10月15日(土)
今日は体育祭。体育祭日よりのよく晴れた空を、俺は保健室の窓から眺めていた。
と、そのとき、
「あ゛ぃいっつーッ――」
膝頭が沁みて、俺は思わず声を上げた。
「いい歳して子供みたいな声なんて出さないの。男の子でしょ?」
タツミが言った。タツミは消毒用の綿球をポンポンと俺の擦りむいた膝頭に当てた。さっきここに来る前に水で洗い流したとはいえ、膝頭からはまだ血が流れ落ちていた。消毒液を染み込ませた綿球が血に染まって赤くなる。
「消毒してくれてるとこ悪いんだけど、もうちょっと優しくできない?」
「優しくしてるじゃない。わざわざ保健室まで付いてきてあげてるんだから」
そう言ってタツミは、俺の傷口に綿球を押し付けた。俺は悲鳴を上げた。
「お゛うちっ!」
「リョウちゃん~、まだおうちには帰れないんだよ~、まだ体育祭おわってないからね~、ママと一緒にもう少し頑張ろう?」
「幼児言葉で家に帰るって言ったんじゃねーよ! 誰がママにグズる幼児のリョウちゃんだ! 俺は昔っから手のかからない子供として近所で有名だったんだぞ!」
「私、ご近所だけど知らな~い。子供の頃はどうだったか知らないけど、今はかなりグズってるじゃん?」
「……それはタツミが痛くするからだ」
言って、俺はそっぽを向いた。今の自分が少し恥ずかしくなった。たしかにタツミの言う通りだ。たかが消毒くらいでぎゃーぎゃー騒ぐなんて、グズるガキと変わらない。タツミに母親みたいに甘えてたかと思うと、自分が情けないし恥ずかしい。
そんな俺を見て、タツミは小さく笑った。
「おっかしー。ちょっと前までリレーであんなにかっこよかったマツザキくんが、今じゃこんなにあまえんぼさんなんて。ねぇ、本当に同一人物? コケたショックで幼児退行?」
「幼児退行なんてしてないよ。頭打ったわけじゃないし。つーか、俺ってかっこよかったか? リレーで抜かれたわけじゃないけど抜いたわけでもないし、普通に走って、バトンパスの直後、勢いあまってコケただけ……あれ? これかっこわるくない?」
「全然かっこ悪くないよ」
タツミは真っ直ぐな目で俺を見つめて言った。そして優しく、柔らかく微笑んだ。
「むしろかっこよかったよ。クラスのために頑張って走って、ちゃんとバトン渡して、コケて血を流す姿も男らしくて良かったよ。私、血を流してる男の人好きなんだ」
「最後にさらっと恐ろしいことを言うね」
「別に変な意味じゃないよ。ほら、傷は男の勲章って言うじゃん? はい、できた」
最後に、タツミは傷口にどでかいガーゼを貼ってくれた。
「じゃ、私次の競技あるから行くね」
「おう。悪いな、保健室に付き合わせちゃって」
「私が怪我したときはマツザキくんが介抱してね?」
「おう、任せろ」
「じゃ、またあとで!」
タツミは走って保健室を出ていった。俺はその背へ手を振った。
「さてと、俺も行きますか」
保健室で絶対安静というほどの怪我じゃない。俺はゆっくりと立ち上がった。足は痛かったが、歩けないほどじゃなかった。俺はゆっくりと保健室を出た。次はタツミの出場競技だ。今度は俺が応援する番だった。
それから約五分後……、
「痛い痛い! 痛いよマツザキく~~~ん!!!」
タツミは本当に怪我をした。俺と全く同じ部分を全く同じように擦りむいた。
「あ~! 暴れるな! 静かにしろ!」
消毒液が傷口に沁みるのだろう、タツミは生け簀からまな板に上げられたばかりのタイくらい跳ね回っている。
「だってだって! チョー痛いんだもん!」
「さっき俺に言ったこともう忘れたのか?」
「男と女は違うじゃん!」
「出産のときはもっとキツイらしいぜ?」
「それセクハラだよ! 女の子が痛い痛いって泣きわめいても己の欲望を優先して自分本意な行為しかできないガッツキ童貞さんなマツザキくんにセクハラされてます~!」
「おい、やめろ! つーかタツミのそれも充分セクハラだぞ! まったく、さっきは俺に子供だなんて言っておきながら……」
「だってだってー……あぎゃ~!」
そんなタツミに、俺はさっきの復讐とばかりに傷口を丹念に丁寧にできる限り時間を掛けて消毒してやった。
痛みに悶えるタツミもけっこう可愛い。ふいにそう思った。タツミの悲鳴は俺のSっ気を呼び起こすらしい。もう少しだけ、タツミの可愛らしい悲鳴を楽しませてもらおうと思う。
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