10月16日(日)
「おっ」
「あっ」
膝小僧に傷持つ男女が、本屋の角で偶然に出会った。本を買った後、じゃ、ちょっとそこでお茶しない? 的な流れになり、例のドーナツ屋に行くことになった。
「膝はもう大丈夫?」
ドーナツ屋に行く道中、タツミが言った。昨日の今日なので膝はまだ痛むが、たかが擦り傷程度だから問題はない。
「全然平気。そっちは?」
「私も平気。ちょっと歩きづらいけどね」
そんな何気ない会話をしながらドーナツ屋へと入った。
日曜の午後とあって、昼飯時を過ぎても人は少なくない。適当に選んで買ったドーナツやら飲み物やらをトレーに乗せて、テーブル席が空いてなかったので窓側のカウンター席に二人並んで座った。
「いい天気だねー」
タツミは秋季限定メニューのチョコレートパイを頬張り、窓の外のに広がる真っ青な秋の空を見上げて言った。
「そうだな」
俺は同意した。まったくタツミの言う通りだった。秋晴れの空は気の遠くなるような青さだった。秋にしては少々暑すぎるが、ガラスの外の街とそこを行く人々の姿はとても爽やかで綺麗だった。夏とは違う街並みはどことなく心を落ち着かせてくれるものがある。
「明日からテスト週間だね」
タツミが言った。その一言で俺の気分は秋の空より深く濃く、どんよりとしたブルーになってしまった。
「嫌なこと思い出させるなよ……」
「現実から目をそらしちゃダメ! 逃げるなマツザキくん! 昨日のリレーみたく、現実の厳しい風の中を雄々しく駆け抜けて!」
「昨日のリレーだと、最終的にはコケて血を流すはめになるんですが」
「コケても血を流しても、ちゃんと立ち上がるのがマツザキくんの偉いところ。べそはかいてたけど、かっこよかったよ」
「べそなんかかいてないだろ。それを言うならタツミのほうが凄かったぞ。ぎゃーぎゃーわめいてたからな。今どき小児科でも見れない光景だった」
「あれはマツザキくんが意地悪したからでしょ!」
「さきにしたのはそっち」
「あ! やっぱり意地悪してたんだ!」
「いいや、俺はしっかりきっちりばっちり丁寧に傷口をえぐっ……洗って消毒してやっただけだ」
「今えぐったって言いかけなかった?」
「気のせいだろ」
そんな他愛もない会話の間に、俺はドーナツを二つ食べ終えた。もう限界だ。これ以上は胃が受け付けない。甘いものは好きだが、あんまり食べると身体が拒絶反応を示し、胃がもたれてくるため、ドーナツは二つしか食べられない。
タツミの方は三つ目に取り掛かっていた。ポン・デ・リング。丸くもこもこしてもちっとしたやつだ。タツミはそれを美味しそうに一口かじった。
「ああ~、幸せ~」
「それはなによりだ」
「あれ? マツザキくんはもう食べないの? 少食?」
「甘いものは身体があんまり受け付けないんだ」
「へぇ、こんなに美味しいのに」
そう言って、タツミはまた一口食べた。本当に美味しそうにものを食べる女の子だ。美味しいものを食べるとタツミは頬と目尻がタレて、とても幸せそうな顔になる。
ドーナツを幸せそうに食べるタツミを見ていると、一つの疑問が沸き起こった。
タツミ、結構な量の甘いものをしょっちゅう食べたりしてるが、どうしてその体型が維持できるのだろう?
タツミは顔もそうだが、体型もかなり整っている。細すぎず太すぎず、適切に管理されているように見えるボディバランスは俺の目にはほぼ完璧なスタイルに見える。出るとこはちゃんと出て、出るべきでない場所はしっかりと引っ込んでいる。老若男女が羨むスーパーボディの持ち主、それがタツミ。
「なに? 無言でジロジロ見て? なんかついてる?」
気がつけば、タツミが訝しげに俺の目を覗き込んでいた。
「えっ、いや、なんでもない。ただ……」
「ただ?」
そんなに甘いものを大量に食べてるのに、どうやってナイスバディを維持してるんだ? なんて正直には言えない。セクハラもいいとこだ。なので、ここは上手く誤魔化す。
「あんまり美味しそうに食べるもんだから、そんなタツミについ見とれちゃって、なんてね……?」
ドーナツより甘いセリフだぜ。もちろんギャグだ。が、
「……なんか照れるね」
タツミはドーナツ片手に恥ずかしそうに笑って俯いた。俺は強烈なツッコミを期待したのだが、これはこれでアリだった。美味しそうに食べるタツミも可愛いし、照れ笑いするタツミも可愛い。一度で二度美味しいタツミさんは、エンゼルフレンチのような女の子だ。
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