第56話 不可解な訓練内容

 夕日に照らされる陸軍工科学校訓練場、ここで、一般の新兵教育ではあまり見られない訓練が展開されていた。

 数百名の生徒達が、完全武装に重たい背嚢を背負いゆっくりとではあるが、ただひたすらに走らされているのである。


経塚「おい昭三、何なんだ一体これは、流石に毎日これでは萎えてくるぞ。」


 経塚は比較的体力には自信のある方であったが、第3堡塁攻略訓練と聞いて意気揚々と訓練に挑んできてみれば、訓練時間の後半全てがこのような持久系訓練に充てられていたのである。

 そのため訓練に参加している生徒の大半は、あの横須賀学生同盟発足の時感じていた高揚感が萎え初めていたのである。


昭三「兄さんのことだから、多分これ自体が何かの作戦なんだと思う。流石にもっと大事な訓練があると思うけどね。」


 この時点でこの訓練を理解できている生徒は一人もいなかったであろう。ただこの訓練を主導している54連隊のメンバーは、この意味を半分程度は理解できていただろう。そう、半分なのである。


郡司「なあ北条、この武装走訓練は意義深いと思うが、三枝中尉は何で全力で走らせることを禁止しているんだ?この点だけは納得が行かないんだが」


 荒くれ中隊と言われても、そこは歩兵連隊の隊員である。体力向上に関する教育指導はプロである。そんな現役歩兵連隊の下士官が疑問を抱くのである。


北条「そうだな、たしかに最初は三枝1尉の訓練内容に近いと思っていたが、これは根本的な所で狙いが違う訓練だな。」

 この時点で北条のその考えは正しいものであった、が、その正体が何であるかは見当が付かないでいた。


城島「なあ三枝、流石にみんな訓練内容に疑問を抱きはじめてるぞ、第一師団との決戦までもう時間がない、本当にこの内容でいいのか?」


龍二「ああ、これでいい。疑問に思うかもしれないが、今ここでこの訓練の真意を語れば必ず師団に情報が漏れる。」


城島「いや、まさか!流石にそこまで暇ではないだろ師団も。大体こんな訓練見たところで特別変わった訓練にも見えないぞ」


龍二「それはどうかな?」


 龍二の言った通りである。

 実はこの時点で師団と龍二の情報戦は始まっていたのである。

 当然このことを考慮しなければ、この武装走訓練の意味は理解できないのである。

 そして同時刻、東京練馬の第一師団司令部では、まさにその訓練内容について第2部長より報告がなされている最中であった。


「それでは陸軍工科学校で実施中の訓練内容について、現地偵察員からの情報をご報告します。」


 師団では、情報部である第2部が、部長自ら情報部隊を編成し、龍二達の訓練や準備状況を偵察していた。

 それはまさに師団の情報活動の威信をかけて行われていたのである。

 龍二もまた情報活動はされるだろうと考えていたものの、まさかここまでの規模だとは予想していなかった。

 しかし結果としてこの地味な訓練が情報部隊の目を欺くのには効果的であった。

 しかし闘将で知られる上条師団長だけは、この地味な訓練に何かを感じていたのである。


上条「んん、訓練内容はずいぶん控えめに感じるが」


2部長「はい、私もそう感じます。54連隊のメンバーを引き込んだ時は正直やられたと感じていましたが、蓋を開ければこんなもんですね。」


上条「いや、相手はあの三枝中尉だ。多分何かある。引き続き情報活動に留意せよ。」


 上条師団長がそう言うと、定時の報告は終了した。上条師団長は師団長室の窓から景色を眺めながら考えに耽っていた。


上条「さて、どうしたものかな。三枝1尉の作戦を真似たものと思い、封じ手を考えていたが・・・、何をする気だ三枝中尉」


 師団長室には龍二達との決戦に備えた作戦図が展開されていた、そして師団長もまた龍二達が考えるであろう作戦に対し、あらゆる封じ手を検討するとともに、秘策を練っていたのである。


「麻里ちゃん、もうだめ、私は無理、これ以上走れない。」


 花岡静香が連日のマラソン訓練にとうとう音を上げてしまったのである。このマラソンはただのマラソンではない、着慣れない戦闘服に履き慣れないブーツ、足は豆だらけである。


「こんなにキツいなんて聞いてないよ。私多分あと半月なんて持たないよ。」


麻里「頑張って静香ちゃん、私たちより三枝さん達のほうが大変なんだよ。昭三君だって、この勝負に負けたら後がないんだから・・・。」


 そう、この訓練期間が無策により失敗すれば、昭三は必ずその責任を取ろうとするだろう。

 この一見地味な訓練にはそれだけ際どい恐ろしさを秘めているのである。

 だからこそ麻里は思うのである、この訓練にひたすらついて行くことが、今自分たちにできる最大限努力であると。

 そして麻里が考えた通り、この短い時間の地味な訓練の意味が、龍二の口から明らかにされるのである。




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