小さな革命

第31話 学校祭

 陸軍工科学校に学校祭の日が訪れた。

 以前は秋の時期に開催であったが、現在では諸行事の関係から、年末の恒例行事となりつつあった。

 昭三は、部活の出し物でもあるジャズ喫茶の会場で、上条佳奈が来訪するのをそわそわとしながら待っていた。

 あの日、徳川幸は三枝家を後にする間際、その手紙を必ず佳奈の手元へ渡るようにする約束をしてくれていた。

 もっとも、彼女が訪れる確約があるわけでもなく、逆に言えば、お嬢様学校の生徒である佳奈が、陸軍直轄の、それも男子校に一人で来ることは考えにくかった。


「元気出せよ、きっと来るから。」


 昭三と同期で、部活動も一緒の、経塚 雅司が慰める。

 彼らは入学以来、あらゆる所で一緒となることから一種の腐れ縁のように仲がよかった。

 京都府舞鶴出身の穏やかな口調は、自然と周囲を和ませるのである。


「失礼、三枝昭三はこの教室でいいのかな?」


 聞き慣れた兄龍二の声がした。

 相変わらず制服を形よく着こなし、いつものメンバーを伴って訪れた。


昭三「兄さん達、ようこそジャズ喫茶へ。」


優 「へえ、ジャズなんてやるんだ、オシャレだね。」


昭三「ええ、横須賀ですからね。結構伝統なんですよ。」


 横須賀の米海軍が縮小されてもなお、横須賀の街はどことなく異国の香りのする街であった。

 在日米軍、それはかつての勢力で国内に所在していない。

 米国は、かつてのような大規模軍の海外駐留を避けていた。

 これは、平和な昭和期から今日に至るまでの間に発生した天変地異、世界大戦等による国力の疲弊に他ならない。

 新国連軍は、その参加対象国に対し、一定の軍事力の保持を求めている。

 そうしなければ、同盟関係とS条約軍との軍事均衡が取れない状況にすら陥っていたのである。

 自衛隊の国軍化は、このような世界情勢を考えればかなり遅い反応と言え、本来歓迎すべき新国連軍加盟国にあって、自衛隊の国軍化は、逆に今更の事象であり、特に注目を集めるものでは無かったのである。

 そんな中、依然友好関係にある日米両政府は、かつての蜜月関係から、在日米軍の縮小にあってもなお、横須賀を含む一部の地域において、友好関係の象徴的存在としてその駐留が認められており今日に至る。

 そしてこの地域の安全保障は、もはや米国一国では到底保持出来ないレベルに達していた。

 この時代の日本国軍には、世界の列強と互角に渡り合えるだけの力が備わっていた。

 しかし、同時にそれは日本だけの保持ではなく、条約軍、国連軍双方の主要国家は、同じように均一な軍事力と言ってよい状態であった。

 二十世紀後半のように、特定国家による大規模軍事力が両陣営の軍事バランスの均衡を保っていた時代とは異なり、それぞれの国が、一定の軍事力を保持していなければならない、それが現国際社会の現状である。

 そのため、経済格差に関わらず、軍事予算は周辺国とのバランスにより決定されるため、国によって国家予算に占める軍事予算のバランスが区々となり、これが陣営のどちらかに関わらず、国家予算と市民生活を圧迫しているのである。

 丁度、戦国時代の日本のように、世界は逆にこの混沌とした状態から、人々の間に閉息感が広がっていた。

 そんな時代である、各国では軍の士官ともなれば、当然倍率の高い就職先であり、受検倍率などは昭和の頃とは比較にならないものであった。

 「陸軍工科学校」

 旧日本陸軍にも、全く同じ名前の学校が存在したが、その後の進路は戦時中のものとは少々異なり、やはり士官を多く排出するレベルの学校となっていた。

また、陸軍唯一の高校と言うこともあり、そのまま防衛大学校へ入学する生徒も一定数おり、それは正にサラブレッドといえた。

 そんな学校の学校祭である、それは全国から大勢の人が集まる横須賀市内でも、ちょっとしたイベントなのである。

 横須賀に、かつてのアメリカ色が少なくなった現在では、この学校におけるジャズ喫茶は、すっかり名物となっていたのである。


「いやー、なんだか緊張してきたなあ」


 経塚がぽつりと呟くと、昭三も少し緊張してきた。

 この瞬間まで、上条佳奈のことばかり考えていて、ジャズ喫茶本番のことが少し頭から外れていたのである。

 そんな時だった、ピアノ担当の東郷が腹痛を訴えてきたのである。


「大丈夫か?なんか変なものでも食ったか?緊張のしすぎか?」


 経塚が聞くものの、腹痛というより、体調不良といった辛そうな状態である。


「熱があるな、汗もかいている。こりゃ医務室だな。」


 担任教諭がそういうものの、ピアノの担当はここでは東郷しかいない。東郷は本来吹奏楽部ではない単なる助っ人であったため、演奏者の代替が効かないのであった。


「おい、東郷、マジここでか?頼むよあいつ」


 昭三はなんだか急に焦りを感じていた。

 お客さんはすでにチケットを購入し始めており、中止は混乱を招く。

 何とかその場を繕いたいものの、ジャズ喫茶でサックスとドラムだけでは、やはりエッセンスが足りなく、本日の楽曲は特にピアノの占める割合が大きい内容であった。


「三枝、どうする?もういっそ曲変更するか?」


 経塚が言うのももっともであるが、この二人ですら知り合って1年も経過していない友人同士であり、お互いにセッションしてきた曲数にも限りがあった。

 そんな危機的状態を救うべく、この二人に駆け寄ってきたのは徳川 幸であった。


「おい、ピアノの担当、ダウンだって?、一応代役つれてきたよ!」


 そう言って紹介された人物は、事情が全く飲み込めず「場違い」という表情を浮かべ困惑している上条佳奈であった。


「上条さん?え、どうして?え?」


 幸が少し笑いながら答える。


「上条さん、さっきからお友達と学校祭に来ていたんだけど、この教室の前でモジモジしてたから、連れてきちゃった。でも、案外正解だったのかな?ほら、上条さん、君はたしかピアノの世界では、結構な有名人だったよね。」


 そう、上条佳奈は、鎌倉聖花学院中等部では、ピアノの部での全国レベルの少女であった。


「上条さん、ピアノできるの?・・こんなこと言いにくいんだけど、たった今、うちのピアノ担当が熱を出してダウンしてしまったんですよ。よろしければ、軽く伴奏だけでもお願いできないですか?」


 佳奈は慌てて否定した。


「いえ、さすがに無理です。私、ジャズは専門外なので・・・興味はありますが、でも、無理です。」


 そんな彼女の背中を、ぐいぐいと押してくるのは、幸だけではなく、佳奈の友人二人組も背中を押してくるのであった。









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