11月6日(日)
「キエ~イ! マツザキ殺しチョップ!」
と、背後から物騒だが可愛らしい奇声。同時に後頭部にポン、とほんの軽い衝撃があった。
こんなことをするのは俺が知る限りじゃ一人しかいない。タツミだ。声と行動でわかる。わざわざ振り向く必要すらない。
「フフフ……」
あえて振り向かず、不敵に笑ってやった。
「な、なにがおかしいッ……!?」
タツミもノリノリだ。ま、タツミが撒いた種なので、冷静に突き放されても困るが。
「タツミ、俺の後頭部を捉えたつもりか? 間違っているぞ。それは残像だ」
「質量を持った残像!?」
「フハハ、怖かろう! さて、次は俺の
「なにィ!!!」
「<
「私は美少女属性……! 合計2000ポイントダウンだとぅ……!?」
「そういうことだ! さぁ、覚悟しろ! 地獄に落ちる覚悟をな……!」
「くぅッ……!」
逃げ出そうとするタツミ、しかし、
「逃さん! お前は死ぬのだ! 今! ここでぇッ!」
俺はタツミの背に飛びかからん勢いで跳躍、その後頭部めがけて、
「ひっさーつ! シャアイィニングゥ……チョッパァーーーーッッ!!!」
至極ソフトで優しくスローリーに、タツミのサラサラの髪に覆われた後頭部にチョップをかました。ポン、てな感じで。
「ぐわぁ……! やーらーれーたー……」
よろよろと、タツミは一回転、二回転、三回転し、ペタンと膝をついた。上目遣いに俺を見て、怪しげな微笑を向けてきた。
「ふふふ……。これで勝ったと思うなよマツザキくん。たとえ私がここで滅びても、第二、第三の悪魔王がいずれ再びこの世界に降臨するだろう。そのときに私はこの世界が滅ぶさまを地獄から眺めてくれるわ! わーっはっはっはっはっは……ぐふぅ……」
タツミは血を吐いて(笑) 買い物かごを取り落として倒れた。邪智暴虐にして覇道の魔王、タツミは死んだ。この瞬間、世界にはたしかに平和が訪れたはずだった。しかし俺の心には、なにか晴れない嫌な予感めいたものがわだかまっていた。断末魔のタツミの声が未だ耳について離れなかった……。
なんて冗談はさておき、
「おい、タツミ……」
「……なぁに?」
「いつまでそうしてるつもりだ?」
「まだ余韻があるかな? って」
「余韻もクソもないんだよ、こんなところで」
現在時刻、午前九時十五分。ここは地元スーパーの一角。いい年した高校生の男女が、長々とおかしな遊びに興じるべき場所じゃない。朝一なので客は少ないとはいえ、一応人の目もあるわけだし。
「ほら、もういいだろ? もう充分付き合ってやったんだから」
「あー、なにその言い方!? 自分だってノリノリだったくせに!」
むくりと起き上がり、さっき落とした買い物かごを手に取った。
「はいはい。じゃ、とりあえず買い物しようぜ」
「ぶー。あれだけやっときながら自分だけ大人ぶっちゃって……」
「俺が大人ぶってるんじゃない。タツミが子供っぽすぎるだけだろ」
「ぐぅ、それは言い返せない……! ロジハラだ! 女の子を正論でイジメて楽しい!?」
「正論だとわかってくれて嬉しいよ。だが一つ訂正させてくれ。俺は女の子を正論でイジメても決して楽しくない。タツミを正論でイジメるから楽しいんだ」
「ヒドい!」
朝のスーパーで遭遇戦を終えた後はタツミと一緒に買い物をした。さっきのノリが嘘のようにフツーの買い物だった。
だが、別れ際にタツミが、
「こうやってスーパーで一緒に買い物すると、なんだか夫婦みたいだよね?」
なんてことを微笑んで言った。よくこんな照れくさいことを茶化しもせずに言えるものだと、俺は内心で照れまくりながら感心した。
「夫婦はスーパーであんな茶番繰り広げたりしないだろ」
「なんでー? そういう夫婦がいたっていいじゃん。マツザキくんて意外にカタいところあるよね」
「よくない。それに男はカタい方がいいだろ?」
「あ、それ下ネタ」
「いや、そんなつもりじゃ……」
なんて会話をしながら途中まで一緒に帰った。タツミといると本当に飽きない。つくづくそう思わせられる日曜日の朝だった。
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