうするの? 別件逮捕もあるよ? 未成年のこんな画像やあんな画像持ってたら、大変なことになるよ?」


「うぐぅ……ってちょっと待て! その画像のほとんどはお前らが撮ったやつだ! 俺が撮ったのは健全なものばかりだし、過激なヤツはみんなそっちの責任だろ!? なんで俺ばっかそんな責められにゃならんのだ!?」


「だから今、責任を果たしに来たんじゃない。私だって、マツザキくんを犯罪者にしたくないからね。知ってる? 児童ポルノは単純所持もいけないんだよ?」


「児童ポルノってほどのものは持ってないと思うが……」


「でもダメ! 私のだけならともかく、他の女の子のは絶対にダメ!」


「……その言い方だと、タツミのは消さなくていいってこと?」


「今はなんでもダメ! 写真は私が大人になってからね。どうしても見たいなら、また今度してあげるから」


「え……? え……? え……?」


 今、タツミはなんて言った……?


「よし! 画像も動画も全部削除完了! じゃ、返すね!」


 タツミは俺の手のひらにスマホを置いた。


「ふぅ、一仕事終えたあとのお茶は美味しいね~」


 もう、いつもどおりのタツミになっていた。座布団に座り、用意したお茶をごくごく飲んでいる。


 そんなことより、さっきのタツミの言葉が気になって仕方がない。今もタツミの言葉が頭の中をグルグル回っていて、それどころじゃなかった。


 『どうしても見たいなら、また今度してあげる』って言わなかったか?


 あの可愛いタツミが、あの美しいタツミが、あの素晴らしいタツミが、俺のためにあの格好をしてくれる……!?


 目の前の美少女と、昨日のタツミが頭の中で重なる。今、目の前のタツミの服装が頭の中で自動的に昨日のコスプレ姿へと変換される。


 コスプレタツミさんが、俺の部屋でくつろいでいる。なに人の部屋でそんな格好して取り澄ましたフリしてお茶飲んでるんだ? 男は狼なんだぜ? 気をつけなさい。俺は紳士だが狼紳士だぜ?


 タツミがこっちを向いた。ちょっとはにかんだように笑う。湯呑をテーブルに置くと、四つん這いで俺に近づいてきた。やめろ馬鹿。その服、胸元ガバガバなんだから、そんな風にすると見えちゃうだろ。


 だがタツミはお構いなし。こいつ、ひょっとして誘ってるのか? 朝っぱらからお盛んにも程があるぞ? ま、俺としてはそれも悪くないけど。タツミはそのまま俺の目の前にやってくるとぷっくりとした唇をそっと開き、


「あれ? どうかした? なんでこっちじっと見てるの? 顔になんかついてる?」


 と言った。それで俺は我に返った。


「えっ!? いや、それは――」


 タツミの意味深なセリフのせいで妄想と現実の境界を見失っていた、なんて言えるわけもなく、


「ほら、まだ朝だから、ちょっとボーッとしちゃってさ! 休みの日の朝ってなんか眠くない?」


「ふぅん、そっか」


 とりあえず誤魔化した。冷や汗を拭きつつ、内心で安堵のため息をついた。


 しかしタツミ、どういうつもりで『また今度してあげる』なんて言ったんだろ……?


 言葉通りの意味で受け取っていいのだろうか? それともジョークかギャグの類の軽口か?


 その真意を質すタイミングは既に逃してしまっていた。この日はずっと、せっかくの休日なのに悶々とした気分で過ごさなければならなかった。


 おのれタツミ、やってくれるぜ……。

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