11月7日(月)
立冬です。寒暖差が激しい今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか? 俺は絶賛、鼻ジュルジュル中でございます。特に冷え込む明け方なんてくしゃみと鼻水で大変なことになっとります。
風邪かな? と思ったが、体調は別に悪くないし、熱だってない。これって一体なんなんだ? 花粉症かな? そう思って調べてみたところ、こんなものを見つけた。
『寒暖差アレルギー』。そんなものがあるのだそうだ。アレルギーとあるがアレルゲンによる反応ではなく、鼻の血管が寒暖差で収縮することによって鼻の粘膜が腫れるということらしい。
『寒暖差アレルギー』を対象とした薬もなく、病院に行っても対症療法くらいしかないとのことだ。命にかかわるような病気じゃないらしいので、とりあえず今日のところは鼻水垂らしながら学校へ行った。
学校についた。今日は比較的朝早く出たので、校内にまだ人影が少ない。マイクラスのある四階の廊下の水飲み場にタツミがいた。
「お……」
おっす、タツミ、と言おうとして、最初の一文字で声が止まってしまった。タツミが俺の知らない男と話していたのがわかったからだ。しかもイケメン。とっさに俺は教室の角に隠れてしまった。意図したことじゃなく、本能的反応だった。
隠れてやることと言えば、盗み見や盗み聞きだが、それはストーカーの所業で恥ずべき行いだ。まともな人間のすることじゃない。
そんなこと百も承知のはずなのに、俺はストーカーのごとく二人の様子をうかがった。廊下に他の人間の気配が感じられなかったせいかもしれない。あまりにスパイ行為に適した環境が整っていたので、つい魔が差してしまった。
タツミが俺以外の男と楽しそうに話をしている。しかも、まだ人気のない早朝の学校で。謎のイケメンとタツミを清らかな冬の陽が包んでいる。美男美女だから絵になる。俺の心中はだんだんと波立ってきた。
二人は当たり障りのない学校生活の世間話に終始していた。男は長身に似合わず柔らかで落ち着いた声と話し方で、いかにも好感の持てるタイプだったが、そこが俺には非常に気に食わない。
しばらく二人の話を聞いていると、俺はようやく謎のイケメンの正体がわかった。イケメンはバスケ部のホープで、イケメンが故に学年の枠を超えて上級生からも熱っぽい目を向けられているとすこぶる評判のコバヤカワ君だ。
今日という今日まで、俺は別段コバヤカワ君に対して、無味無臭の空気と同じくらいなんの感想も興味も持たなかったが、今の俺の心の中には憎しみめいた感情が芽生えてきた。
言ってしまえば
そのとき、背後から不意に声をかけられた。
「はーい、マツザキくん」
ウンノだった。口からピンクの風船ガムを膨らませて、割った。それがウンノ流の挨拶らしい。
「お、おう、ウンノ……」
スパイ活動を見られちゃバツが悪い。ぎこちない挨拶になってしまった。
「面白そうなことしてるね?」
ウンノが俺と同じように角からタツミとコバヤカワ君を覗き込んだ。
「は~ん、なるほど……ね?」
意味深に微笑むウンノ。寒い朝にウンノの微笑みは凍てつくような鋭さがある。
「……なにがなるほどなんだよ」
「安心して、私がいるから」
「どういう意味?」
「見てればわかるから」
「見てればって……」
今日のウンノはいつにも増して意味深だ。
「彼、私に気があるから」
「えっ……」
意味深ウンノさんは角から出て、タツミとコバヤカワ君のところへ割って入っていった。
「はーい。タツミさんコバヤカワ君」
二人に軽く手を振るウンノ。
「ウンノさんおはよ~」
手を振り返すタツミ。
「あ、う、ウンノさん……! お、おはよう!」
コバヤカワ君の様子が変だ。さっきまで普通だったのに、急に落ち着きがない。なんだか顔も赤くなってるし……。
「ねぇ、コバヤカワ君、私、なんだか喉が渇いたなぁ……」
「あ、じゃあ、良かったら僕が奢るよ!」
「えー、いいの? コバヤカワ君ってやさしー。頼りになるんだね。じゃ、行きましょ。またねタツミさん」
ウンノはおもむろにコバヤカワ君の腕に自らの腕を絡ませると、二人してさっさと自販機の方向へ去っていった。去り際にウンノがチラッとこちらを横目で見て、いつもの妖しげな微笑みを向けてきた。俺は唖然としてそれを見送るしかなかった。
「マツザキくん、おはよう!」
振り向くと、タツミ。
「お、おう、おはよう、タツミ……」
「ねぇ、今の見た? ウンノさんとコバヤカワ君、ひょっとしたら付き合ってるのかな?」
「さ、さぁな……?」
それは俺にもわからない。ウンノの口ぶりからすると、付き合っているわけではなさそうだが……。
唯一わかることは、ウンノはやっぱりミステリアスで、なんとなくデンジャラスな女の子、ということくらいだった。
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