11月12日(土)
ついに我がクラスの文化祭の出し物『トンネル迷路』が完成した……!
別に、
本日は文化祭準備期間の最終日だが、午前十時にして、既にもうやることがない。クラスの皆は完成したトンネルで一通り遊び、改善点を出し合っては改良を重ね、改良されたトンネルで何度も遊びまくり、ついには遊び疲れて帰ってしまっていた。
クラスの皆が帰るのに異論もなければ何の問題もない。完成した後は明日の本番まで何もすることがないのだから。
『トンネル迷路』のある空き教室に俺が一人残ったのは、ちょっとした用事があるからだった。
その用事というのが、
「おっす! マツザキくん!」
こいつだ。今、ガラッと勢いよく教室のドアを開け、迷路の入り口に張った暗幕を暖簾のようにかき分けて入ってきた女の子。タツミだ。
「お、来たな。ちょっと待て、それ以上入ってくるなよ」
俺はタツミをそっと押して、教室の外へと追い出した。
「なんで?」
「暗幕の向こうはいわゆる裏側だからな。裏側見ちゃったら、タネがばれちゃうだろ? タネが割れてる迷路なんて面白くないからな」
「そりゃそうだ」
ウンウンうなずくタツミ。
「じゃ、俺は裏にいるから、今度は迷路の入り口から入ってきな」
暗幕の裏に下がろうとする俺を、タツミの手が引き止めた。
「ねぇ、一緒に行こうよ? こういうのは二人で行った方が楽しいよ?」
「……ひょっとして、恐いのか?」
「ま、まままま、まさか! そんなわけあるわけなかとばい! こんな高校生が手作りで作った迷路なんて、どこに恐い要素があるねん! まんねん! ほんまやで~! だべした!」
「どこの人だよ」
俺が一緒に行くと、裏にはもう誰もいないからいくつかのギミックが作動しない。が、それは明日の本番のお楽しみでいいだろう。今はわけのわからんことを言って、目をイルカのように泳がせているタツミを観察するほうが面白いに違いない。いや、絶対そうだ。
「わかった。一緒にいってやるよ」
「そうこなくっちゃ!」
「じゃ、どーぞ」
俺は入り口を指さした。
「マツザキくんが先じゃないの?」
「タツミ、この世の中に大事な言葉が一つある、それは『レディーファースト』だ。俺は紳士なんでね」
「……で、でも私ってほら、一歩引いて男性を立てるタイプだから。奥ゆかしき古き良き日本の貞女だから。大和撫子なんだから」
「本当は恐いんだろ?」
「こ、ここ、こ、恐くなんかないって……!」
「だったら、つべこべ言わずさっさと行けよ。高校生の作ったやつなんて恐くないんだろ?」
「う、う~……」
変なうめき声をあげながら、ようやくタツミが迷路へと入っていった。俺は少し間を置いてから後をついて行った。
「ねぇ! ちゃんと付いてきてる!? ねぇ、どこどこ!?」
「ちゃんといるから安心しろって」
「ほんと~? ほんと~?」
「ほんとだって」
まさかタツミがこんなに恐がりだとは思わなかった。俺にとってこの迷路は自信作には違いないが、それでもたかが高校生の手作り迷路をまさかこんなに恐がるとは。
それからもタツミは騒ぎまくり。
「うひゃあ~! なんかいたぁ!」
「なにもいないって」
「あ~! なにいまの!?」
「なんでもないって」
「え? どこどこ? ここどこ?」
「安心しろ。迷路ってそういうもんだ」
「出られなくなったらどうしよう!?」
「んなわけないだろ」
ずっとこんな感じで怖がってくれるから、俺もついつい魔が差してしまう。俺はこっそり裏道から迷路を抜け出した。裏道とはバイパスだ。このバイパスは着脱可能になっている。いくつかのバイパスを着脱することによってルートが変わるという仕組みで、なんども遊んでもらうための工夫だ。俺はそれを製作者側の裏技を使って悪用した。
「ねぇ~、マツザキくん~、これちょっと難しくない~? 子供とか迷子になっちゃうんじゃない~?」
俺はあえて答えない。無言で通す。
