10月31日(月)
テストが終われば次は文化祭だ。
我がクラスの出し物は『トンネル迷路』になった。トンネル迷路とは、筒状につなぎ合わせたダンボールを迷路のように、暗幕で暗くした教室等に張り巡らせたものである。参加者は真っ暗なダンボールのトンネルを四つん這いになって進まなければならず、トンネル内にいくつか仕掛けを仕込んでおけば、ちょっとしたホラー要素まで簡単に演出できる、面白で愉快な出し物なのだ。
このナイスなアイディアの提案者は、何を隠そう俺だ。クラスの出し物を決める前に、休み時間中に話のネタとしてトキさんやタケウチやイシカワコンビに喋ったのが提出され、そのまま採用されてしまったのだ。
「面白そう!」
「楽しそう!」
「ナイス発想!」
「天才!」
「大統領!」
「足も五番目くらいに速いぞ!」
なんて、クラスから褒めそやされたが、実のところオリジナルアイディアではない。小説で見たのをパクっただけだ。ちなみにそれはホラー短編で、これを文化祭でやったクラスは凄惨なことになるのだが……ま、現実にはそんなことにはならないだろう。事実は小説より奇なり、という言葉もあるが、多分大丈夫さ。
早速、今日の放課後から出し物の準備が始まった。とはいっても、使用教室などの申請が始まったところなので、まだ本格的な準備には取りかかれない。学校の決めた準備期間でもないので、部活動がある連中はそっちに専念しなければならない。ま、部活動ごとにも出し物があるので、部活連中は結局そっちに集中することになりそうだが。
今、準備できるのは帰宅部だけであり、使用教室も決まっていないので、軽い下準備しかできそうにない。『トンネル』に必要であり、今できる軽い下準備といえばダンボール集めだ。
というわけで、俺は『文化祭リーダー』のトキさんと一緒に各地のスーパーを巡り、ダンボール集めに奔走することになった。文化祭リーダーとはクラスの出し物を仕切る役割で、最初は提案者である俺が推されたのだが、そこはトキさんにお願いした。リーダーシップなんて皆無な俺より、トキさんのほうが相応しいし、何よりトキさんは俺と違って責任感がある。頼りになるトキさんに甘えさせてもらった。
三件目のスーパーでよく見知った人物と出会った。
「あ」
「お」
タツミだった。
「トキさんとデート? 青春してるね~、羨ましいね~」
ニヤニヤ笑うタツミ。わかってて言っている。これがタツミ流の挨拶だ。
「どこの高校生がデートでダンボール集めるんだよ?」
一応、ツッコンでやった。それが俺の流儀だ。
「こんにちは、タツミさん」
「やっほ、トキさん! うちの旦那がお世話になってます!」
「えっ、やっぱりそうだったの!?」
ガチに驚くトキさん。
「あ~、トキさん、タツミの言う事、真に受けなくていいから」
俺はすかさず否定した。
「そっちも文化祭の準備?」
「おう。そっちは一人で大変そうだな」
「こっちは分かれてやってるんだよ。うちは喫茶店だから、そんなにダンボールいらないし」
喫茶店、そっちのほうが楽だな……なんて思ってしまった。自分で提案したはいいが、ダンボールで迷路つくるなんてかなり面倒な作業だ。それに比べて喫茶店なんてクソが付くほど楽な作業だ。買い出し以外の作業なんてほとんどないんだから。
「あー、今楽そうだ、って思ったでしょ?」
「……タツミ、お前凄いな……」
「エスパーツミって呼んでいいよ?」
「あんまりしっくりこないな、それ」
無駄話もそこそこに、目的が共通しているということで、タツミも加わって三人でダンボールを集めることにした。三人寄れば文殊の知恵、と言うほど知恵を必要とする仕事じゃないが、三人いれば楽しさも三通り、というわけだ。
それからは三人で楽しくダンボールを集めた。楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもので、もう午後五時前だった。俺たちは教室の隅にダンボールを置いて、教室が締まる前に学校を後にした。
三人で下校したが、トキさんとは方向が違うので、途中でさようならして、後はタツミと二人きりになった。タツミと並んでチャリを漕いだ。しょっちゅうタツミとは一緒にいるので、二人きりに特別感なんてもはや感じなくなってはいたはずだが、
「もうすっかり陽が落ちるのが早くなったね……」
黄昏時の温かな仄暗さを頬に映したタツミの横顔は、そんな俺に二人きりであることを不意に意識させた。つまるところ、タツミが可愛かったのだ。
「ああ、そうだな……」
横顔に見惚れていたせいで、気の抜けたような返事しかできなかった。本当はそんな返事も億劫なほど、俺はその横顔に集中していたかった。
だが、これ以上の集中は、現在チャリに乗っている俺には危険すぎた。下手すりゃ事故る。最後に見たものがタツミの横顔ってのも悪くはないかもしれないけど、それでもまだ死ぬには早い。もっと生きれば、それ以上いいものも拝めるかもしれないし。
「迷路、面白そうだね。ねぇ、私も行っていい? てゆーか、一緒にやろうよ?」
タツミは笑って言った。タツミの微笑みは黄昏によく似合う。いや、タツミはなんでもよく似合うんだ。思わず見惚れてしまうほど。こんなに可愛いなら、一時間だって見飽きないかもしれない……。
「えっ、ダメ……?」
返事がない俺に、タツミは不思議そうに言った。
返事がない理由は、ただ単に見惚れてしまっただけだ。
「いや、ダメじゃないけど……俺、制作側だぞ? わかってる人と行っても、つまらないんじゃないか?」
「じゃ、マツザキくんが後ろね。私についてきて」
「え……」
俺は想像した。暗いトンネル内を四つん這いで進むタツミ、その後ろからついて行く俺を。それはつまり、俺の目の前にタツミの……が左右にフリフリ、前後にプリプリ……、おそらく暗い中でも見えなくはないだろう。それはもう……たまらんとです!
「ねぇ、今変な想像しなかった?」
「ハッ……! そ、そんなわけなかとばい!?」
「なんで急に九州の言葉?」
楽しい楽しいタツミとの黄昏の帰り道、俺は急に、文化祭がとっても楽しみになってしまいました。
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