11月

11月1日(火)

 今日も今日とて文化祭用のダンボール集めだ。

 しかし、トキさんは体調不良で不参加だ。本人は大丈夫だと言っていたが、午後の授業からダルそうにしていたので大事を取って帰らせた。


 なので、今日は俺とタツミの二人きりだった。俺たちは雨の中、傘をさしてダンボールを譲ってくれる店を巡った。


 冷たい雨だった。秋が終わろうとしている。季節の変わり目の、冬の始まりの雨だった。こんな冷たい雨の中、トキさんを長い間拘束するわけにはいかない。健康体にも結構堪える冷たさだった。


「寒いね~」


 チャリを漕ぎながらタツミが言った。タツミには珍しく弱気な顔だった。本当に寒いんだろう。俺も雨に濡れた手や足に冷たさを感じていたが、まだ耐えられる程度ではあった。が、女の子に無理をさせるわけにはいかない。


「そうだな、今日はちょっと早いけど、もう切り上げるか。まだ文化祭まで日があるしな」


 本日のダンボール集めは一時間ほどで終了した。学校に戻り、濡れないようにビニールシートで包んだダンボールの荷解きをしたあと、教室で靴下をかわかすタツミを置いて、俺はひとっ走りコンビニに行って、暖かいお茶と肉まんとカイロを買ってきた。


 教室に戻ると、タツミが俺の机に腰掛け、素足をプラプラさせていた。


「飲み物買ってくるって行ったくせに遅かったね~。ウンコ?」


「ウンコじゃない。肉まんだ」


 言って、俺はタツミにお茶と肉まんとカイロの三点セットが入ったコンビニ袋を渡した。


「えっ、いいの? 奢り? やったー。ありがと~」


 ちょっと前まで寒そうにしてたのに、もう元気になっていた。肉まんを頬張り、片手でカイロを揉んだり、時折お茶を飲むタツミはいかにも幸せそうだ。のある女の子だ。俺も靴下を脱いで椅子に座った。


 三点セットは俺の分もある。お茶を飲むと、腹の中から温かさが広がった。自分でも気づいてなかったが、身体が冷えてしまっていたらしい。カイロをその名にふさわしく懐にしまうと、やはり芯から暖まるようだった。肉まんも美味い。一仕事終えたあとは格別だ。


「ねぇ、こんなに奢ってもらっていいの?」


 タツミが足をプラプラさせながら言った。俺は机に座るタツミを見上げた。その手に肉まんはもうない。あるのは空になった包みだけだ。


 ローアングルから見るタツミもなかなかいい。普段見ない角度から見る。単純なことだけど新鮮なことだった。


「それ、食べ終わってから言うことか?」


「お腹がいっぱいになってから冷静になることってない? ダイエットのときとか」


「ダイエットなんてしたことないよ。ま、それはいいとして、ダンボール集めるの手伝ってもらってるからな。そのお礼だよ」


「こっちのクラスで使う分も集めてるけどね」


「こっちのほうが多く使う分、こっちの取り分が多いからな」


「へぇ~、意外と気が回るんだね」


 タツミは窓の外へ目を向けた。窓の外はいまだ雨が降り止まない。秋を洗い流すように、雨が冬を連れてくる。


「意外は余計だ。タツミ、知らなかったのか? 俺が紳士だってこと」


「優しいってことは知ってたよ。でも、想像以上だね。なんか仕事とか出来そう。営業マンとか、どう?」


「どう? ってなんだよ。スカウトか。こんなんで仕事出来るかなぁ? 仕事ってもっとダルくて、鬱陶しくて、キツくて理不尽なんじゃないの?」


「うわぁ、未来ある夢と希望に満ちてしかるべき少年なのに、夢も希望もない、あるのは饐えた現実とそれに打ちひしがれたおっさんみたいなこと言っちゃってる! ダメだよそんな中年メタボハゲみたいなこと言っちゃ!」


「凄い言われようだな……。でもさ、たしかに俺たちはまだ学生で、夢も希望だっていくらでも見ていいわけだけど、結局のところ夢は夢じゃん? 夢より先に来るのは現実じゃん? 夢もいいけど、現実を無視して語れないよなぁ……」


 俺はお茶を飲んだ。少し冷めたほうじ茶の微妙な苦さが美味しかった。現実は茶に似ている、ふとそんな風に思った。ほろ苦さの中にがある。いや、似ているというより、そうであって欲しいという願望かもしれない。


「今日のマツザキくんはなんかシブいね。ほうじ茶のせいかな?」


「知らなかったのか? 俺はいつだってシブいんだぜ?」


「マンダムだもんね」


「そ、俺こそがマンダム。タツミはジェームス・ディーンだな」


「男じゃん。せめてオードリー・ヘップバーンとかにしてよ。てかマツザキくんって古いよね?」


「古いんじゃなくて古いのが好きだったりするんだよ。許してくれ、こういうオールディーズジョークはタツミにしか通用しないんだから」


「そうだろうね~」


「そうなんだよ」


「マツザキくんみたいなシブいほうじ茶系男子には、今どきのアイドルなんてわからなさそうだもんね。BTSとかなにわ男子とかキンプリとか、メンバーが誰でどんな曲があるとか、一つも知らないでしょ?」


「甘いぜタツミ。俺は今どきに限らず、アイドルなんてこれっぽっちもわからないからな」


 俺はあえて胸を張って、堂々と言ってのけた。


「なんでそんなえらそうなの?」


 タツミが笑った。


「偉いからだ。崇めよ、讃えよ、この俺様を」


「もう、急に意味わかんない」


 秋の終わりを予感させる冷たい教室で、俺とタツミは楽しく話、面白おかしく笑いあった。美少女と過ごす夢のようなひと時。雨はまだ止まない。

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