第83話 危険な香り

「わたくし、国防大学校を受験しますわ」


 座り込んでいた静香と麻里の前で、何故か決意表明をしたのは、生徒会長の東海林 涼子であった。

 誰でも良かったのかもしれない、彼女は今回、人生で初めて戦闘員を経験し、戦場を知ったのだ。



 そして、甘美な勝利を味わってしまった。



 しかし、彼女の心理はそれほど単純なものではなかった、初めて防大生の三枝龍二たちと出会った時の、龍二に対する言いしれぬ迫力、まるで内側に虎が潜んでいるような危険な香り、そして強さの正体が、ようやく理解しかけたように感じられたのだ。



 もちろん完全解明などほど遠いものがあったが、彼女は知りたくなったのだ、その先にあるものを、龍二が持つ、軍人特有の覚悟のようなものの正体を。



 東海林もまた、頭脳明晰であるが戦術に適正のある「戦術脳」の人物であった。

 もちろんこの時点で彼女はそれに気付いていない。

 そして、三枝龍二の戦い方を、本当の意味で評価出来る人間は、かなりの「戦術脳」の持ち主であるといえる。


 東海林の一生を決定付けたこの日の戦いは、実は東海林だけではなく、学生同盟軍の多くに共通することでもあった。



 東海林は、この日の衝動を、誰かに見届けてほしかったのだ、決意表明という形式をもって。



 そして、東海林は真っ先に、自分と同じ匂いを花岡静香に感じ取っていた。

 彼女は恐らく、自分と同じものを感じている、それは彼女を見ていて直ぐに理解出来た。

 昼間の突撃場面でも、最も果敢に前進していた女性兵士は東海林と花岡静香である。


 東海林はこの時、少し期待していたのかもしれない。

 お嬢様学校にあって、自身と同じ考え、行動原理をもって、静香も国防大学校を志すのではないかと。


 しかし、花岡静香はまだ、この日起こったことを、自分の中で処理しきれていないのであった。

 そのため、東海林の決意とまだ噛み合わないのであった。


 22時を回った頃、彼ら彼女らの長い一日は終わろうとしていた。

 しかし、作戦軸で考えれば、夜は結節ではない。


 とんでもなく深夜に感じられたが、疲労のため、座ったまま眠りこんでしまう学生が続出した。


 その中で、工科学校の生徒は、交代で外周警戒につき、師団の襲撃に備える準備を自発的に行っていた。

 本来であれば、他の一般学生も警戒に参加しなければ、工科学校の生徒に負担がかかるところであるが、工科学校の生徒たちは、苦もなく自らそれを引き受けて、同士たる他校の学生を就寝させていた。



 それは鎌倉聖花の女学生の一部も、朦朧とした中で、実は理解していたのである。



 特に、賛同した運動部の部長クラスの女学生は、そのストイックな姿に心を打たれ、密かな涙を流す者さえいた。




 辛い時にこそ、人間の真の姿が見える、それは運動部に所属しているものの共通認識なのだろう、それ故に、今夜は彼らの厚意に甘んじようと考え、疲れた体を要塞の片隅に埋めるのであった。

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