11月13日(日)
「いらっしゃ~い!」
本日は文化祭。タツミに呼ばれて彼女の教室に行くと、教室のドアの前でメイド姿のタツミが待ち構えていた。
「お、お前……!」
ただのメイドではなかった。うさ耳ミニスカ胸元激開き眼帯ルーズソックスメイドだ。一言で言うならセクシーだ。俺は驚愕に目を見開き、思わずタツミをつま先から頭のてっぺんまでマジマジと見てしまった。
「どう? 可愛いでしょ?」
目の前でくるりと回って見せるタツミ。もちろん可愛い。だが、正直に可愛いと言うのは照れる。なんせ見ているだけでもこっちが照れてくるほどなんだから。
「可愛い……けど、要素盛りすぎじゃね?」
「クラスの皆で持ち寄ったらたくさん集まっちゃって、たくさんあるなら使わないともったいないじゃん? だから」
「ほ、ほぅ……?」
正直なところ、話があまり頭に入ってこない。そんなことより、どうしてもタツミの要素ゴツ盛りコスプレに目と思考と全神経の全集中が奪われてしまう。おそるべきコスプレタツミさん。
「こんなところじゃなんだから、さ、入りましょ、マツザキくん?」
小首を傾げ、ちょんと片足を上げ、指を顎に当てて可愛らしいポーズのタツミさん。普段なら絶対見せないような仕草に俺の萌えボルテージも急上昇中。興奮しすぎて、もはやどうしていいかわからない。顔が赤いのが自分でもわかる。
「ほら、行こ」
タツミの手に引かれて、俺は教室へと入った。
教室の年季の入った扉を抜けると、そこは桃源郷であった。
というか疑似キャバクラだった。机や椅子を上手く使い、キャバクラのブース席風に拵えられた客席と、妖しげな照明がキャバクラを演出していた。教壇がバーカウンターになっていて、黒服たち、つまり男子生徒が飲み物を作っていた。席には男性客と盛り過ぎなコスプレをした女性スタッフ(女生徒)が飲み食いしながら談笑していた。黒板が存在しなければ、ここが学校の教室であることを忘れてしまいそうだった。
当然の話しだが、もちろん俺はキャバクラに行ったことはない。あくまでも漫画とかの知識でしかないが、俺の目にはキャバクラとしか映らなかった。
タツミの手に引かれながら、周囲を見回した。どこの席を見ても、可愛い女の子たちばかりだった。クラスが違うとはいえ、同じ学年だからおそらく廊下とかですれ違ったことがあるはずで、顔を知っているのもいるはずなのだが、どこを見ても知った顔はいなかった。おそらく化粧とコスプレが女の子を女へと変えたのだ。
タツミだって、俺は普段からよく話しているから気付いたが、よく見ればいつもと雰囲気がぜんぜん違う。大人っぽくもあり、エキセントリックでもある。
眼鏡スク水ナース、登山悪魔OL、血まみれブルマ魔女、マスクドエプロンポリス、スパイク天使スチュワーデス等々、ミックスコスプレのオンパレードだった。
しかしこんなイカれたコスプレキャバクラを、よく教師は許したものだ……。
と、思っていると、道中の席で社会科教師のカツマタが二刀流マーメイドに傅かれ、顔の半分が鼻の下になるくらいデレデレしていた。なるほど、教師は既に篭絡されているのだ。教師なんだからしっかりしろよとは思いつつも、同時に『よくやった!』と褒めてやりたい思いもある。
俺は奥の席に連れて行かれた。そこは暗く、なんとなく妖しく淫靡な雰囲気だった。
「何飲む? コーラ? サイダー? ファンタ? ウーロン茶? それとも、ア・タ・シ?」
「そこでタツミ、って言ったらどうなるんだ?」
「私のおすすめを持ってくるよ。ちなみにウーロン茶ね。原価安いから」
「しっかりしてんなぁ……。じゃあコーラで」
「は~い、じゃちょっとまっててねぇ~」
タツミはケツをフリフリ、バーカウンターに行ってコーラを持って帰ってきた。氷が山盛り入ってる。少しでも多く氷を入れることによって原価を安くしようとしてるのかもしれない。たかが文化祭なのに本気で儲けようとしているのだろうか……?
