東京第一師団 vs 横須賀学生同盟

第54話 部隊の編成

 「静香ちゃん、ブーツってこう履くんでいいのかな?」


 橋立麻里が、花岡静香にそう聞くものの、陸軍の戦闘服など着こなせるはずのない女子高生である。

 彼女たちは今、陸軍工科学校内で、戦闘服やブーツなどの支給を受けている最中であった。

 さすがの工科学校であっても、彼女たちのような小柄な体型に合う戦闘服は少なく、学校側もその補給に苦慮していた。

 というのも、小柄な体型はこの二人だけではなく、鎌倉聖花学院だけでも総勢120名からの大所帯である。

 それでも鎌倉聖花は参加志願者が多すぎて、生徒会は人数調整に苦労したほどである。

 他校の生徒会も同様の人選に苦労した。

 あの日、佳奈を見送った生徒諸君は、残された学校内において、横須賀及びその周辺の高校の代表は、龍二の提案した生徒達による北富士第3堡塁攻略戦に相次いで参加を表明、そしてあらためて「横須賀学生同盟」が結成が示されたのである。

 各学校ごと60名の枠で、第3堡塁攻略部隊の編成が行われた。

 陸軍工科学校では連日この話で持ちきりとなり、生徒会を中心に国防大学校との連携調整に多忙を極めた。

 そして特に異様な盛り上がりを見せたのは他ならぬ国防大学校の学生達であった。

 あの日の騒乱は、テレビでもネットでも生中継され、佳奈と昭三が引き裂かれた経緯、龍二が提案した第3堡塁攻略の条件など、まるでドキュメンタリーを見ているような緊張感と興奮の中、話題の中心にいたお姫様は、悪の帝王によって連れ去られた、といった分かり易い図式が、より一層世間を騒がせていたのである。


「おう!三枝はいるか!」


 防大生徒会のある学生室に大きな声で入ってきたのは、少し興奮気味の春木沢であった。

 士官学校入校前の忙しい時期にあって、春木沢は三枝達を心配して学生室を訪問したのである。

 と言っても、この手の話が大好きな春木沢の本音は「オレも混ぜろ」なのであるが。


春木沢「おい、まったくこんな面白い話に何故オレを誘わなかった!本当にお前はいつもオレを喜ばせてくれるな、お前ひょっとして天才か?」


 春木沢にとって、三枝龍二という男は、自分ならこうするだろうという予想を、常に上を行く人物であった。

 それだけに4学年でありながら、1学年の龍二に対し、情愛の他、尊敬の念すら抱いていた。

 もちろん本人には悟られないようにしているつもりであったが、周囲の目から見てもそれは十分伝わるものであった。

 この時期、他の防大生も、実はほとんどが春木沢と同じ考えであった。

 特に卒業前にして士官学校入校直前の陸軍要員達は、伝説の卒業生である三枝啓一が到達した北富士第3堡塁の側壁に自分達も到達してみたいという、野心にも似た感情が渦巻いていた。

 それはまだ、人類が到達していない山を制覇してみたいという登山家の衝動にも似ていた。

 この学校内において、北富士第3堡塁の側壁は、いつかたどり着かねばならない陸軍青年将校の目標として、この時期すでに確立していたのである。

 学内では、この第3堡塁の側壁に啓一が書き記したとされるメッセージについても話題となっていた。

 そう、三枝啓一はそこに何かを書き記していったのである。

 噂は噂を呼び、そこに書かれていることがとてつもなく重要な意味をなすと語り継がれるようになっており、もはや都市伝説の域であった。

 中には「世の中を一変させるほどの内容」と考える学生まで出る始末で、それがまた、三枝啓一のカリスマ性に拍車をかけるのである。


春木沢「第3堡塁の側壁か、校内はもうその話題で持ちきりだぞ!三枝は何か聞いてないのか?その秘密とやらを。」


 春木沢ですら、そのメッセージに隠された秘密に興味があるのである。

 それは案外馬鹿げた話でもないのである。

 三枝啓一が在学していた頃、彼の学部である宇宙工学科では、卒業を前に何か大きな開発が進んでいたのである。

 しかし、結局その一大成果は発表されることは無かった。

 そんなものは初めから無かったのかもしれない、しかし多くの学生達はそう思っていなかった。

 特に啓一の死後、その限られたメッセージを探そうと多くの学生達が解明に挑んでいた。

 啓一の使用していた学内のスーパーコンピューター、この中にどうしても開放出来ないフォルダの存在。

 このパスワードを発見することが出来れば、少なくともこの騒動には決着のつく話であった。

 しかし、それはどこにも存在しない。

 思いつく限りのパスワードを入力するが、フォルダは開放出来ないままである。

 実は当の龍二も最近この事実を知り、コンピューターに挑んだのだが、結局全て弾かれてしまった。

 最初から単なるダミー、後輩達への壮大なイタズラ、そんな風に龍二が考えていたのである。

 ただそれを口にしてしまえばせっかく盛り上がりを見せている校内の北富士攻略ムードを台無しにしてしまうので、それはあえて口には出さないでいた。

 校内では、大隊ごと、また学年ごと、そして部活ごとに、この第3堡塁を如何に攻略するかを魚に週末は酒場へ繰り出し検討会が開催されていた、そしてそれは自動的に壮行会へと変化してゆき、必ず攻略するとの決意とともに乾杯の歓声は横須賀の随所で聞かれることになるのである。

 この頃になると、学生室生徒会付である北条曹長は、あちらこちらの宴会から引っ張りだこであった。

 もちろん、あの啓一が果たした第2堡塁陥落と、第3堡塁の側壁に到達した小隊の主力メンバーであったことは周知のことであり、一体どのようにしてそれを成し得たのか、研究熱心な学生達の標的である。

 しかし、飲んでばかりもいられなかった、決行までの時間も短く、具体的な部隊編成もまだ決まっていなかった。

 これだけの盛り上がりを見せているものの、国防大学校の学生が参戦出来る枠も限られていた。

 戦力としては、やはり北条のような第一線部隊の人間を引き込みたいところではあったが、東京第一師団を敵に回した龍二達にとって、それは不可能に近いことであった。

 そんな時、宴会で忙しい北条が、学生室にいた生徒会のメンバーに、意外なことを語り出した。


北条「おう、三枝中尉、そう言えば訓練教官が必要だろう、調達いるか?」

 

 それはまさに今、最も生徒会が欲しているものであった。

 この国防大学校であっても、第一線の歩兵科の下士官は少ない。

 実際、北条を除けば数えるほどである。

 現役の歩兵科であっても難攻不落の堡塁を落とすという時に、それはあまりにも脆弱な教官人事といえた。

 そんな中、第1師団を敵に回し、闘将で有名な上条将軍と一戦交えようなどという酔狂な人間がいるとは思えなかった。

 酔狂、そう、いるのである、北条の周辺には。



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