9月6日(火)バーベキューマスタード戦争

 放課後、小腹がすいた俺は学校からチャリで十分のところにあるハンバーガーショップを訪れ、そこでハンバーガーとポテトとナゲットとレギュラーサイズドリンクのセットをお持ち帰りした。俺はいつもこれしか頼まない。これが俺にとってのベストだ。


 それをハンバーガーショップ近くの公園で食べる。まだまだ暑い日が続くが、日陰ならさして暑くない。遊んでいる子供や、池の野鳥を見ながら小腹を満たす、優雅な時間。


「あれ、なにしてんの?」


 そこへタツミがやってきた。一人だ。たまたま通りがかったらしい。


「公園のベンチに座ってハンバーガーショップで買ってきたセットを美味しく頂いている」


「なにその説明口調。でも美味しそうだね。なんてセット? 私も買ってくる」


 俺はセット名を教えると、彼女はチャリを走らせて視界から消えた。再び視界に現れたのは十分後だった。彼女が帰ってきた頃、俺はもうほとんど食べ尽くしていて、後はナゲットを三つ残すのみだった。タツミは俺の隣に座って、ハンバーガーの紙袋を開き、中身を取り出した。


「じゃーん。おそろい~」


 タツミが言った。しかしそれは大いなる間違いだった。俺はタツミの買ってきたものを見て目を見開いた。鏡はないが、自分が今驚愕の目をしていることがよくわかった。


「同じじゃないだろ」


 俺の声は不満に満ちていた。


「えっ? 一緒じゃん!」


「ぜんぜん違うぞ。これをよく見ろ」


 俺は食べていたナゲットのソースを見せた。それからタツミが買ってきたナゲットのソースを指さした。


「タツミはバーベキュー、俺はマスタードだ。全くもって別物だろ」


「えっ! それだけ!?」


「それだけとはなんだ! ミケランジェロもラファエロもドナテロもレオナルドも色は違うが中身はぜんぜん違うんだ! タートルズを尊重しろ!」


「今どきタートルズなんてわからないし、別にタートルズを非難したわけじゃないし。今の私、シュレッダーに襲われるエイプリルの気持ちだよ」


「知ってんじゃん」


「再放送やってたもんね」


「とにかく、バーベキューとマスタードはニンジャ・タートルズぐらい違うんだよ」


「はいはい、わかりました」


 呆れたようにタツミが言った。しかし俺はここでナゲットソース話を終わらせるつもりは毛頭ない。


「タツミ、俺が言いたいのはそれだけじゃないんだ」


「なに?」


「なぜバーベキューソースなんだ? ナゲットにはマスタードだろ? バーベキューソースは女子供の食い物だ。悔い改めろ」


「私、女なんだけど……。てゆーか、マスタードって不味くない? 普通バーベキューでしょ」


 その一言は俺の逆鱗に触れてしまった。タツミは可愛い顔で俺の神を侮辱したのだ。これはいくら温厚が服着て歩いていると評される俺でも我慢がならない。邪教徒を説伏せねばならぬと神のお告げを聞いたような気がした。


「違う! NONONO! 普通はマスタードだ! 絶対的にマスタードなのだ! マスタードしかかたん! バーベキューには死を!」


「あっははははは!」


 タツミは大声を上げて笑った。次の瞬間、気温三十度を越えているとは思えないほど怖ろしく冷たい目で俺を見た。ナイフのような研ぎ澄まされた危険な目だった。


「マツザキくん、あなた邪教徒ね? 可哀想な子羊ね。でも、安心して。私がきっとマスタードとかいうカルトからあなたを救ってあげるわ!」


「それはこっちのセリフじゃい!」


「「けんけん、ごーごー」」


 朝生もビックリな大激論を交わした結果、


「じゃあこうしましょ、私はマスタードを食べてみる、マツザキくんはバーベキューを食べてみる。一回試してみ、それで結論だしましょう!」


「ふむ、いいだろう……!」


 早速俺たち二人はハンバーガーショップを訪れ、ナゲットを二セット買ってきた。俺はバーベキューソースにつけて食べ、タツミはマスタードソースを食べた。一口食べ、二口食べ、まるまる一個食べて、俺たちは顔を見合わせた。


「「意外にいける……」」


 ハモッた。奇跡が起こった。


 戦争は終結した。終わってみると、なぜこんなことで俺たちが争っていたのかわからなくなった。人は愚かだ。いけないとわかっていても戦争をしてしまう。そして戦争の後には戦傷癒えぬ傷口に、途方もない後悔が塗り込まれるのだ。


 ともかく戦争は終わったのだ。俺たちは国交正常化の固い握手を交わした。


「タツミ、俺は言いすぎてたよ。バーベキューも悪くない」


「マツザキくん、それは私も同じ。マスタードもいいね」


「この味がいいね、君が言ったから今日は『マスタードバーベキュー記念日』」


「ちょっと待って。『バーベキューマスタード記念日』のほうがいいよ!」


「いや、そこはマスタードが先だろ。だってマスタードのほうがいいんだから」


「どっちがいいかって話なら、断然バーベキューでしょ?」


「ん?」


「お?」


 第二次ナゲットソース戦争勃発。

 人はなぜ同じ過ちを繰り返すのか……。

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