とりあえずストローで一口のんだ。キンキンに冷えててまぁ美味い。だが、ほっといたらすぐに薄くなってしまうだろう。俺はハイペースで飲むことにした。
「マツザキさんって何してる人ですか~?」
「知ってるだろ。知人相手にマニュアルトークするなよ」
俺は思わずコーラを噴きかけた。
「え~マニュアルトークとか知ってるんだ~すご~い」
「なりきってんなぁ……」
「それが仕事だからね」
スンッといつものタツミに戻った。
「急に素に戻るなよ。高低差で耳がキーンてなるわ」
「マツザキさんっておもしろーい! ひょっとして、お笑いの方?」
「なわけねーだろ」
「よく見たら細マッチョですよね~? スポーツとかされてるんですか?」
「別に細マッチョじゃないと思うけど、ま、一応野球やってたよ、結構前の話だけど」
「え~すご~い! 野球ってクリケットから派生した米国発祥のボールとバットを使ったスポーツで、アメリカのMLB、通称メジャーリーグの最低年俸はン十万ドル、最高年俸は四千万ドルを超えるビッグスポーツであり、本邦でも子供から大人まで、草野球からプロ野球まで幅広く愛され、夏には高校生が甲子園で熱い戦い繰り広げ、庶民スポーツのくせにルールブックが分厚くて難解な部分もあったりして、ときには不祥事が取り沙汰されるあのスポーツですよね! かっこいい~すてき~。私ぃ~野球って全然知らなくて~よかったら教えてください~」
「何が『全然知らない』だよ。めちゃめちゃ詳しいじゃねーか」
「きゃー、ツッコミも鋭くてかっこいい~」
「もうそこまできたら逆にバカにしてるように聞こえるんだが……」
しかし、なんだかんだ言いながらも、俺はわりとこれを楽しんでいた。気がつけばコーラも三杯飲んでしまっていた。コーラは一杯百円。リーズナブルに思えるが、氷満載だから実際のところ文化祭の喫茶店としては割高だ。
だが、喫茶店ではなく、女子高生キャバクラと考えたら物凄く安いと言える。実際のキャバクラには行ったこともないし、料金体系も詳しくないが、おそらく会計が数百円で済むなんてことはないだろうし。
話の流れから、タツミが我がクラスの出し物『トンネル迷路本番バージョン』に今から挑むことになった。席を立つと、おもむろにタツミが腕を絡めてくる。
「お、おい、なんだ急に……」
「アフターってこういう風にするんでしょ?」
「いや、知らないよ……」
「マツザキさんでも知らないことってあるんですね~」
「まだやるのか……。知らないことだらけだよ。タツミにこんな面があるなんて、今初めて知ったし」
「惚れちゃった?」
「俺は普段のタツミの方が好きかな」
「え~」
会計を済ませてタツミのクラスを出る。タツミは絡めた腕をそのままに付いてきた。
「ちょ、ちょっと待て。タツミ、|うさ耳ミニスカ胸元激開き眼帯ルーズソックスメイド《そのかっこう》で行くのか!?」
「だって着替えるの面倒くさいじゃん? それに可愛いし?」
「マジか……」
うさ耳ミニスカ胸元激開き眼帯ルーズソックスメイドと一般男子高校生。周囲にコスプレしているのも少なくはないが、タツミのは過激を通り越して奇異だ。つまり目立ちまくりの浮きまくりだ。
「文化祭だし、いいじゃん?」
タツミが笑った。格好はイカレてるが、その笑顔だけはいつもどおりのタツミだった。俺はもう苦笑するしかない。
「そういうもんかもな……」
納得したわけじゃない。だけど、こんなタツミが見られるのも今日だけだ。毎日なら困るが、たまにならこんなのもアリなのかもしれない。
周囲のものすごい目線の的になりながら、うさ耳ミニスカ胸元激開き眼帯ルーズソックスメイドと一般男子高校生のアンバランスコンビは廊下をゆく。
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