10月17日(月)

 こんな真面目なタツミを見るのは初めてだった。

 放課後、俺たち二人は来週頭の中間テストに向けて勉強すべく、図書館の自習室を訪れていた。


 俺の正面に座り、机に広げた教科書とノートに向かい、一心不乱に筆を動かすタツミの姿は真面目そのもので、勉強開始から約一時間経過した今まで、一度も無駄口を叩かなかった。そんなタツミにはいつもとまた一味違った清楚な可愛さと綺麗さがあった。


 対する俺は真面目に勉学に励むタツミとは真逆で、そんなタツミに見とれてしまっていた。ペンを走らせる白くほっそりとしなやかな指を思わず目で追ってしまい、瞬きするたびにその眼鏡の奥の大きな瞳と揺れるまつげに俺の心はドキリとさせられた。


 おかげで俺の勉強は一向にはかどらない。ついつい手を止め、正面のタツミに目が行ってしまう。普段はわりとおちゃらけて、奇妙奇天烈奇々怪々なタツミとは打って変わった清楚で真面目な姿に、どうしても俺の目と心は誘引されてしまう。


 見れば見るほど清楚で綺麗で可愛い。見るたび、それらの度合いが増すばかり。故に、俺は見るのを止められない。女の子をジロジロ見ること自体がマナー違反だし、勉学の観点から言っても慎むべき行いなのに、俺はどうしてもタツミから目が離せなかった。


 タツミが教科書ならいいのにな……なんて馬鹿な発想が頭をよぎるほど、俺の意識はまるで勉強からかけ離れたところにあった。


 だが、ちょっと待ってほしい。これって俺のせいか? 俺が意志薄弱で綺麗で可愛い女の子に目がないせいか? いや、違う。これはタツミのせいだ。タツミがあまりにもいつもと違って清楚で真面目なせいだ。そのギャップが、俺の心を捉えて離さないせいだ。タツミは大変なものを盗んでいきました、俺の心と勉強の時間とまともな思考、以上の三つです。これって重罪だろ。


 な~んて、馬鹿なことをまた考えてしまう。タツミが真面目で清楚であるほど、俺が間抜けな馬鹿になってしまう。まったくタツミの魅力には困ったもんだ。


 他人のせいにしている場合でもない。俺も勉強しなければ。貴重な勉学の時間をタツミウォッチングに費やしてしまうのはもったいない。早急にこの問題を解決しなければ。


 問題の解決にはまず問題点の調査と究明が必要だ。俺は思考する。なぜ今日のタツミがこんなに清楚で美しいのか、と。俺は思考しながらタツミを見つめる。その目、その唇、その髪、その一挙一動を注視する。全てが清楚で真面目で美しく可愛い。タツミはサイコーだ。そう、サイコーなのだ。サイコーなのが原因であって、原因は俺にない。結局、タツミが悪い。これが最終結論。


「タツミがサイコーなのが悪い」


 タツミがかすかに顔を上げ、怪訝そうな顔でこっちを見た。


 これは痛恨のミス。なんと俺はうかつにも、思ったことをそのまま口に出してしまっていた。思ったことをそのまま口にしてしまうとは動物並みの愚かさだ。今の俺はタツミに魅入られているせいで、まともな思考すら働かないらしい。めちゃくちゃ恥ずかしいのをなんとか顔に出さないようにしつつ、タツミの返答を待った。


「褒めても何もでないよ?」


 タツミはそれだけ言って、勉強を再開した。今日のタツミの真面目さは一筋縄ではいかないレベルにあるらしい。おかげで俺の恥ずかしいセリフはただの冗談の範疇で済まされた。俺は内心ホッとした。


 これにこりて、ちゃんと勉強しないとなぁ……そう思いつつも、やっぱり目の前のタツミがかわいくて集中できないまま、閉館時間十分前になってしまった。


「いい感じに勉強できたね? わからないところがあったら教えて欲しい、なんて言ってたくせに、一度も聞いてこなかったね」


 タツミがノビをしながら言った。


「ん、ああ、まぁな……」


 タツミに見惚れていたのでそれどころじゃなかった、なんて言えないので、テキトーに誤魔化すしかなかった。


「そういえば、タツミってメガネするんだな。初めて知った」


 メガネを外して、ケースに入れるタツミはにっこり笑って言った。


「これダテなんだ」


「え」


「メガネしたら勉強できるって感じしない?」


 ニコニコ笑うタツミはもういつものタツミだった。そしていつものタツミというのは、やっぱり面白い女の子だった。

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