「ま、マツザキくん? ねぇ、聞いてる? え? そこにいるよね? マツザキくん? ちょっとバックしますよ~? あれ? どこ? ねぇ!? 返事してよ!? おいぃ! マッツン! あ~! 恐いよ~! 意地悪しないで~! 出てこいよ~! ああ~~~!!!」
騒ぐ騒ぐ。暴れる暴れる。タツミのいるところがどったんばったん大騒ぎ。あんまり派手に暴れられるとダンボール製の迷路は簡単に壊れる。俺は慌てて止めに入った。
「待て待て! 落ち着け! 俺はここだ!」
俺はダンボールの外側からタツミを抑えつけようとした。
「ぎゃー! 壁が襲ってくる!」
逆効果だった。さらに暴れるタツミ。
「タツミ! 暴れるな! 壊れるから! そこで待ってろ! 今すぐ行く!」
俺はバイパスから侵入し、タツミのところへ向かった。ところがタツミが見つからない。さっきまで暴れていたタツミの気配すらない。
「あれ? タツミ……? どこいった?」
返事はない。声がないと、この迷路はとても静かだった。静かになると急に暗さも意識してしまう。暗く静かで狭い空間。恐怖の迷路に相応しいシチュエーション。
「お~い、タツミさん……?」
やはり返事はない。だんだん不安になってきた。それはホラー的な意味合いではなく、リアルな心配だった。彼女の身に何かあったのではないかと思うと恐くなってくる。
「タツミ? タツミ? おい、返事しろよ!」
俺は暗い迷路を当てども無く彷徨いながらタツミを探した。だが、見つからない。いよいよ本格的に恐くなってきた。
と、そのときだった、俺のケツを冷たい何かが触れた。
「あぎゃッ!?」
「あばッ!?」
俺は悲鳴を上げた。同時にタツミの悲鳴もケツの方から聞こえてきた。
「タツミ!?」
「ぎゃー! 恐がらせないで!」
「いや、それはこっちのセリフだ! つーか暴れるな! 壊れるだろ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……! 恐い! 恐い! 恐い!」
「よせ! 止めろ! 絡むな! 抱きつくな! 締め付けるな! むしろお前が恐いわ!」
くんずほぐれつ、絡み交わりもつれる俺たち。恐怖とパニックでもうめちゃくちゃ。俺はなんとかタツミを宥め、手を引いて迷路を脱出した。
一息ついてタツミに聞いた。
「途中、返事なかったけど、どうかしたのか?」
「う~ん、実はね……マツザキくんを驚かせようと思って……散々恐がらせてくれたから、その復讐にね」
「なんだそれ……。だからってタツミ、人のケツに冷たいものぶつけなくったっていいだろ」
「え? なにそれ? 私そんなことしてないよ」
「いやいやいや、だってさっきケツになんか当たったぞ?」
「私、本当に知らないんだけど……」
「……」
この件については、あまり詰めないほうがいい気がした。俺の勘違いで終わらせるほうがいいだろう。やぶ蛇という言葉もある。下手なことを聞いて、恐るべき事実にぶち当たってしまわないとも限らないし……。
「そ、それにしても、めっちゃくちゃ怖がってたよな! たかが高校生の作った迷路なのに!」
俺はあえて明るい調子で話を変えた。
「実はね、今まで恥ずかしくて言わなかったけど、閉所恐怖症なんだ……」
タツミははにかむように笑った。
「そんな大事なことは前もって言っておいてくれよ。そんなに恐いなら無理して入ることなかったのに」
「だって言ったら、マツザキくん、入れてくれなかったでしょ? 私、マツザキくんとどうしても一緒に入りたかったから……」
珍しくしおらしいタツミ。恐怖体験の直後のせいだろうか。
しかし、それでもタツミの可愛らしさは健在だ。いつもと少し違ったその様子も結構ストライク。そんなタツミに俺はもう苦笑いするしかなかった。
まったくタツミってやつは可愛くて、まったくしょうがないやつだ。
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